第2話−1 対面!宝石一家!


 ガーネットの家は、スフェーンとガーネットが通う学校から馬車で半日ほどの距離にある。


 学校のあるファス村はかなりの田舎だが、ガーネットの祖父が治めるカラット地方に足を踏み入れると、ヒトや建物が多く、町の様子も活気づいて見える。都会とは言えないが、このあたりで一番栄えている場所だ。


「ガーネット、あれはなに?」


「ん?あぁ、魔獣屋だな。たまに市場に売りに来てるよ。小型の魔獣を売ってんだぜ」


「そうなんだ。見て、あのカゴの中に入ってる小鳥みたいな魔獣、かわいい。たまに森の中にいるけど、かなり攻撃的だからじっくり観察したことがなかった」


「あー、まあ、かわいいよな」


「どうしたの?」


「いや、まあ、たしかに小型魔獣はペットとしても人気なんだけどさ。それよりは、珍味として人気なんだよな……」


「え、つまり、食用ってこと?」


「……ヒトによるけど、獣人ビーストなんかはあれが好物みたいだぜ」


 馬車の窓から外を観察し、スフェーンは市場の様子に感動しているようだった。色々な店や建物に興味を示し、そのたびにガーネットに質問を投げかけている。


 説明してやるのには疲れたが、スフェーンが今までになく楽しそうなのでガーネットも気分がいい。生真面目な性格の彼女の緊張をほぐせたのなら、わざわざ市場を通った甲斐があったというものだ。


「もうすぐつくぞ」


「うん。……大丈夫」


「大丈夫じゃなさそうな顔色なんだよなぁ。ブラザーってば試験とかはキンチョーしないくせに、ヒト見知りはすんのなんでだよ。ほら深呼吸深呼吸〜」


「うん、すーっ、はーっ………うッ」


「大丈夫か!?吐くほどキンチョーしてんの!?」


「……きもちわるい」


「あ゛ーっ、待て待て!まだ吐くなよ!?ちょっ、ごめんいったん馬車止めてー!」






 賑やかだった市場を抜けて、田園風景の広がる道に差し掛かると、立派な御屋敷が遠目に見えた。あれこそが、ガーネットの生家にして彼の祖父────カラット伯アデルバート・インクル卿の屋敷である。


「すごい……。伯爵様の御屋敷って、こんなに大きいのね」


「ウチは控え目な方だぜ?伯爵家の屋敷っていったら、ホントはもっと広いし豪勢なカンジだよ」


 スフェーンから見れば、目の前の御屋敷も十分なほど煌びやかななのだが、上には上がいるらしい。スフェーンが御屋敷の威圧感に気を取られているうちに、馬車が門の前について止まった。


 馬車の揺れと共に、ふたたび吐き気がこみ上げてくる。外に出ずに自室で勉強ばかりしているスフェーンの顔色は、普段から不健康に白いのだが、今は一段と青白い。


「降りれるか?ブラザー」


「うん。平気だよ」


「貴女、顔色が悪いわよ?ママが運んであげるから、背中にお乗り!」


 紳士らしく手を差し伸べたガーネットの背後から、金髪の女性がひょこりと顔を出し、スフェーンの手を取った。


 目を見開いたスフェーンは、ぽかんと口を開いたまま動けない。ヒトは、あまりにも驚きすぎたとき何も言えず何もできないのだと、スフェーンは初めて知った。


「母さん!?」


「あぁん、ガーニィ!会いたかったわ!!!」


「ちょッ、苦しい!苦しい!ってか先週末も帰ってきただろ!」


「ママは1秒たりとも貴方かわい子ちゃんたちと離れたくないのよ!」


 ガーネットが慌てて女性を引き剥がし、額に手を当てる。しかし、彼の困惑など気にもとめていないのか、女性はガーネットにぎゅうぎゅう抱きついて、すりすりと身を寄せる。


 蚊帳の外になってしまったスフェーンは、まだ動けずにいた。あまりの事態に、脳が情報を処理してくれないのだ。


「……が、ガーネットの御母様ですか?」


「ええ!私こそ、この子の母親にしてアデルバート卿の娘───ラリマー・インクルよ!」


「正確には義理の娘な。じいちゃん、つまりアデルバート卿の息子が父さんで、母さんはその奥さんってこと。……それより、なんで母さんがここに?」


「そんなの、決まってるじゃない!はやく子供たちの顔を見たかったからよ!馬車酔などしてないか心配で心配で……馬車の音が聞こえたから、気付いたら飛び出して来ていたのよ!」


 ラリマーは胸を張ってそう答えた。


 ようやく抱擁から解放されたガーネットは、ため息を飲み込んだ。応接室で待っていてくれと手紙に書いたはずだったが、ラリマーはすっかりそのことをわすれているようだ。


 母さんがおれの思う通りになるわけないか、とガーネットは遠い目をしたが、置いてけぼりのスフェーンのことを思い出して首を振った。自分がしっかりしなくては、という決意である。


「今、母さん自身が言ったとおり、このヒトがおれの母さん。……ちょっと愛が激しいけど、悪いヒトじゃないよ。んで、母さん。こっちにいるのが、」


「私の娘でしょう!?あぁ、なんて可愛いの〜!?でもやっぱり顔色が良くないわね。はやくお医者様を呼ばなくちゃ!」


「あー!もう!大丈夫大丈夫!大丈夫だから!スフェーンに自己紹介させてあげてよ母さん!」


 ラリマーがスフェーンの両脇に手を入れて、そのまま猫の子のように持ち上げる。白く美しい細腕のどこにそんな力があるのやら、スフェーンはまたしても驚いて何も言えなかった。


 まさに、借りてきた猫のようになっている。


「あ、あの……。ラリマー様、大丈夫ですので下ろしていただけると……」


「まあ!なんていい子なの!?母の手を煩わせまいとしているのね……!」


 スフェーンを地面に優しく下ろしたラリマーは、泣きながら彼女の頭を撫でた。スフェーンはされるがままになっている。


「母さん、ストップ。スフェーンの自己紹介聞いてあげてよ」


「あぁ、そうだったわ!もちろん、もちろん真剣に聞くわよ」


「ごめんなスフェーン、ホントに悪いヒトじゃないんだよ……。自己紹介どーぞ」


「えっと……。ガーネット、様の学友としてお世話になっております。スフェーンと申します。卑しい身分でありながら、あなた様の前で挨拶させていただくこと、大変恐縮でございます。あの、……この度は私をインクル家の養子にしていただくなどという突拍子もないお願いを検討していただき、ありがとうございます」


 スフェーンの口から、流れるように挨拶の言葉が紡がれる。しかし、その顔面は蒼白で、血の気の失せた唇や指先が震えていた。


 あちゃー、とガーネットが心の中で頭を抱える。スフェーンは緊張のあまり、止まりどころがわからなくなっているようで、ブレーキの壊れたトロッコのように挨拶を続けている。


 と、その時。


「まぁ、まぁ、まぁ!なんて賢くて可愛くて謙虚で素晴らしい子なの……!?スフェーン、いや、スフィ!!!貴女は間違いなく私の子になるために生まれてきたのよ!あ〜ん、ほんとに可愛い!!」

 

 黙ってスフェーンの挨拶を聞いていたラリマーが、がばりとスフェーンを抱きしめた。


 震えるスフェーンの背を擦りながら、先ほどガーネットにしていたようにぎゅうぎゅう抱きしめて、すりすりと身を寄せる。


 触れる指先や頬は常人よりも体温が低いようだが、温かい。温かい心を持っているヒトだと伝わってくる。ガーネットとそっくりだ、とスフェーンは感じた。


「ラリマー様、あの」


「ママよ!そんな他人行儀な呼び方はやめて頂戴?悲しいわ!」


「えっ、えっと……」


「お母様でも、母さんでもいいわ!」


「……お、お母様?」


「ッ、かわいい……!なんて恐ろしい子なの……!愛しさで胸が張り裂けそうだわ……!」


 ぎゅう、とさらに強く抱きしめられ、スフェーンは苦しさに息をつめた。慌てて、ガーネットが止めに入る。


 歓迎されていることが身に沁みて分かり安心したのと同時に、インクル家の他の家族たちとこれから顔を合わせるのだという事実がスフェーンに重くのしかかった。


「みんな悪いヒトじゃないから!大丈夫!……たぶん」


 ガーネットが目を反らしたのを見て、スフェーンはちょっと泣きそうになった。


 

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