第1話−4
「伯爵家の後ろ盾があれば今度こそ合格できるだろ?まあ、できればこの手は使いたくなかったけど、夢を叶えるためには何でもやるって覚悟決めないとな」
「ちょっと待って!あなたの御祖父様が爵位を持ってるってことは、あなたは貴族家のご子息だったの!?え!?どうしてこんな田舎の学校に!?」
「あー………。まあそれは、なんていうか。うちの家変わってるからさ。あんま貴族貴族してないっていうか……。じいちゃんは爵位を金で買った余所者って言われてて、しかも父さんと母さんも変人だから他の貴族たちに嫌われてるんだよね」
「それで貴族たちが通うような名門学校には行かなかったの?」
「そう。家庭教師をつけてもいいって家族は言ってくれたんだけどさ〜、学校通えないとかつまんないだろ?」
あっけらかんと言い放ったガーネットは、いつもと変わらない天真爛漫な笑顔を浮かべている。とても貴族家の子息とは思えない。
「じいちゃんから面倒事になるから家のことは黙っとけって言われててさ、今まで秘密にしててごめん。……でも、おれが手伝えることってこれしか思いつかないし、スフェーンになら話してもいいって思った」
「謝る必要はないよ。むしろ、話してくれて嬉しい。御祖父様に怒られないといいけど……」
「じいちゃん怒るとメンドーだからなぁ。まあ、どうにかなるって!それでおれ、考えたんだけど。あのさ!──おれの、家族にならない?」
ガーネットの深紅の瞳が、まっすぐにスフェーンを見つめていた。突拍子もないことばかり言うガーネットだが、今日はいつにも増して奇想天外な思いつきばかりするようだ。
「それって、プロポーズ?」
「ちがッ!?違う違う違う!いや!スフェーンが嫌とかじゃなくて、そもそもおれたち友達だしっ、それに、その!」
「冗談だよ」
ガーネットの肌が、目と髪の色と同じ赤に染まった。顔どころか耳や首まで真っ赤にした彼が口から火の粉を飛ばしながら必死に否定する。
その様子を見て、スフェーンは少しだけ意地悪く笑った。スフェーンの冗談はいつもわかりにくい。彼女の表情筋はあまり勤勉な方ではないのだ。
「性格わるいっ!」と、ガーネットが吠える。彼も彼で素直な性格なので、何度だってスフェーンの冗談に翻弄されてきた。
「ぷ、プロポーズとかじゃなくて、おれの兄弟にならないかってこと!うちの養子になればお前も伯爵家の一員だし、身分的には十分だろ」
「私にとってはこの上なく魅力的な提案だけど……。私にしかメリットがないよ。御祖父様も御両親も許してくれるはずがない」
「普通の貴族ならなぁ。けど、絶対大丈夫だぜ!母さん、おれのことチョーゼツ溺愛してっから!おれのお願いなら100パー断らないぜ。世界滅ぼして、とかでも任せてって言ってくれる気ぃするもん」
「確かに、ガーネットの話を聞くところによると御母様はあなたを相当可愛がってると思ってたけど……。そこまでだったのね。でも、御父様の意見もあるだろうし」
「父さんも大丈夫だろ!今まで否定的なこと言われたことないし。まあ、めっちゃ無口だからあんま何考えてるかわかんないけど。少なくとも猛反対はしないと思う」
「それは、ほんとに大丈夫なの……?」
スフェーンの心配をよそに、ガーネットはこの作戦の成功を確信しているようで、意気揚々とカバンから万年筆と紙を取り出した。
そして、「借りるぜ!」とスフェーンの机の上に紙を置いて、さっそく何かを書き始める。
「……っと、こんなもんだろ!だいたい3日もあれば届くだろうから、4日後には帰るって書いといたぜ」
「ほ、本気で言ってるの……?せめて返事を待ってからの方が良いんじゃない?」
「でも、今は少しでも時間を無駄にしたくねぇだろ?後期試験は待ってくれないしな。はやく身分とかのゴタゴタは解決して、スフェーンは勉強とか鍛錬とかに集中しないと!」
家族に宛てた手紙を書き終えたらしいガーネットは、スフェーンの背をバシバシと叩いた。未だ急展開についていけない彼女をやる気にさせたいらしい。
「も〜、ブラザーはほんとに遠慮しいだな。さっきお前は、おれたちにメリットがないって言ったけどさ。そうでもないぜ。家門から優秀なヤツが輩出されれば、じいちゃんの名誉にもなる。貴族はそういうメンツとか気にすっからさ」
「まだ学園に入学できると決まったわけではないのに、私に期待しすぎだよ」
「はぁ〜?なに言ってんだよ!ほんと、遠慮しいなだけじゃなくて、陰気だよな。どんだけ思考が後ろ向きなんだよ」
「……根暗でネガティブで悪かったね」
「そう怒んなよ!言い過ぎた。おれはよく家族から考えなしのポジティブで困るってよく言われるぜ。そのせいで失敗ばっかだし……まあ後ろ向き過ぎんのはどうかと思うけど、シリョブカイってヤツ?スフェーンはそういうタイプだもんな」
ガーネットの言葉は、真っ直ぐすぎる。
きっと彼は、思ったままを口にしていているだけなのだろう。相手の反応をうかがって、当たり障りのない言葉ばかり選んでしまうスフェーンとは全く違う。
だからこそ、その遠慮のない言葉に苛立つ。本心からの言葉だと知っているから、自分の欠点を指摘されると辛いのだ。
けれど、とスフェーンは思う。
だからこそ、ガーネットの言葉は重みを持っている。褒め称える言葉も、温かい共感も、相手を思うからこその厳しい助言も────彼が口にするなら、本心だと確信できる。絶対に、お世辞なんかではない。傷つける為に選んだ言葉でもない。
「大丈夫。スフェーンなら、大丈夫」
なんの根拠もないくせに、ガーネットが言うならば真実なのだろうと思ってしまう。深紅の瞳が、いつも真剣に相手を見ているからだろうか。
スフェーンは、降参するようにつられて笑い、たしかに頷いた。
「ありがとう。私、絶対ニーアに合格してみせる」
「よく言ったブラザー!信じてるぜ!だから、お前もおれを信じろよ?」
「うん。……信頼してる、ガーネット」
不安な気持ちも、焦りも、恐怖も消えていない。
それでも、信じてくれた人に報いたいという気持ちがそれらを少しだけ浄化してくれる。
少女は、親友の目を見て精一杯誠実で、簡潔な言葉を口にした。おう、と跳ねるような声が応える。
────決意を新たにしたスフェーンだったが、近い未来、予想だにしないことが起きるとは、今の彼女は知る由もなかった。
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