第1話−3


「でも、逆に考えてみろよ!実力不足じゃないなら、身分さえ手に入れれば入学できるんだよ!」


「そうかもしれないけど……私に身分の高い知り合いなんていない。理論上は可能でも、現実的には不可能よ」


「諦めるの早すぎ!せっかく可能性が出てきたのに!お前の夢を叶えるには、ニーアに行くのが一番の近道だろ!?一回落ちたらもう諦めちゃうのかよ!?」


 ぱちり。ガーネットの口内で火種が爆ぜた。


 そして、スフェーンの心の導火線に引火する。ばちんやら、ぱきんやら不穏な音がして、あまりの怒りのせいか彼女の脳内にキィンと不愉快な音が鳴り響いた。


「私だって!諦めたくなんかッ、諦めたくなんかないよ!!!ずっとずっと、夢見てきた!学園に入学できれば、調査員になって世界中を見て回れる……。もっと、色んなことを知れる。………けど、私は一人ぼっちだよ。家族はいない。これから先、ひとりで生きていかなきゃならないの。家族のいる、ガーネットにはわからないでしょ……?」


 売り言葉に買い言葉だった。


 スフェーンには、家族はいない。頼れるヒトもいない。物心ついた時から、教会や孤児院を転々としてきた。親の顔すら知らないし、持っている財産も何度も縫い直した服が何着かとシスターたちの手伝いをしてもらった駄賃ぐらいのものだ。


 休みのたびに家族に会いに帰って、何でも欲しいものを買ってもらえて、いつも身なりは綺麗で、自分は無価値なんじゃないかと疑ったことすらないようなガーネットの言動、その全てが羨ましかった。


 本当は、こんな惨めな気持ちなんて、一生胸にしまっておくつもりだったのだ。それなのに、スフェーンの口から飛び出た言葉はなかったことにはなってくれない。


「ひとりだなんて、言うなよ………。おれ、スフェーンのためなら何だってするぜ?だからブラザー、そんなさみしいこと言うなよ……」


「嫌だよ、ガーネット。あなたに頼るわけにはいかない。今だって、私は酷いことを言って、あなたのせいじゃないことであなたを責めた。……これ以上、惨めになりたくないの。じゃなきゃ、あなたと友達でいられなくなる」


「……やっぱ、おれ……頼りないよなぁ。───『先生』の代わりになれないのはわかってたけど。お前の役に立ちたかっただけなんだよ」


 勢いをなくしたガーネットの口から、ここ数年間互いに口にしなかった単語が飛び出した。


 先生───そう呼ばれていた彼は、3年前に失踪した。


 教会に附属しているこの学校で教鞭をとっていた彼は、行方をくらませる前日までいつものように授業をしていた。少しも変わった様子はなかった。いつも通りわかりやすい授業をしながら、静かで美しい声で、生徒たちを見守る優しい目で、彼は教壇に立っていた。


「先生は、もういないよ。いないヒトのことを考えたって、しょうがない」


「ウソつき。ホントは、先生のこと探しに行くつもりのくせに」


 泣き笑いのような顔で、ガーネットがスフェーンを睨みつけた。どくん、とスフェーンの心臓が大きく跳ねる。


「わかってんだぜ?お前のホントの夢。……そりゃ、世界を見て回りたいのもウソじゃないだろうけど……先生を、探しに行きたかったんだろ?」


 ガーネットに言われて、はじめてスフェーンは気が付いた。心のどこかで、世界中を探して回れば先生を見つけられる日が来るんじゃないかと期待していたことに。


 まだ幼かったころ、先生が話してくれる外国の話が好きだった。耳長族エルフ獣人族ビースト半獣人族ハーフビースト人魚族マーメイド竜人族リザードマン、その他の種族の話。エルフの大王国や東の島国、砂漠の国、人魚の海底王国など多くの国を渡り歩いてきた先生だからこそ、知っていたことだった。



 スフェーンが出会った誰よりも、先生は賢かった。いつしか、先生のようになりたいと願い、どうすれば賢くなれるのかを本人に問うたこともある。



『しいて言うなら、ここに至るまでの旅が、私を少しだけ賢くしたのだろう』



 先生の言葉が、スフェーンに夢を与えたのだ。




「……うん。私、もう一度、先生に会いたいの。そして、旅の感想を伝えたい。私が立派な大人になったってこと、世界を楽しそうな場所だって思えたこと、先生のおかげだって、言いたい」


 植物の新芽のように生命力に溢れる瞳に、きらきらと日光が反射する。言い争っているうちに、ずいぶんと日が高くなってきたらしい。


 顔を上げたスフェーンの表情には、もう迷いはない。絶望も、悲しみも、諦観もない。決意と情熱だけを宿して、美しく輝いている。


「だったら、諦めるわけにはいかねぇよな!」


「そうだね。まあ、当面の生活費ぐらいはどうにかできるだろうし……来年のために準備しなきゃ」


「来年?いやいや!まだ後期試験があるだろ!ほら、たしかあと2ヶ月後!」


「でも、それまでにコネクションを作るのは無理だよ。結局、落とされる」


 明らかに無謀だった。スフェーンは『神童』と呼ばれているし、その才能を見込んでくれるヒトもきっと現れるだろう。しかし、どう考えたって後期試験の出願日には間に合わない。


 しかし、ガーネットは自信満々の顔で笑ってみせた。


「それなら心配ないって!おれがどうにかする!」


「ど、どうにかって?」


「───おれんちのじいちゃん、伯爵だから!」


「……………………っえ?」






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