最終話 血濡れた夢の意味

 静かな空間に血の滴る音が響く。


 周りを見渡せば血の海ができている。


 鼻を突くのはむせ返るほどの生臭い血の匂い。


 おかしくなっちゃいそう。


「大丈夫?どこか痛いところはない?立てる?」


 服に血がついている男が私に手を差し伸べながらそう言った。


 聞いたことない声、知らない相手。


 フードを被ってて顔は見えない。


 でも私はその手を取ろうとする。





 いや、私はこの声を知っている。




 この光景を知っている。




 私は手を取らず、言葉を口にする。




「…、助けてくれたんですか?」



「……覚えてたんだ、俺のこと」



 そう言ってから男の人がフードを取る。




 フードの下から現れたその顔は。



 

 私がずっと、朝の電車で見ていただった。



 その顔を見て、私は今までのことを思い出した。



 私が目を覚ました場所は劇場。

 さっきと違うのは男の人がいて、辺りは血の海ということ。


 私は、口を開く。


「あの…由乃ゆの…この劇場の外に女の子が…」


 でも、私は事実を知るのが怖くて最後まで言えない。



 だけど、男の人はそれで伝わったのか口を開いた。


「……君1人しか助けれなかった。本当に申し訳ない」


 そう言った彼は、私から目を背けていて表情がわからない。



 君1人。



 つまり、私1人。




 それは由乃、お父さんとお母さん。

 ここにいた私以外みんながあのに殺されてしまったということ。




 私はその現実を理解すると同時に、全身の震えが止まらなくなった。



 目からは涙が溢れ、体の中から何かが上がってくる感覚がして咳き込む。



 男の人は、そんな私の隣に来て何も言わずにさすってくれた。



~~~



 何分経ったかわからない。

 でも、涙も咳も止まった私はようやく落ち着きを取り戻した。



 それを見た男の人はようやく口を開いた。



「君には今、3つの選択肢がある。

 1つ目はここで俺と別れる。2つ目は俺と安全なところまで一緒に移動する。

 そして最後。


 …俺と一緒にあの怪物を殺し続けるか」



 突然選べと言われても困る。

 こんな状況で、今後の人生を決めるような選択なら余計に。


 でも、少なくとも1つ目はない。

 家に帰っても、もうお父さんとお母さんはいない。



 それに由乃を助けられなかった私に、由乃のお父さんおじさん由乃のお母さんおばさんに合わす顔がない。



 じゃあ2つ目か3つ目。



 ……正直、何もかも忘れて別人になりたい。

 こんな最悪な記憶、忘れてしまいたい。



 でも、記憶をなくしてもあのを見るかもしれない。



 私はきっと、引っ掛かりを抱えて生きていくことになる。




 それなら、答えは決まってる。



「私を、連れて行ってください。怪物のことを、私にも教えてください」



 私はまっすぐに男の人の目を見て言う。



 男の人は少しの沈黙の後、口を開く。



「わかった。ただ、後悔はするなよ」



 そして、劇場の出口へと向かっていく。




 後悔なんてしない。

 私は、目の前で3人の大切な人を怪物に殺された。




 だから、私はあの怪物を殺す。

 これ以上、理由なんていらない。




 私は立ち上がって、男の人を追いかける。




 ずっと見ていたあの夢は前世の死に際でも、存在しない記憶でもなかった。




 これは、私の新しい始まりを予知する夢だった。




 そして今。

 私は劇場から血濡れた世界へと足を踏み出した。

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