第1章
第6話 今日、初日公演なんでしょ?
日時不明────
──ピリリリリンッ…ピリリリリンッ…
スマホのアラームの音が聞こえる。そうか、もう朝だ。起きなくては…。
──ドンドンドンドンッ!!
壁一枚挟んだ向こう側から壁を何度も叩く音が聞こえる。朝が来た!!って気分になれる。
「お兄ちゃんっ!!アラームうるさいっ!!」
隣の部屋の壁側には、お年頃の妹のベッドが置かれているらしい。母親から聞いた話だが、どうやら妹からの強いご要望でその場所になったという話だ。
毎朝、この時間になると妹は壁の向こうから怒ってくる。
──コンコンコンッ…
「
「今日、初日公演なんでしょ?迷惑かけないように、頑張りなさいよ?」
そう、今日は令和6年9月8日。2.5次元舞台“勇者ウェルドは諦めない“の初日だ。人気ファンタジーアニメが原作で、初の舞台化となる。脚本には昨今の色んな問題を考慮して、原作者全面協力のもと、ようやく今日、初日を迎えられるまでこぎつけた。
キャストについてのオーディションの際、原作者の名札をつけた男性が審査員席にいたのを見た時、原作者の本気度合いが伺えた。
元々、”勇者ウェルドは諦めない”の原作者、
事務所へ戻って暫く寛いでいると、僕の元へマネージャーから、『おめでとうございます!!例の舞台、ユウトさん主演で決まりました!!』と興奮気味で言われ、その日は事務所の仲のいいメンツで祝勝会となった。
これは…公私混同とも言われても仕方のない話になるかもしれないが、舞台稽古中のある日、帰ろうとしていると絶胤先生の担当編集の高橋と名乗る若くて綺麗な女性から声を掛けられ、絶胤先生が是非夕食をご一緒にとご招待を受けた。
招待されたレストランへと担当編集の高橋さんと共に行ったのだが、オーディションの時に居た男性の姿はなかった。『とりあえず、こちらのお席でお待ちください。』と対応してくれたウエイターさんに言われ、夜景の綺麗な個室へと案内された。
ところが、そこに用意されていた席は二つしかなく、担当編集の高橋さんが意を込めたように重い口を開くと、自分が絶胤だと僕に告げてきたのだ。
絶胤先生は、性別も年齢も非公表で、メディアには勿論に出てこない事で有名だったが、まさか…こんな若くて綺麗な女性だったとは、思いもしなかった。
その後、絶胤先生の家に招待されて、脱稿前の書きかけのエピソード等を見せて貰ったりしていたが、結局…僕は自分の本能に正直なので、色んな意味で推し倒す感じで、原作者と出逢って即日に深い男女の仲になってしまった。しかも…僕が初めての男だった事もあるのか、次の日から頻繁に家へと呼ばれるようになった。
まぁ…こんな事、誰かに漏れたら大スキャンダルになる事だろう。
──ヴヴッ…
枕元に置いてあるスマホが振動した。ふと画面を見ると、
高橋縁莉とは“勇者ウェルドは諦めない”の原作者、絶胤先生の本名だ。
僕が俳優業をしていて事務所的には恋愛NGの為、付き合うまではお互いに踏み込めていないが、深い男女の関係にはある。
でもこうして、お互いに連絡のやり取りも普通の恋人同士のようにしっかりとしている。
──コンコンコンッ!!
お年頃の妹、美憂が今度は壁をノックしてきた。この美憂だが、実は義理の妹なので血縁関係はない。美憂の父親と僕の母親が、バツイチ同士で再婚したのだ。
「いつになったら、私と付き合ってくれるの?」
今住んでいるこの家は、元々は美憂たちが住んでいて、そこへ母親と僕が入居したかたちになっている。この家に来て早々、美憂に『遊びでも良いから、私と付き合ってくれない?初めてもあげるから。』と言われた僕は、すぐに断ったのだが、それから事あるごとに、告白してくるようになった。
まだ、美憂はお年頃の学生なので、血縁関係はないが色々とマズい事になるので、高校卒業までは絶対に手を出さないように、僕も頑張って堪えている。
「美憂には、何度も言ってるよね?高校卒業したら、考えてあげるよって。」
「初日公演終わったら、絶対…お兄ちゃんの所に、変な女たち寄って来ちゃうじゃん!!」
もう既に、絶胤先生と男女の仲なんてこと、こんな事言う美憂の前では、絶対バレないようにしないとな。
令和6年9月8日、12時30頃────
「ヴェル、いけるか?」
──「当たり前だろう?私を誰だと思っている?」
ここは都内の劇場。“勇者ウェルドは諦めない”の初日公演が、本日12時より開演し第一幕、幕間が14時頃を予定、第二幕が15時30分頃の終演予定だ。
ちょうど今、勇者ウェルドが魔族との交戦中、自らの愛剣でもある聖剣ヴェルデュルグと、会話でのやり取りが行われる、原作では人気の場面だ。
どうして、剣が喋るのか?という話について説明しておくと、原作では聖剣ヴェルデュルグは某神話の運命の女神が、ウェルドに惚れ常に一緒に居たいが為、世を忍ぶ仮の姿として武器に変身したことなっている。
そして、聖剣ヴェルデュルグの声については、同じ事務所の人気女性声優さんが、とある理由から生声で参加している為、僕はそれにあわせ演技を行っている。
「じゃあ、ヴェル頼んだ!!【運命斬り】!!」
そう叫びながら、僕は聖剣ヴェルデュルグを前に翳した。すると一瞬だけ舞台が暗転したかと思ったら、僕の手元からは聖剣ヴェルデュルグは消え、その代わりに美女が僕に背を向けるように立っていた。
──「ウェルド、行ってくるぞ?」
そう言うと、美女は魔族の方へと音も立てずに近づいて行ったが、この美女こそ聖剣ヴェルデュルグの本来の姿である、運命の女神だ。
お気づきかもしれないが、聖剣ヴェルデュルグの声を担当する人気女性声優さんは、元々特撮系のTV番組で女優デビューしていて、そこから声優へと転向した経緯があり、どちらも出来ると今回の2.5次元舞台の準ヒロイン枠として大抜擢となっている。
──「さて、お前の運命は…うん。お前に決めさせてやろうじゃないか?」
あれ?こんなセリフじゃなかった筈だけどな…。急遽、差し替えられたのか?
この魔族自体、原作には存在しない…急遽女優さんとセットでねじ込まれた、疑惑たっぷりなオリジナルキャラだ。
初日公演なので、原作を愛してくれているお客さんも、この展開は知らないはずだ。と言う僕も知らないのだが…。
「あ…。え…。」
まさか…M・a・U(これでマユと読む)さん、こういうの狙ってました?!そう、聖剣ヴェルデュルグことヴェルは、人気女性声優で女優のM・a・Uさんが担当されている。CV:M・a・Uってやつだ。
──「ん?聞こえないなぁ…?運命の女神直々に、お前に好機を与えてやってるんだぞ?凄惨な死を遂げたいのか?」
まぁ、無理矢理ねじ込まれたオリジナルキャラクターだから、この場面終われば出てこないしな。
「い…命だけは!!お助けください!!」
なーんか、舞台袖ではざわつきはじめた。ああ…マジでこれ、M・a・Uさんやっちゃってるな…。
──「そうかそうか!!ではお前には、これだろうな?」
運命の女神が魔族に手を翳したところで、舞台が暗転した。まぁ、流れ的にそうせざるを得ないだけだったのだが。
暗転中に場面が変わり、次の場面に移るため、勇者ウェルドと聖剣ヴェルデュルグの出番は終わり舞台袖へ向かう。
「あれ…?ユウトくん。私、今何してたんだ…?」
「へ…?僕が【運命斬り】言った後、M・a・Uさんの決め台詞で、舞台効果出て決まる筈が、完全アドリブで大暴走してましたよ?」
「舞台出た辺りから、私…今まで意識飛んでたんだよ…。」
意識のない中で、あれだけの演技が出来るって…M・a・Uさんの天性のものなのかもしれないと、僕はえらく感心してしまった。
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