第4話 【演技】勇者ウェルド!!
日時不明────
とりあえず、僕の考えを実行に移すべく、人目のない場所を探すために、大きな穴の開いた建物の裏手へと周囲を見回しながら、僕は出た。
「いやぁ!!やめてええええっ!!」
──バシンッ!!
「大袈裟に騒ぐな!!大人しくしてろ!!」
すると、若い人間の女性の悲鳴と、低い男性のような声が聞こえてきた。
その声の方向へと目をやると、潰れた家の陰で、非常に露出の多い…紐かと思うくらいの布を身に纏った女性が、明らかに人間ではない種族に、乱暴されかかっているところだった。危機的な状況の時に、どさくさに紛れて犯罪をする不届者が居るとは聞いていたが、まさかと思った。
とりあえず、落ちている硬そうな岩を両手に持って、僕は人間ではない種族の背後へと素早く周ると、後頭部に向けて思い切り岩を振り下ろした。
──グジャッ!!ボグッ!!
恐らく頭が潰れ首が折れた音が聞こえた。
まぁ、全面的にコイツが悪い。仕方ないだろう。
「え…。あ、ありがとうございます…。」
「いえ、大丈夫ですか?それと、危ないので…少し隠れてて下さいね?お話は、その後にしましょう。」
僕はそう言うと、そっとその場を離れようとした。
「い、嫌です…!!私、異世界人なんです…。それに…私なら平気です。【死に戻り】スキルで死ねないのです…。あと…【回復】魔法も使えますので。」
今、僕が助けたこの女性が、最近転移してきて自死したという、ヨシュアさんの言っていた例の異世界人みたいだが、パッと見で日本人ではなさそうだ。
何故かと言えば、まずは目の色が翆色と言うのが大きな相違点だ。次にお人形さんのような可愛らしい小顔という点。更に言えば、肩甲骨くらいまであるプラチナブロンドのロングヘアに、透き通るような白い肌だ。
「僕…今日、日本からこの世界に転移させられてきました、増田ユウトと申します。これから、僕は魔族を倒しにいきます。宜しければ、後方から援護下さいますか?」
言っても聞かないのであれば、彼女は【死に戻り】持ちという事もあるので、僕の無謀な賭けにご協力頂こうと思う。とりあえず、可愛かったので、自己紹介も忘れなかった。
「えっ!?ユウトさん、日本人なのですか?!私のおばあちゃん、日本人なんです!!あ…すみません。つい…嬉しくて。私は、19歳のオーストラリア人、レミリス・カスミ・エドワーズです。」
お祖母様が日本人とは…。確かに、ハーフ顔と言えばハーフ顔かもしれない。クォーター顔と言うのが、正しいのかもしれないが。ついでに、レミリスさんが18歳以下でないことも知れて良かった。
「では、レミリスさん。危なくない位置からの援護を宜しくね?」
それでは、ようやく…僕の考えていた事を実行する事が出来る。
考えていた事というのは、僕は2.5次元俳優というキャリアの中で、勇者役を演じる事が多かった為、折角授かった【演技】スキルを使って勇者を演じ、魔族に向けて勇者の必殺技を放ってみることだった。
それに今、僕は2.5次元舞台で演じていた“勇者ウェルド”の衣装を身につけたまま、この世界に転移させられてきていた。
「あのぉ…ユウトさん?その格好って、勇者ウェルド様のコスプレです…よね?」
「レミリスさん…”勇者ウェルドは諦めない“をご存知なんですか?!」
「もちろんです!!」
ここはもう、レミリスさんの前で2.5次元な勇者ウェルドを見せつけなければ。そう思って、まずは背中に斜め掛けにしてあった、勇者ウェルドの相棒でもある喋る聖剣ヴェルデュルグを鞘から抜くと、両手で持って前に構えた。
「【演技】勇者ウェルド!!」
先程、魔法を使っていたところを見ていた僕は、スキルや魔法名を言ってから対象を言えば良いのではと考えた。
──キラッ…!!
勇者ウェルドの衣装が、急にズシッと重みが増したと思った次の瞬間だった、聖剣ヴェルデュルグに嵌っているおもちゃの宝石部分が、輝き出すと眩い光を放った。演出用にLEDが内蔵されているが、そういう次元の光ではなかった。
──「なぁ、ウェルド?今回の相手はどいつなんだい?」
この作品の舞台では、聖剣ヴェルデュルグの声については、同じ事務所の人気女性声優さんが生声による参加の為、僕はそれにあわせ演技を行っている。
ところが…今、この異世界では人気女性声優さんも居ないため生声が聞こえる筈もないのだが、そういう訳か聖剣ヴェルデュルグは、人気女性声優さんと同じ声で、僕に向かい喋っているのだ。
「うあぁ!?その声、聖剣ヴェルデュルグですか?!」
あと、レミリスさん…結構日本のアニメ好きなのかもしれないな。
──「ん?ウェルド。もしや、こんな美人の私が居るのに、浮気かい?」
「まぁ、その話は後だ!!」
マズいな。レミリスさんの事まで認識されている。本当に、この聖剣ヴェルデュルグには自我があるようだ。
──「ふぅーん?否定しないのかい?まぁ良いさ。ウェルドの正妻の座は、渡さないからな?せいぜいウェルドの玩具にでもなっていろ。」
設定では、聖剣ヴェルデュルグは某神話の運命の女神が、ウェルドに惚れ常に一緒に居たいが為、世を忍ぶ仮の姿として武器に変身したことなっている。
結構、凄いこと言うんだな…。
「ウェルド様になら、されてもいいかも…。」
こらこら!!うら若き乙女がそんな事言うんじゃない!!色々情報が多すぎて、勇者ウェルドを保つのがやっとだ。
「ありがとう、ヴェル。それで、あそこに魔族が居るの、見えるか?」
──「おや?なんだい弱そうな相手だねぇ?それじゃあ、ウェルド?行くよ!!」
「ええええ…!?これって…新作のセリフですか?!」
こんなセリフ、聖剣ヴェルデュルグこと、愛称ヴェルは舞台中で一度も喋ったことはない為、レミリスさんがそう勘違いするのも無理もない。
「【光速移動】!!」
──ピカッ…!!
勇者ウェルドが、作品中では頻繁に使う鉄板の移動スキルだ。光が一度瞬く間に、ヴェルの攻撃有効範囲ギリギリまで、僕は魔族の前方へと移動していた。
「よくも…皆の街を、滅茶苦茶にしてくれたな?」
「誰だ!!まあ良い。消えろ!!【火球:爆裂】!!」
──ゴォォォォッ…!!
空の彼方から轟音と共に、ゆっくりとした速度で巨大な火球がこちらに向かって、飛来してきくるのが見えた。
──「アハハハッ!!笑わせてくれる。遅すぎやしないかい?」
「何をふざけた事を言うか!!」
「【次元斬り】!!」
──ズッ…
「な…。」
僕がそう叫ぶと、ヴェルが自動的に斜めに振り下ろされ、一瞬だけ火球周辺の次元が斜めにズレた。すると、次の瞬間には火球はズレた次元の向こうへと消えてしまった。
魔族は唖然茫然として、開いた口が暫く閉じなかった。
──「終わりだな。さぁ?ウェルド、行くぞ?」
「ああ、ヴェル頼んだ!!【運命斬り】!!」
そう唱えた瞬間、聖剣ヴェルデュルグは運命の女神の姿となり、魔族へと向かって行った。
──「お前の運命は…凄惨なる死だ!!」
そう魔族に告げ、聖剣ヴェルデュルグの形態に戻ると、魔族に叫ぶ暇も与えずバラバラに切り刻んだ。
「お前にはそんな最期がお似合いだぜ?」
勇者ウェルドの決め台詞だ。不思議と僕の口が動いていた。そして手を前に伸ばすと、聖剣ヴェルデュルグが飛んでくると、柄の部分が僕の手のひらへそっと寄り添ってきた。
「お疲れ様、ヴェル。」
──ギュッ…
そう言って、ヴェルを労うようにゆっくりと柄の部分を握ると、魔族のバラバラに飛び散った身体が、光を放ちながら霧散するように消滅した。
「た、倒せたぁ…。」
ふと魔族を倒せたという安堵から、演技していた勇者ウェルドではなく、素の自分が出た瞬間だった。
──シュン…
先程まで、薄ら光で覆われていた勇者ウェルドの衣装から光が消え、ズシッとした重さが嘘のように軽くなり、いつもの衣装へ戻ってしまった。
手に握られた聖剣ヴェルデュルグも、宝石部分がLEDで光るおもちゃの、殺陣用の模造刀に戻っていた。
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