第10話 龍の棲み家

待ちにに待った日だった、金曜日の朝。



いつも通りの時間に起きて、身支度を済ませて朝食を摂っていると、氷室さんがリビングに入ってきた。


いつもながら、髪型をオールバックにセットして、ビシッとしたスーツ姿で、朝も早くから、私より身支度を早く整えて来てくれるのは大変だろう。


本業税理士さんで、間違っても私のベビシッターが仕事じゃないんだから。



「おはようございます」


「体調はどうだ?」



氷室さん、挨拶返してくれない。


私が、困惑していると、氷室さんは眉間にシワを寄せてきた。


不機嫌オーラが身体中から、滲み出ているようだった。



「無視か? なぜ、答えない」



早く応えろと言わんばりの不機嫌な表情と、禍々しい重低音に耳からカラダが石になってしまいそうだった。



そっちが悪いもん……。


なんて、心の中で駄々をこねている場合ではない。



「すみません。  体調は良いです。 挨拶スルーされてレスポンスが遅れました」



素直に謝ったが、言いたいことはきちんと言わないと。


氷室さんは、私の言葉に僅かに目を見張った後、それでも、さも涼しげにいけしゃあしゃあと「おはよう」と朝の挨拶をくれた。



「氷室さん。  針って、千本買えるところ、知ってます?」


「針が⋯⋯ 欲しいのか? 」




「はい。あっでも、裁縫箱には、まち針含めたら、10本は持ってました。 後、990本です」


「必要な数は分かった。  次に、そもそも、それが1000本⋯⋯必要になる理由を教えてくれ」


「私、指切り守れませんでした。 氷室さんなら、約束は絶対だって、信じていた分、本当は怖い⋯ですけど、約束は叶えて欲しいと思った分、裏切りたくないので、この上は潔く⋯⋯」



氷室さんはぎょっとした目で   


私に目を見張りながら


かなりいつもより低い声で私の言葉を遮ってきた。





「ちょっと、黙ってろ……」



氷室さんは口を歪めて、ひきつった表情を浮かべた。


真剣に、何かを、考えているようだが。


……氷室さん、まさか、合法且つ適切に、私に針千本飲ます方法を思案しているのかも、知れない。


氷室さん。真面目人だから。



「りりあ。お前は、針は千本飲まなくて良い。……絶対、飲むな」



衝撃発言だ。


この世の全ての冗談が束でかかっても、【氷室さんの生真面目しか勝たん】と信じていたのに。


だからこそ、氷室さんの本気を私は疑わないのに、何で。


針千本、飲まなくて良いんだ。





「良い子じゃないのに?」


「お前の、基準の、良い子を、俺は知らない。 りりあは、ちゃんと今日まで、俺の望む良い子だった。 だから、飲むな。 約束は満了してる。 異論反論は認めない。 16時に裏門で、あまり周りにこの事を口外せず、友達と待っていろ……」



嬉しかった。


放課後の友達とのお出かけ。


大好きな芋けんぴ。


閉店した店内の写真で見て、食べることを夢見た。


紫いもソフトクリーム。


いもどら焼き。


芋ぷりん。


スイートポテト。




「氷室さんっ、本当に良いんですか? 鏡子ちゃんに、セイレンちゃんと三人で」


感激して喜ぶ私と裏腹に、氷室さんは頬をピクピクさせながら、無理に私に笑って言った。


「あぁ、そろそろ、出るぞ」



氷室さんの作り笑い、超絶下手いけど、笑ってくれるんだ。


笑おうとしてくれたんだ。


そう思うと、胸が熱かった。



「はい」



私は、氷室さんの後に続いて、るんるんで車に乗り込んだ。





 

「えっ、ヒッキー、良いって。 やったー」


「鏡子ちゃん、喜び過ぎ!! 私も、踊り出したい位、嬉しいよ。レン、一緒に踊ろう」


恥ずかしがり屋のレンが物凄く不満そうに渋々学生服姿で現れて、セイレンちゃんちゃんに両手を掴まれて踊り出すのを見て、私は驚いた。


セイレンちゃんのお茶目な所を初めて見たからだ。



「セイレンちゃんも、お茶目になるんだね」


「こんなに、はしゃぐセイレンちゃん、久しぶりだよ。 私もはしゃいでベランダでやったーって叫ぼうかな。 りりあちゃんも、どう?」



良いね。


私は、教室のベランダに出て、鏡子ちゃんと「やったー」っと、叫んだ。


気持ち良かった。


楽しかった。


とても、幸せだった。






「松永清廉さん。 いくら特別クラスの教室内でも。突然、他の生徒に一切説明してない自分の神様を呼び出して、踊り出してはいけません」


「すみませんでした」



「神木 鏡子さん。 懸 凛々遊さん。 教室のベランダで、大声で叫んでは、いけません」


「すみませんでした」



私達は、破顔の笑顔で教室に入ってきた菅原先生に、生徒指導室に連行された。


そして、連れて来られた生徒指導室で、そう注意を受ける憂き目にあった。


ヤバい、やり過ぎた。


保護者に連絡されたら、オワル。


そう思うと、ヒヤヒヤしていた。



「菅原先生、ヒッキーには内密に」


「いや、こんな事じゃ、いちいち報告しないけど、昼休み中庭の掃除くらいはして貰いたいかな」


「「「喜んで」」」


私たちは、文字通り喜んで中庭の掃除を約束した。


「さて、一応、君たちに報告もあるんだ。  入ってきて」


菅原先生の声かけに、生徒指導室のドアが開き、昨日の狐の青年が入ってきて、私と鏡子ちゃんも驚いたが、誰より鏡子ちゃんが驚いて、呼んでもないのにレンが姿を表して、青年を威嚇するように、睨み付けた。



「変態……」


「昨日はごめん、つい好みで。 狐は、男は女好き、女は男好きの気があるんだ。  君がついタイプで」


綺麗な顔をしているので、見苦しくはないが、早速、セイレンちゃんを口説きにかかっている事に私はドン引きだった。


て言うか、何ですかウチの制服を着ている。


まさか……。



「初めまして、今日から二年の特別クラスに編入した、特待生の宇賀神 柊【うがじん ひいらぎ】。 ヨロシクネ、 可愛い後輩さんたち」


爽やかな、笑顔だった。


昨日の事がなければ、ギリギリ素敵な先輩が出来たことを喜べたのかも、知れない。


だか、今となっては、それは無理だ。


背筋に寒いものが走った。



「えっ、編入って、何でですか? それに、一之瀬君は、特待生じゃないのに、特待生で入るんですか?」



私の質問に、菅原先生は淀みない言葉で、説明を述べた。


「編入の理由は、彼が条件を全て満たしているからだよ。 彼は、レンズサイドウォーカーで、柚木崎君と同い年、つまり高校生の年齢だ。 一之瀬君が特待生じゃないのは、力が足りないから。 神木さんはお母さんも含めて特別だったけど、神無しの特待生は、後は君しかいない」


えっ、特待生は基本、神様を持っているって事。


じゃ、じゃあ。



氷室さんは【りゅう】。


柚木崎さんは【りょう】。


セイレンちゃんは【レン】。


後は……あれ。


「菅原先生の時は?」


「ヒッキーと同級生だった慶太と学校生活を共にした後、分魂して、人無しの神になって、再入学したんだ。まあ、僕も異例中の異例、前代未聞の特待生だったね。  教職員免許を取る為に大学へ進学する勉強する為に、もう一度、学生をして現代の生活に慣れ親しんだよ」


「そうだったんですね。えっと、こがねも居るんですか?」



ちゃんとうっかりを装ったが、今回は確信犯だった。


居るんなら出て来い。


しゅっと、私の前がキラッと光って、こがねが姿を現した。


成功だ。



「おう、眼福」



第一声にガッカリした。


だが、狐の姿だったので、本当にここが生徒指導室で良かったと思った。


「校内で、非常の場合を除く、神様の呼び出しは、本人は勿論、その周囲もそれに準じる行為は禁止だよ。 停学位は覚悟してね。 今、始めて説明したから、今までのはノーカウントにするけど、次はないからね」


「えっ、それって、やっぱ、みんなが驚くからですか?」


私の質問に、菅原先生は破顔の笑顔で答えた。


「君と神木さんの両保護者が慶太と、在学中に、すっごい事、してくれたからだよ。 我が校のプールが今、温水プールな理由も含める位のね」



どういう事だ。


否、説明を求めるのはやめよう。


不意に宇賀神 柊は私達に改めて挨拶をのべてきた。


「まぁ、取り敢えず、今日から僕も君らの仲間入りだ。 先輩になるんだ。  頼むから、不審者を見るようなその目をやめて貰えないかな?」


昨日の今日でそれは、無理だ。


私と鏡子ちゃんは、苦笑いで。


セイレンちゃんは、ムスッとした顔で目を背けた。


「せ、セイレン……」


「名前で呼ばないで欲しいです。……何か、おぞましいので」







「宇賀神 柊【うがじん ひいらぎ】。 ひいらぎ」





私は、昼休み教室を抜け出して、1人孤室でその名を呼んだ。



まもなく、宇賀神先輩が目の前に現れた。



「りりあ、僕に何の用?」


「聞きたいことがあって、突然呼び出してごめんなさい」



特待生だから、呼べば、相手にその気があれは、来てくれるんじゃないか、孤室に入れる筈だ。


そう思って試しにやってみたが、成功だった。



「何だい? まさか、愛の告白? 昨日、僕のキスを僕の舌先を噛み切って拒んでおいて⋯⋯本当は好きだった? まさか、現実のファーストキスだった? 」


「そんな訳無い、そもそも相手の同意無く、そう言うの良くないですよ。そうじゃない、違います。  てか、それについては、謝罪して貰いたいです。 許すかは別ですが」


「ごめん、ごめん。昨日までは、僕も、ほとんど操られていたようなもので、結局、キミの呪いも解けなくて悪いと思ってるよ」


「⋯⋯それは、良いんです。私が聞きたいのは、あの……名前は言えないけど、私がアレと交わったって言ってたじゃないですか」


「あぁ、キミ、それなら、僕が聞きたかったよ。 何て、馬鹿な事したんだい。 信じられないよ。 キミの魂に触れたら アレがもう先を越してたんだなら」


「先を越すって?」


「僕の憑き物がしようとしていた事を既に終えていたんだ。魂を捧げたんだろう? あいつに」


「⋯⋯魂を捧げるって何ですか?」


「身体を預けた。現実世界の言葉で表すなら、処女を許したって事で理解できる?  ていうか、何、知らない振りして⋯⋯まさか、知らないで許したの」


「いや⋯⋯許すも何も」


無理矢理だった。


何の説明もろくに無かった。


身体から何かがにじみ出していく感覚が走り、空気が揺れるのが分かった。



「りりあ……。 落ち着いて。 どうしたの……」


「わたし⋯⋯わたしは、そんな事、知らないし」 


「へっ……りりあ……えっ……」


「分からない。  でも、嫌だったし、いきなり、現れて、逃げられなくて、怖くて、何度も嫌だって、やめてって、なのに、いやっ、いやぁあああっ」



暫く、ずっと、泣いていた。


良くわからないが、ずっと、誰にも言えなかったさし、聞けなかった。


ずっと、一人で苦しんでいた。


指摘され、知られてしまったとわかって、怖くて、恥ずかしくて、苦しくて、辛くて。


でも、やっと、言えた。


バレてた。


少なくとも、いま目の前の彼とこがねは、知っているんだ。


じゃあ、りゅうとりょうに繫がる、氷室さんと柚木崎さんも知らないはずがない。


知ってた?


だったら、だったら。


何で……。


氷室さんは、私の事を。


何で、助けて、くれなかったんだよ。


柚木崎さんも……。


誰も、助けてくれなかったんだよ。


二人は私を何で、りゅうとりょうと迎えに来たんだ。


りょうは死にそうだったし。


りゅうは、嬉々として、私を迎えに来て、私をめちゃくちゃにした。



「何で……助けてくれなかったの。  恐かった。  嫌だった。 痛かった。 苦しかったのに。  ずっと、辛かったのに」


振り絞るように、自分の気持ちを吐露する私に、宇賀神先輩は、徐に私の頬に手を当てた。



「懸 凛々遊【あがた りりあ】に呪いをかける。 此処での記憶とこがねと僕が話した秘密を封印する。期限は、君がいつか、全てを許せる日が来るまで」


「やめて、消さないで。何でっ、何でよっ。消したって、嘘にならない。無くならない。 事実は変わらないでしょっ、嫌よっ」



りゅうと同じ事言わないで。


消したって、何にもならない。  


あったことを無くさないで。


失くしたくなかったよ。


もうやめてよっ。



「でも、君が苦しみ過ぎて見てられない。 見過ごしてあげるべきだった。 出来なくて、ごめん。  君は悪くない。 弱い僕達が招いた罪でもあるのに。 僕は君の苦しみを背負えもしないのに、君の秘密をあばいてしまったって、今更、気付いた。 君の秘密は消さない、でも、君の秘密を君だけの秘密に戻させて欲しい。 僕とこがねにも同じ呪いをかけるから。 苦しかったね。でも、結果的には、文句ないくらい、キミの秘密が……。結局、君の魂と僕の大事なこがねの命を繋いでくれた。恨めしくも、これ以上の感謝はない。 ごめん、りりあ」







昼休み、昼食前に教室を出た後、『私は廊下で倒れていた』と、宇賀神先輩に、保健室に運んでもらったらしい。


「大丈夫、りりあちゃん」


「うん、全然平気。ありがとう、セイレンちゃん。あれ、鏡子ちゃんは?」



何か、目が痛い。


頭の中はスッキリしていのるのに、おかしいな。


「私達の代わりに中庭の掃除してくれてるよ。宇賀神先輩が手伝ってくれるって。 どっちか、りりあちゃんにお弁当持っていかなきゃって、なって、私が来たの。 ねえ、りりあちゃん、本当に大丈夫? 宇賀神先輩に変な事されなかった?」


「えっ、しないよ。そんな人じゃないって。⋯⋯でも、セイレンちゃんは気を付けた方が良いかもね」


私は、セイレンちゃんに届けて貰ったお弁当を保健室で食べて、昼休みが終わるギリギリに、教室に戻ることが出来た。


菅原先生が心配そうに他教科の授業だったのに様子を見に来てくれた。


「勝手に孤室使っちゃダメだよ」


「へっ? 何のことですか?」


「………いや、何でもないよ。ごめん、勘違いだった。 具合悪くなったら無理しちゃダメだよ」


「はい、気を付けます」


勘違いって、なんだろう。


孤室何か行ってないのに?


まぁ、そもそも、だから、菅原先生の勘違いなのだろうけど。


変なの……。








「芋プリンと、芋どらやきと、スイートポテトと、紫芋ソフトクリームを」


「かしこまりました。ソフトクリームは後程、番号札でお呼び致しますので、レジの傍でお待ち下さい」



パッケージに入った芋チップスと揚げ立て芋けんぴも買って、レジを終える。



番号札の番号を呼ばれ、紫芋ソフトクリームを受け取って、外で鏡子ちゃんとセイレンちゃんと合流して、お店の外の石の長椅子に並んで座った。



「ヒッキーも何か買ってたけど車に戻っちゃったね」


鏡子ちゃんはそう言って、ソフトクリームに添えられた黄金色の芋チップスでソフトクリームをすくって、スプーン代わりに食べた。


斬新過ぎる、芋チップスがスプーンがわりなんて。


「流石に、恥ずかしいんだよ。 言わないであげなよ。 親族でもない、女子高生を三人も乗せて来てくれたんだよ。感謝しないと、ねえ、りりあちゃん」


「そうだね」



ずっと、不機嫌そうな仏頂面で、ここまで運転して来て、私達の随分後からお店に入って、そこそこ店内を回ってレジには並んでいたが手ぶらで店を出て車に戻って行った。


裏ごしされた芋とミルクソフトで結構しっかりとした舌触り、芋の甘さとミルクのコクのある甘みがタッグを組んで、絶品スイーツの頂みに登っている。



モンブランケーキは生クリームがおもいので苦手だが、これなら、毎日食べたい。


血糖値や血圧上昇は別だとしても。



「美味しい」


私が呟くとそれに鏡子ちゃんが続いた。


「楽しい」


そして、セイレンちゃんも言った。


「また、来たいね」



これ、何て言うんだろ。


この過去最高にない、幸福感、充実感。


そうだ、これが、きっと、私のアオハル【青春】だ。







氷室さんは、セイレンちゃんと鏡子ちゃんの順に家に送り届けて、帰宅の途に着いた。



鏡子ちゃんの家は、屋敷の外門のすぐ傍なので、秒で屋敷に入った。


車は、駐車スペースに停まった。



「氷室さん、今日も仕事して行かれるんですか?」


「あぁ、事務所に帰る手間が省けるからな」


「夕食、氷室さんのも、用意して良いですか?」



氷室さんは、少し考えてから、私に言った。



「気を遣う事はない。 無理するな」


「無理してません。  いつも、ここで一人で食べているので、出来れば、そうしたいと言う、欲求? みたいなものが私にはあります」



何て変なもの言いだ。


氷室さんに話すときは、理路整然と簡潔に伸べないといけない。


そう意識してしまって、変にかしこまってしまう。


油断すると、すぐ、ダメ出しされるから、こんなになっちゃう。



「……それは、失念していた。 悪かった。 そこまで、頭が回っていなかった。……週三回、月曜と水曜と金曜は、帰りは寄ってから帰る。 散歩もあるしな。  だが、夜は大丈夫だろう?」


「夜とは?」


「朝まで、ここに居なくても良いか? 大丈夫か? と言う意味だ」


「そ、それは、大丈夫です。 夜は一人で眠れます」


もし、一人では、この屋敷に居られないと答えて居たら、氷室さんがどんな改善策を提案しだろう?


そう思ったが、よもや、それを聞く勇気はなかった。



小松菜と油揚げと桜えびの煮浸し。


さばの味噌煮。


卵焼きに、切り干し大根ときゅうりのマヨネーズサラダ。


玉ねぎと人参のお味噌汁。


そして、ご飯。


全部、ご飯以外は、作り置きを温めただけだ。



手抜きで申し訳ないが、学生の身分で平日に自炊出来るほど、タフではないので、容赦して欲しい。


そんな事を考えながら、書斎の氷室さんに声をかけ、氷室さんを待って、夕食を食べていると、氷室さんは首を傾げた。



「お前は、いつ料理を作っているんだ」



何を唐突に。


「⋯⋯主に、土日です。 1週間分の食べたいものを順番に作って、合間に、掃除とか、昼寝したりしながらですけど」


「一昨日も昨日も、買い出しに行ってないが?」



ん、確かに色々あって、買い出しを申し出てないけど。


あっ。



「外出の許可⋯⋯いただけますか? 明日、近くのスーパーまで一人で行けます。 あの……えっと」


氷室さんは、溜め息ついて、口元を歪めて言った。


「却下だ。 10時に迎えに行く」


「申し訳ご……ざいません。お休みの日に」


「子供が変な気を遣うな、15そこそこの歳で、よくやってる方だ。 本当は母親くらいのヘルパーを雇ってやれるなら、そうしてやりたいが、あの二人にお前の面倒までは頼めないからな」



此処は、どういう訳か普通だろうが、普通じゃない力、レンズサイドウォーカーでも、立ち入れない場所で、普段は私と氷室さんしか入れない場所だと言う。



唯一、例外で、レンズサイドウォーカーでもないのに、入れる竹中さんとソウさんが例え、ここに入れるといっても、確かに私の子守は頼めない。


二人に悪すぎる。


「鏡子ちゃんとセイレンちゃんも駄目なんですよね?」


「それは、やってみないとわからん。 遥は、少し入れたが、すぐ気分が悪くなって倒れた。 要は大丈夫だったな。 見た目の問題で本人に聞いてないが、分からんな。  あいつはやせ我慢がうまいからな」


「えっ、二人はここに入ったんですか?」


「忍び込んだ……が正し……この話はおわりだ」


「えっ、聞きたいです」


「断る」



ええ、ズルい。


ギロリと睨んで威嚇されて、それ以上は聞けなかった。






食後、意を決して私は、氷室さんに声をかけた。



「氷室さん、甘いもの、嫌いですか?」


「何だ。唐突に」


「食後にデザートあるんです。 一人で食べるのは寂しかったので、甘いもの……嫌いじゃなかったら、助けると思って一緒に……食べて欲しいです」


「甘いものが嫌いな事はないが、理解に苦しむ」


「鏡子ちゃんもセイレンちゃんも、かりんとう屋さんで両親の分もお菓子を買ってたけど、私は……誰も居なくて、寂しかったんです。 でも、今、目の前には、私の親代わり……してくれてる人は居るから、叶うなら分けて食べたいんです」


「自分の分が減るだけだ。つまらん、夢を抱くな」


「つまらない、夢くらい、簡単に叶っては駄目ですか?」


「好きにしろ。お前の夢がそれで叶うなら」


「ありがとうございます。 この前、レストランで冬野さんからいただいた紅茶の封切りも出来立て、感無量です」


私は、笑顔で台所に向かった。


アールグレイの紅茶を淹れて、買ったスイーツをプリン以外、包丁で二つに切り分けて皿に並べて、氷室さんと買ったスイーツを分けて食べた。



数日後、氷室さんは、かりんとう屋さんで私の両親に私の名前でお菓子を送ったから、【私が送った事にするように】と言う任務を与え、私に、1日だけ、親とメールをして良いと言う許可をくれた。


あの時、お店で何をしていたのか、と思っていたが、意外に良い人だと、私は感心した。


此処がどんな場所で、自分が此処で何をすべきか。


自分が何者なのか。


全くまだ分からないが、私は、この街も、新しい学校生活も、この孤独な屋敷も、不機嫌な氷室さんも、嫌いじゃない。


両親が恋しいが、もう、今になって、前、居た場所に戻りたいとは、帰ろうとは思っていない、思えない自分がいた。






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