第9話 イノチガケの木曜日  後編

此処どこ、どこ?


何か、また場所が変わった。




無我夢中でセイレンちゃん達を遠ざけたいと


逃げて欲しいと願った。





何したかわからないけど


遠くで見ていた狐の集団が無茶苦茶焦って


それまで大鏡公園の白石橋以外の場所を遠巻きに取り囲んで居たのに


一斉に飛び掛かって来て


気が付いたら、此処に来ていた。





「手こずらせるな、虜囚」


「家に返してよ。 誘拐魔」



セイレンちゃんや鏡子ちゃんを始め、ユキナリもレンも姿を消して。


飛び掛かってきた狐達もいない。


いつの間にか私だけが人に姿を変えたキツネと二人で、見知らね場所に居た。



さっきまで、大鏡公園に居たのに。


今は、何か古びた木製の板床と四方を白壁に囲まれた場所に、いた。




「あ〜あ、呼び戻されたか……。キミが、変な事するから、ミンナが痺れを切らして、ここまで来ちゃったか⋯⋯。もう、此処じゃ、ダレもキミを見つけられないだろし。 折角の仲間とも、自分の行いの果てに、離れ離れって何やってんだろうね⋯⋯」


「知らないよ。 トモダチを犠牲に、助かるなんて、出来ない。 絶対、いやっ」



他のみんなが無事なら、良いよ。


孤立しようと、追い詰められようと。




「変わったね、キミ⋯⋯。まぁ、巻き込みたくなかったなら、本望だろうけど、キミにとっては、悲惨かな」


「悲惨?」


「そうだよ。ようこそ、我が拠点へ」



そんなドヤ顔で言われても、こんな粗末な部屋に対して、そんな爆弾発言されても、リアクションに困るじゃないか。


「え、ここに住んで居るの?」


「いいや。 でも、此れからは此処が住処になるかもね。  キミも含めて」


それは困る。


つい最近、現金付きで、氷室さんを伴い与えられた場所が私にはある。




此処、何処だ。



何か壁の向こうでガサゴソ聞こえて気持ちが悪い。



「セイレンは惜しかった」


「……変態」


私の呟きに、未だ人の形をしたキツネはポカリと頭を叩いてきた。


「痛い」


「お前は、そろそろ自分の状況を察しろ。 其れが、これから夫になるモノに対する態度か?   あまり、煽らないで欲しいな」



やっぱ、二人でしゃべっている。


さっきから、ころころ話し方が違う。


そう言うことに心当たりが二人いる。


この人もそうなのか?




「はっ、未成年者略取の上、婚姻を強要?」


「1度は……許しを得た。 サカラエマイ?  次、会うときは無事じゃ帰れないよって言ったのに……」


「いや、絶賛、嫌。 逆らうけど、全力で」



いや、まずい。


不味いよ。


氷室さんの許しもなく、婚姻なんてしてみた日には、2度と口聞いて貰えないどころか、昨夜金曜日の約束の指切りした時、【針千本、飲ます】って言い合ったんだ。


他ならぬ氷室さんなら。



絶対、本気で飲ませに来るよ。




平然と。





「とは言え、ワレは契約デキヌ……愚かな真似をしたものだ。 本当だよ、困ったものだ」


「そう言われても、私も困る」



「今宵、 娶らぬと、周りが納得しない。されど、魂が穢れておるとはな。   ボクらの面子が丸潰れだ」


「と、言われても。 無理だよ。 嫌だ」



狐は、徐に私の傍に来て、私の顎を掴んで言った。



「合意の上とは言えずとも、と思っていたが。  最悪の展開だよ」


不意に身体が重くなった。


威圧とは、違う。


嗅覚でカビ臭い匂いを感じ、感覚で湿った空気を感じ、聴覚で水の音を聞いた。


レンズ・サイドを出たのだと、直感した。


視界は暗いが、ここはドアのない部屋じゃなく、障子戸で出入り出来、ちゃんと出窓もある何かの広間だった。


神社の中にありそうな部屋だった。



狐が人の姿に変わる事自体、そもそも理解に苦しむのに、更にレンズサイドを出た瞬間、キツネの人の姿がまた変わった。


人のままの姿だか、体格も見た目も変わり、二十歳前半の黒髪の青年に変わった。



ああ、この人だ。


もう一人居ると思ってたけど、りゅうとりょうみたいな人なんだ。




「まさか、アレと交わって神隠しを逃れるなんて、どんな捨て身だよ。 魂は干渉不可。 生身は別だけど、さすがに、それは……」


交わるって、りゅうとの事だと言うなら。


何故、それが分かる。


あの夜の事、何故知っているんだ。


そんなはずはない。



「交わる……何の事?」


「とぼけるな。 自ら願ったのか?  キミは神になりたかったはずだけど、変な事したね」



青年はわたしの顔をまじまじと見つめて、顔を近づけてきた。



彼の前髪が額をかすって、唇を重ねられた。


首を振って拒んだが、顎を強く掴まれて動けなかった。

 


りゅうみたいな事するな。


2度とごめんだ。



彼が唇から舌を入れてきたので、思わず歯を噛み締めたら、彼の舌を噛んでしまい、それでやっと唇が離れてくれた。



彼の血の味が口に広がったのが、気持ち悪くて、お行儀悪いが床に唾を吐いた。




「った。……駄目だ。手に負えない」



そう言うと、彼は私の肩を突き飛ばした。


尻餅付いた所で、肩を足で地面に蹴りつけられ腹這いに倒れた。



自分で私を蹴りつけておいて、私を痛ましいものをみるように、何故か辛そうな顔で言った。


「無理だ。 もう、やめろ。 操るな。  生身は、嫌だ。  人としての倫理がある。 もう馬鹿馬鹿しい。僕は、降りたい」



彼がそう言うと、遠くから声が聞こえた。



「なら。殺せ」


イヤナラ、コロセ。


ソヴダ……、モウツギノミセシメデイイ。


シタガワヌ、ナラ、ソレモヨイ。


外からゾワゾワ声が上がる。


「12歳の時に、さっさと娶れば良かったものを」


一人だけ、外に確かに人の気配がするが、それ以外はヒトじゃ無いものが烏合してひしめき合っている様だ。



何だろう、そう言えば、大鏡公園に居たときには、遠くに白狐が沢山見えた。



「どうしても、気がすすまぬなら、せめての意趣返しに、その愚かモノヲ、外に出せ。 後は、皆に分けよう。全員に平等に」



何人いるか知らないが、私は1人だ。


2人以上のわけっこには、不向きで、不可能だ。


いや、そもそも、私は誰にも譲渡されたくない。



「いや、流石に、人殺しまでは。 ちょっと……。 ダメなら、殺してリセマラするつもり?」



この人の許容範囲に、もしかして、私の命運握られているのだろうか?


リセマラって、リセットマラソンの事?


前にスマホのゲームに嵌まっていた友達が言ってた。


ゲームを始める時の初期アイテムが気に入らなくて、ゲームを何度もリセットして、思い通りのアイテムが当たるまで、何度もやってたが。


それを、現実で、私が気に入らないからっと言って。


私をリセットする為に、殺すって事?


だったら、馬鹿馬鹿しいが過ぎる。



「取りあえず、ボクは人殺しはやだよ。 見殺しも、嫌だ。  何か、薄々思ってたけど、人でもそれ以外でも、して良い範疇をオーバーし過ぎてないかな?」


「お前とワタシがサイゴのニンゲンダ。 お前はお前の役割を果たせ。でなければ、お前の母親に後、ウメルダケデモ、サズケル」



「やめてくれ。……分かった。 それは、やめてあげて。    オレの母親に⋯⋯触るな」



何か、本当に気持ちが悪い。




「悪いけど、慈善事業だと思って。二三十人位で良いから」



いや、もう、どっから、なに突っ込んで良いかわからない。


「ごめんけど、突っ込みどころが多すぎて、どっから、何を突っ込んで良いか分からないんだけど」


「キミがボクに突っ込む必要はないよ。 物理的な話なら、僕が今から、キミに」


いや、もう、言葉の性暴力をやめて欲しい。


「私は誰にも従わない。 誰にも、好きにさせない。  私は、誰にも殺させない。 お前らには、絶対負けない」


無力でも、無知でも、人間でも。


相手が人であろうと神であろうと。


そう強く思った時、また、声が聞こえた。


カミニナレタラ、ヨカッタノニ?


誰だ。


もう、そんな事は関係ない。


「忌々しい、見苦しい、みっともない。  愛されたいなら、自分でその相手にそれを請えば良いだろう? ヒトのモノを欲しがるな。 隠れてないで出て来い卑怯者」



自分で、何を言っているのか、感情が何かと混ざり合う。


こいつらは、私のモチモノが欲しいんだ。


だから、異常に付きまとうんだ。


思考が勝手に説明してくる。


頭が冷静になって行く。


私が今何をすべきか、結論が出た。



ここで、負ける訳には、行かない。


死ぬのも、奪われるのも。


何より。


ここで、終わる訳にはいかないんだ。


「足をどけてよっ。私は、帰るっ」


「いや、さすがに、諦めなよ。  もう、逃げられないよ。 君を逃がす訳にはいかない。 せめて、死なないで済む選択肢をあげるから」


いや、二三十人位の子作りは、無理。


脱走、結婚、子作りのトリプルコンボ何て、結局死ぬしかない。


死因は、針千本飲まされて、どうにかなって、死ぬ。


馬鹿か。


私は顔を上げてまっすぐ目の前を見据えて言った。



「馬鹿馬鹿しい。安心してよ。  逃げるのには、もう飽きた」


「たった一人で、何が出来るのさ」


「今なら出来るよ。   現実に戻してくれて、ありがとう。 お陰でみんなを呼べる。言っとくけど、現実世界では、合意の無い、性行為は間違いなく犯罪なんだよ」



私はポケットに入れていたスマホを取り出し、既に指紋認証でアンロックした画面でドラゴンゲートをクリックした。


起動画面にオートログインで、ログインされたメニュー画面の呼び出しボタンを押す、後は心から呼べば良い。


菅原先生の授業でやったんだ。


神木 鏡子か手掛けた、神木一族の当代当主の最高傑作。


通信機能は勿論、前代当主かレンズ・サイド・ウォーカーの能力にブーストをかけて増強する事に成功し、神の力を借りて空間を超越したぬきめがねの奇跡から。


神木鏡子は、その力を体感する事で、ドラゴンゲートに新たな活路を見出だした。


当初は、レンズ・サイド・ウォーカー同士だけが、音声や動画で連絡を取り合えるだけのアプリだったが、アップデートにより、新機能が利用可能になったのだ。







「りゅう、りょう、カレン、要、センサイ」



鏡子ちゃんとセイレンちゃんは危ないから呼ばなかった。


ユキナリとレンも二人に付いていて欲しいと思って呼ばなかった。


後はもう、思い付く限り、呼び寄せた。



「「見つけた」」


カレンさんと要さんが私のすぐ傍に出現した。


カレンさんは、素早く、私の肩を踏みつけていたキツネの青年を足で蹴飛ばした。



「えっ、ダレ?」


「女の子踏み付けてんじゃ無いわよっ⋯⋯。りりあちゃん」



カレンさん、物理的にも、強い。


普段、清楚で、大人しいセイレンちゃんのお母さんとは思えない。


カレンさんは、倒れている私を要さんと二人で抱き締めてくれた。



「怖かったね」


要さんが涙目で言った。



「此処、赤坂の社殿だね。 神子が外道に堕ちてたのか?」



菅原先生が目の前に立っていた。



「菅原先生の授業か役立ちましたね」


りょうの姿をしているが、柚木崎さんに教えられたように、柚木崎さんに会いたいと願って名を呼んだから、これが柚木崎さんで間違いないはず。



「神木の腕に、よるところだよ。彼女は本当に素晴らしい技手だ」


「私の最高傑作だもの」



菅原先生の賛辞に、要さんが誇らしげだった。



「では、後は殲滅するだけた。 戦争を始めようか。一族根絶やしだ。覚悟は出来ているんだろうな?」



りゅうは、氷室さんに会いたいと願ったのに、な。


気持ちが足りなかったか?




りゅうは部屋の障子戸の前に現れ、そう言うと、手で障子戸に触れた瞬間、炎が上がった。


りゅうの正体の真意は明らかでないが、服を着ている事に私はホッとしている。




「これで、終わりも悪くない」


青年は私に言った。


その場に座り込んで、菅原先生を見上げた。



「誰か、結界を張れるなら、閉じ込めてから滅ぼすべきだ。 滅ぼすなら、塵も残さずやって欲しい。 もう、彼女を損ないたくないだろう?」



「もう、やってるよ。 誰も、何も逃がさない。 キミは、何なんだい?」


「狐憑きだよ、この地で最後の……。呪いの終わりだ。 りゅうに支配されて生まれなくなった最後の狐憑き……だよ」



何故か、青年は清々しい顔で笑った。



「コレガ、オマエノノゾミか……」


不意に、狐の傍らに先ほど狐が最初に変わった金髪の男の姿が現れて、頭をかいて現実の狐の青年に溜め息を付いた。



「そうだよ。 母さんは外だから安全だ。 キミもこれで、納得して欲しい。 もう、僕らに命令する奴も、強要⋯⋯いや脅迫だったね、そうしてくるオトナも居なくなる。 だから、一緒に滅ぼう。 それとも、この地で一番になれなくて、残念?」


「いいや。 未練はない。 これで、本望だ。  お前にとっては無関係の オレの母さんだったのに。今まで……済まなかった。  まぁ、最後になんだが、お前にも、好みがあるんだな」


金髪の男は青年に手を差し伸べた。


青年は金髪の男の手を取り立ち上がった。


「あっ、そうそう。 意外だった。可愛かったなぁ、あの子」


「同意だ。ちょっと魔が差した。何だ、お前もそんなに好きだったか。 とんだ似た者同士だったな、オレたちは」




あの子って、セイレンちゃんとレンの事かな。


カレンさんとハクが怒るよ。


私がハラハラしているのを他所に、キツネの青年は立ち上がり、二人並んでこちらに向かって両手を上げた。



「「投降する」」


二人は声を合わせて、後は全てが終るまで沈黙した。








「もうすぐ迎えが来るから、カレンさんと要さんは、僕と行くけど。 りゅう、りょうは、どうする?」



「りょう。りりあと、センサイ達と行け」



りゅうの言葉にりょうは言った。



「ボクとりりあを二人っきりにして良いの? 食べちゃうかもよ」


「戯れは良い、行け」



りゅうは私の方を見ようとしない。


りゅう、じゃないかも。


りゅうなら、いつも誰より、何処より、何より、いつも、ずっと私だけを出来うる限り、ずっと見てる。



だから。



「氷室さん……」



りゅうの背中に呼び掛けたが、りゅうは振り返らない。


返事もない。



嫌だ。



よく分からないが。



今、私は、無性に氷室さんの声が、姿が、存在が、欲しい。



「氷室さんっ」


「……さっさと、行け。……ウルサイ」



りょうが私に耳打ちした。


「ちゃんと半分合っているけど、頑固だから。諦めて。  みんなと行こう」



私が口を尖らせて、不愉快そうにすると、りょうは私の頭を撫でた。


柚木崎さんの仕草だから、ちゃんと、りょうは柚木崎さんだ。





しばらくして、学園の名前が入ったマイクロバスがやって来て、みんなでそれに乗り込んだ。


外は、白い陶器が粉砕されたような破片が散らばっていて、朱塗りの柱と鳥居が沢山ある神社だった。


テレビで見たことのある中規模神社だと思い出した。


稲荷を祀る神社と理解して、顔をしかめた。


また、神社関係の案件だったとは。


ユキナリの時は、神社の持ち回りの呪いで付きまとわれたが、どうして、こう絡まれるのか、とゾッとした。




「柚木崎さん、りょうの姿のままなんですか?」


「うん、もう少し、このままかな。 りょうの姿、嫌い?」


「いいえ、美しくて好きです。あっ、柚木崎さんも格好良いし。 でも、現実でも、りょうになれるんですね。りょうが、レンズ・サイドで、現実は柚木崎さんだと思って居たから。  でも、この前、りゅうも氷室さんも現実に同時居たから、もう理解できなくて」


私は言ってしまってハッとした。


前後の席で一緒に乗り込んだ要さんとカレンさんもきっと聞こえた様で固まっている。



「安心して、今はそれどころかじゃないから、りりあが口ずさんでも来ないと思います。要さん、カレンさん、安心して、ねえ、菅原先生」



「はは、今頃、何人か命を落としてないと良いけど」



菅原先生、また物騒な事を。



「で、りりあ。二人がいつ、一緒に居たの?」


「この前、ヒッキーが居るときに、急に現れたんです。二人同時に……。私、大体の理は理解できるようになったって思ってたのに。全然駄目です」



「懸さんを見ていると、慶太の事を思い出すよ。そう思わない。要」


「ふふっ、ははは。懐かしい。 そうだったね」



菅原先生と要さんがいきなり、会話に参入して大盛り上がりを始めた。



「菅原先生、ケイタって誰?」


私がそう言うと、菅原先生はニコニコしながら言った。



「ボクの魂を持って生まれた僕の元宿主だよ。 要とヒッキーと遥の同い年で、都に生まれて遥にここに導かれたんだ」


「都ってどこですか?」


「現代の京都だよ。遥の絵を通してここに来た神様が僕だ」



えっ、だとしたら、鏡子ちゃんが言ってたあの両親の思い出の移動距離って、何百キロだ。



「僕の名字は菅原。ここに縁と所縁のある神様に心当たり無い?」



私の父は、神社の神職だ。


毎年、何処の神社か流行っているとか、有名処がなんたら、だ。


話が飛び交う中、一番、有名で、人を集まる神様にその心当たりが無いわけがない。



「太宰府天満宮の学問の神様ですか?」


「そうだよ。政略争いに破れて、1人この地に来て、残った一族が時の帝を皆で呪って、その呪詛返しでボクは7つの時に、命と引き換えに、呪いを消して、今は神様だ」


「えっ、菅原先生は人間ですよね」


言い切れなかったのは、さも、人じゃなくなったと菅原先生が言ったから、て。


まさか、菅原先生がヒトじゃないわけ無い。



「いいや。  僕は、人じゃない。 もう、今は宿主の為に、分魂したんだ。魂だけの神様なんだ。 子も成せないし、人と同じ時を生きられない。 いつか、滅ぶ日まで、途方の無い時間があるだけのね」



嘘。


菅原先生、人じゃないの。





学校に帰り、鏡子ちゃんとセイレンちゃんと保健室で再会を果たした。


二人ともベッドの上だった。



「良かった。りりあちゃんが無事で。ごめん、私、何も覚えてない」


「鏡子ちゃんのドラゴンゲートがなかったら、私、帰ってこれなかった。鏡子ちゃん、ありがとう」



要ちゃんの後ろで、セイレンちゃんもベッドから身体を起こして、私に言った。



「何か、すっごく気持ち悪い奴らだったね」



途中から、狙い逸れてたもんね。


一目惚れされてたな。


セイレンちゃん、気に入られてたからな。



「菅原先生、もう大丈夫なんですよね? あいつ、やっつけたんですよね? 最悪」



「ははは、災難だったね、松永さん。 でもね、僕思うんだけだけと、懸さんが無事なのは、一応、善意だったんじゃないかなって。 あんまり、悪く言えないかなって。ねえ、懸さん」


話を振られて考えてみたが、分からなかった。


「善意⋯⋯ですか?」


「そう。4年前、連れ去らわず、殺さなかったんかだからね。どちらも出来たはずだ。 だから、悪いけど、ボクは、助命を、お願いして来たよ。 聞き届けるかは定かではないけどね」


不意に、保健室の壁の姿鏡に写った自分の姿に、驚いた。



「あれ、私の髪、まだ呪われたまま」



私の髪は黒に戻ってない。


肩甲骨の途中で白のままだ。


呪いが生きている。


呪いの対象者が降伏して、呪いが解けているかと思った。


そもそも、髪の色が違う意外、実害を感じない呪なので、別にこのままでも構わなかった。



「もう少しで解けると思うよ。術を解けば、繋がりも、束縛も無くなる。早く呪から逃れたい?」



「いえ、私、あまり気にしていませんでした。 嫌だとも、思ってなかったんで」


私の言葉に菅原先生は、首を傾げた。



「えっ、懸さんは、髪の呪いが気持ち悪くなかったの?」


「はい、誰も何も言わなかったし。気味悪いとも⋯⋯」



「もしかすると、4年前、彼らは本当は君にとても親切だったのかも知れないね。……う~ん、だとしたら、懸さん、キミは」



菅原先生は思わぬ事を私に言った。


私にりゅうの所に行くべきだ、と。






「ドラコンゲートを使って。……結構な修羅場になってると思うけど、柚木崎君、一緒に行ってくれるよね?」



菅原先生の言葉に、未だにりょうの姿のままの柚木崎さんは、突然、りょうの口振りになった。



「りりあの傍を離れない。……確かに、あの日、りりあを呪いだけで返したのは事実だ。りりあが自分から望むなら、確かめに行くべきだ。 分魂の核に4年前までの彼女の常世での記憶の殆どを注ぎ込んでる。 何故、ボクたちの名前が今のりりあに残っていたのが、そもそも不思議だけど、本来あるはずじゃない。全て切り離したんだから。 記憶は、りゅうが分魂ごとこの地のどこかにしまい込んで、出さないつもりだ。 なら、当事者に聞く他ない」



そう言えば、私、自力でりゅうとりょうの名前が言えた。


それって、本来は出来ない筈の事だったんだ。


「りょう、柚木崎さんは今は居ないの?」


「居るよ。 不安なら 二つに別れた方が良い?」



「大丈夫。二人共居てくれるだけで、充分だよ」



「じゃあ、行こう。でも、りりあ。りゅうとヒッキーの怒りをかう覚悟はした方が良い。 ねえ、菅原先生」


「……だとしても、このままじゃ、可哀想だろう? 何もさせない、何もさせたくない。   でも、彼女が欲しい……。   りりあを。   キミタチは、空っぽのニンギョウにしたかったの? 彼女の魂はダレとダレで、砕いたんだい?   怒るよ」



いや、菅原先生、既に怒っている。


背後で電光がバチバチしてるじゃん。







白い、何もない世界だった。


ドラゴンゲートで、選んだ先はりゅう。



アプリに入ると、名前が一覧になっており、チャット機能で、メッセージや通話や動画通信が出来る他、新機能のゲートインと言うボタンを押すと、そのメンバーの所に移動できる。



白い世界には白い地面があり、どこまでも四方は真っ白な空間が広がっていた。




「……なぜ、戻ってきた」



白い地面が目の前で水面のように揺らいで、青く染まりそこから、髪の根元だけを残して青く髪を染めて、肩から下に鱗みたいなものに覆われ、蛇のようになって足がないりゅうが現れた。


この姿は、人ではないが、ギリギリ全裸でも、マシな姿だと思った。


ファンタジーが過ぎるが、もう非現実的な事象にいちいち驚くには、感覚が麻痺し過ぎているのだ。



「4年前の事を知りたい。 4年前、連れ去ることも、殺すことが出来たのに、あの人達が私を呪うだけで、逃がしてくれた理由。 二人は無事なの?」


「センサイに吹き込まれたか。  奴め、くどい。 りょう、お前が居てこの有り様か?」


「りゅう、これ以上、隠し事はやめよう。  みんなが、納得しない。  りりあは、ボクとキミだけのニンギョウじゃない」



りょうの言葉に、りゅうは頬を引きつらせた。



「お前、俺がりりあをニンギョウにしたいと思っていたのか?」



りょうは頷いた。




「……もう、4年待たせた罪滅ぼしは終わりにするよ。 りりあに記憶をあげて」


りょうの言葉に、りゅうは眉値をつり上げながらも、静かに言った。



「分魂は戻さない」



記憶は、分魂にあるらしいが。


別に返して貰う話じゃなかったはずだか?


私はそう思って、りょうを見つめると苦笑いで首を振った。



「分魂にした記憶の事じゃないよ。  これからの記憶をあげたい。 また、始めよう。  俺達だけでじゃなく、りりあも仲間だろ。  行かせてあげて。  彼女に、自分自身で、4年前の真実を知る機会を」



りゅうは、私を見据えて言った。



「……りりあ」


「何?」


「急げ、願いを叶えたいなら。 望むなら、この先を行け」



この白い世界を。



「えっ、どっちに」



私が尋ねると、りゅうは言った。



「【こがね】に会いたい。そう願って進め。 そうすれば、良い。あのキツネの名前だ」



随分、非現実的な指示だが、今更だ。



「分かった。こがね……こがねに会いたいって、願えば良いのね」


「急げ、もう、僅かだ。走れ」








白い世界を、駆ける。


りょうは、りゅうの元に残って、私だけになった。



離れないって、言ってたのに。



何で一人で行くのか、わからなかった。




暫くすると、不意に鼻をつんと突くような臭いがした。


それは、夏の道路で鉢合った獣の骸の臭いに似ていた。


暫く行くと、突然、景色が変わった。


さっき捕らわれていた場所と違い、大通りの片隅にばちがいな赤い鳥居のある小道があってそこに気配を感じて歩み寄ると、度々、一瞬だか、さっきの嫌な臭いがした。



「母さん……」



赤い鳥居をくぐって小道に入り10メートル間隔に赤い鳥居が続いて先に神社を見つけ、そこの境内で、傷付いた狐が先程の青年に覆い被さるように抱かれて力なく地面に鼻先を付けて、虚ろな目で呟いていた。



「黄金【こがね】。 しっかりして、逝くな。 置いてくな」


「⋯⋯無理、言うな。先に滅ぶ。 出来れは、思いっきり、寄り道して、後から来いよ」



私は、状況が飲み込めず、その場に立ち尽くしていたが、一つ理解した。


狐の名前は



「こがね……」

 


瞬間、狐は顔を上げた。


青年もぎょっとした目でこちらを見ている。



「何で、キミは……何で、一人で戻ってくるんだよ。  帰れ、早く」



彼は唇を噛み締めて、その意思を態度で示しているようだった。


不意に背中に黒い塊が近づく気配がした。



私に向かって来る。


わずらわしい、こんなの、相手にするほどでも無いのに。


自然と唇が動き、呟いていた。



「かんながら、たまちはえませ。 私に触れるな」



黒い塊の気配が目の前で弾けて砕けて散った。


その塵が頭から降ってきて、その黒い塵を汚いと思った。


何の言葉を口走ったんだ、私。




「貴方の名前も聞きたい⋯⋯」


「断る。もう、キミとは会えない。 帰って。 これは僕とこがねの業だから」


「業?」


「逃れられない、役割を果たせなかった代償を払っている。 君は帰れ」


「ゴメンね。 私が邪魔したから、苦しい思いをさせて」


「キミは悪くない。 僕らはキミで良かった。 随分、優しくなった。 今のキミは、前より、好きだよ。 後悔しない。 だから、行って」



と、言われましても。


私は、今の心境をなるべく分かりやすく説明しようと心がけた。


まず、目の前で瀕死のこがねに必死に声をかけながら、両目からだらだら涙を溢して泣いている彼を置いて。


はい、分かりました。


バイバイ。


は、出来ないと。






「こがねさん、どうしたの?」


「……背中に杭が刺さった。 呪いがある。 触るな」



成る程。


私はこがねの背中の傷に手を入れた。


生暖かい肉の感触の先で、指先に焔け付くような痛みが走った。


「たぁっ、貴様はっ!」


こがねさんが悶絶している。


そりゃ傷口に手を突っ込んだんだ。


さぞ痛かろうが、麻酔の持ち合わせは無いので、勘弁だ。



「何してんのぉおっ」


「いや、抜かないと」



呪いの元凶を鷲掴みした痛みは、我慢できない程でもないし、掴んでひきあげるのも造作なかった。


拳大の狐の形をした陶器だった。


但し、顔が般若のように険しかった。


て言うか、傷口に手を突っ込んだから、手首から先が真っ赤だ。


これは、でも、綺麗だな。




「シタガワヌナラ、ホロベ。ヤクタタズ」


陶器がしゃべった。


にしても、何か、えらく生意気な陶器だな。


「なぜ、役にたたないと行けないの?」


「チカラナキモノ、ジユウナキモノ、ワレニシタガエ」


「いや、質問に答えて。誰が誰の役に立てと? 私の事?」


「チカラナキモノ、ジユウナキモノ、ワレノタメニ……ワレニシタガエ。デナケレバ、シネ」


最後の言葉に何故か強く胸を締め付けられるような痛みがして、鼻先が熱くなった。


初奈から唇にどろっとしたものがこぼれ、手で拭うとそれは、血だった。


鼻血……。


喉がつかえて、咳をすると血の霧を吐いた。


咽が痛い。


ギザギザの石で喉の内側を抉られた様な、激痛だった。



「見ず知らずのお前が私の生死を決めるな。 大体、人に何かして貰いたいなら、そうして貰えるように相手の気持ちを敬えっ、カスハラだ」



コロナ期に流行りだした。


横柄な奴に苦慮させられる事を指す言葉だ。


無性に腹が立って、不条理に感じて出た言葉だった。



「…………」



陶器は、どういう訳か、手の平でばらばらに砕け散った。




「呪解した……」


「いや、呪いを言霊で粉砕した。呪解じゃない、これは……常識外れだ」



青年と狐はそう言って、顔を見合わせた。



「これ、使って」



青年がハンカチを差し出してきた。


血で汚れるからと固辞したが、立つ瀬がないから使ってくれと言われて、さすがに使わせて貰い顔と手の血を拭った。



「ありがとう。……出来れば、もう一つ、僕からお願いをしても良いだろうか?」


「えっ、何?」


「大変申し訳ないんだけど。ほんの少し、力を分けて欲しい。こがねが弱って、このままじゃ、もたないんだ」


「…………どうしたら良いの?」




何か非常に言いにくそうに、青年は躊躇いがちに言った。


「そのハンカチに付いた血で良い。 出来れば、もっと欲しいけど」



「その必要はない。 呪いが無いなら、後は、どうにでもなる」


背後でりゅうの言葉が聞こえ、振り返ると、異形の姿のままのりゅうがすぐ傍にいた。



「りりあ。俺は、こいつらと話をする、時間だけを与えたはずだ。なのに、 お前は……」


「よく分からない」


「りりあ、オレとりょう以外のモノにカラダを預けるな、血の一滴も分けるな。 殺すぞ」




殺されるのは、嫌だ。


そう思った。


りゅうも氷室さんも、本当に気難しくて、ひやひやする。



「お前らに言っている。りりあは……オレとりょうのモノだ。 一欠片も、血の一滴にも手を出すな。 もう一度言うが、手を出したら殺すぞ」



ん、カラダを預けるなは私で。


殺すって言ったのは、私にじゃなくて、対象者達に向けて、か。


私はりょうとりゅうの二人のものじゃなし、それを理由に殺しもやめて欲しい。


と言うか、こがねは正に死にそうじゃないか。



「お願い、こがねを助けて。 死んじゃうのはやだ。 目の前で、誰かの大事なモノが死んじゃうのはもう嫌だ。 お願いっ」


「……どんな理屈だ。 りゅうの俺には分からん」


りゅうはそう言いながらも、こがねのカラダに触れて、それだけで傷口を癒してしまった。


「恩に着ます。ありがとうございました」


青年は、そう言ってりゅうに頭を下げた。


りゅうは無視して、私の持っていた血まみれのハンカチを奪ってどんな理屈でやったのかわからないが、握りしめるとハンカチは燃え落ちた。





「で、顔面と片手に、さも、血塗れから拭ったとしか言いようがないその様で、勝手に学校を抜け出して、ここに居る。正当な言い分があるなら、聞こう。 りりあ」



氷室さん、まさか。


ここでか、ってところで、つかつか私がこの神社の境内にたどり着くまでの道筋からやって来るとは、どういう了見だ。



「えっ、氷室さん、どこ行ってたんですか?」


「そこのりゅうに聞け」


私が答えを求めてりゅうを見ると、りゅうはニヤリとして言った。



「邪魔になって、遮絶した」



つまり、氷室さん、さっき居た場所で、置いてけぼりを喰らったらしい。


後ろからやって来た柚木崎さんにここまで連れて来て貰ったのだと言う。




「どういう事なの?」



私の質問に、りゅうは首を傾げて言った。



「さあなんだったか?」



惚けているな、わざと。



「少しは、気が納まったか?」


「まぁ、な」



氷室さん、りゅうと何を争ったんだろう。




「で、りりあのこの様は、どう言う了見だ」


「えっ……あの……その」

 

「代弁してやろう。  そうだな。……あれだ。誰の忠告も、聞き入れず、自分の思うがまま振る舞った、成れの果てだ。 見殺しにしていれば、傷付かず済んだものを」



りゅうの辛辣な言い分には、腹しか立たなかったが、自分で自分の行いを激おこの氷室さんわ前に、うまく言葉に出来そうに無かったので、ありがたかった。




「人の事を非難出来た立場じゃないよ。聞いたよ、大暴れして拘束した人達とけんぞくを、これから、どうするつもり? 」  



柚木崎さんの姿で堂々と、りゅうに意見する姿は圧巻だった。




「……さあな?」


「もう、気は済んだだろう?」


「不安要素は、少ないに越したことはない」

 


柚木崎さんは、りゅうに苦言を呈した。



「だったら、解放しなよ。 誰かにとっての誰かの大事な人だよ、きっと。 多かれ少なかれ」


「断る」


りゅうの言葉に、今度は氷室さんが反論した。


「俺の命と繋がっているかぎり、法は犯さない。 その約束に反する」


「前に確かに約束したが、それはあくまでりりあに対して、限りの約束では?」


「法律全般の話だ。 俺を犯罪者にするな。 お前は、俺だ」



氷室さん、ちょっと何言っているか、分からない。


と言いたい、ところだが、そっか。


りゅうは、氷室さんか。


いや、だとしたら……知っている?



私がりゅうに、何をされたか?


こがねと青年は、気付いているみたいだし。



私は、複雑な思いだった。









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