第8話 イノチガケの木曜日  前編


寒い……。


鼻先をひんやりとした冷気がかすめた。



目を開けると、真っ暗な洞窟の中にいた。


僅かに視界が開けているが、光の元が全く見えない、否、無いのだ。



おかしい。



まるで、夢の中みたいだ。



足元を見ると裸足で茶色の土の上に立っていた。


目の前で見たもののような地面の感触が取って付けた様にするのが、更に不可解だった。



「リュウイチ⋯が憎い。 あいつさえ、居なければ」



誰の声だ。




「痛いのも、苦しいのも、辛いのも、悲しいのも、心細いのも、何より、弱いのも。  全部、リュウイチ⋯の性」



誰なの?


ぼんやりと目の前に明かりが灯ると、随分辺りは明るくなって、そこには6歳位の女の子が立っていた。


「私の性で、私が弱くて、無知で、愚かだったから、⋯⋯カミサマじゃ無かったから⋯⋯ナニモウマクデキタナカッタ。 ギセイニシチャッタ⋯⋯。 タスケラレナカッタ」



真っ黒の髪を腰のあたりまで伸ばし、ぱっつんの前髪で、服は白のワンピース姿だった。


私が子供の頃着ていたネグリジェに似ていると思ったが、似ているのではなく、同じもののようだった。


足は裸足だった。




「カミサマになるつもりだった。  カミサマになれる筈だった。 カミサマになれば、負けなかった。 クヤシイ、クヤシイ、口惜しい⋯⋯」



カミサマになりたかった……か。


それは、残念だっただろう。


私には、カミサマになる事がどんな幸せか分からないが。



「りゅうとりょうが居れば、他は、みんな死んじゃっても良かった。  カミサマになりたかった。 なのに、何で、私はこんなに悔しいのに、アナタはそんなに笑えるの?」



アナタって、私の事?


それにしたも、「みんな死んじゃっても良かった」はよくない。


そう思った。


「アナタもいつか後悔する。 自分の弱さを。 自分の無力さを。 そして、自分の愚かさに気付いて、憎めば良い。 その時は……。  ワタシ、アナタに還っても良いわ。 今は⋯嫌」



私は久しく見ていなかった夜の夢を見た。


目を開けて、朝である事に気付いて飛び起きて時計を見てほっとした。


いつも起きている時間より5分早かった。








「氷室さん、変な話⋯⋯しても、良いです?」



原因は定かではないが。


恐らくは、氷室さんに首を締められた事による体調不良で、学校を休んだ翌朝の木曜日。


体調は無事、元に戻った。


そして、いつも通り、氷室さんに車に乗せられ学校に向かう途中、私は昨夜の夢を思い出して、後先考えずそう切り出した。


「出来れば、まっとうな話が良いが、まぁ、聞こう」



ご希望に添えず、残念だが、聞いて欲しかった。




「昨日、夢に、女の子が出て来たんです」


「⋯⋯お前、此処に戻ってから、夢を見たのか? 見ていたのか?」


「昨日が初めてです。変ですよね、昨日まで、こっちに戻って一度も夢を見なかったなんて」



夢は毎日見るものだと思っていた。


全部じゃなくても、大抵、自分がどんな夢を見たか覚えていた。


でも、ここでは、ずっと真っ暗闇で眠っているだけで、朝を迎えていたのだ。



「逆だ。⋯⋯此処で、夢を見る方が可怪しい」



いや、氷室さんの言い分の方が変だけどな。


「でも、見たんです。 ずっと、文句ばっか言うんです。リュウイチ⋯って言う人と、私の悪口でした。 氷室さんは、りゅうですよね?」


「運転中に、その名を呼ぶな。俺の名を、呼べ⋯⋯目眩が止まらない」


「ごめんなさい」



目眩がするって、何で?


あっ柚木崎さんの時、名前を呼んだらりょうに変わった。


えっ、氷室さんがりゅうになったら嫌だ。



超絶。



「氷室さん。氷室さん。    氷室 龍一さん」


二回じゃ不安なので、おまけでもう一度、フルネームで呼んでしまった。


計3回呼んでみたが、大丈夫か?



「⋯⋯はぁ、収まった」



それは、良かった。


私の前で服も満足に着れないりゅうに、運転が満足に出来る訳が無い。



「りりあ、俺は。……俺は、人間だ」


誰も氷室さんが人間じゃないなんて言ってないのに。





学校に着き、校門の前で私を降ろして、氷室さんは車で走り去った。



結局、話は最後まで出来ず仕舞で、夢の事に対する氷室さんの見解を聞くことは叶わなかった。


私は、何故か初めて、氷室さんが遠ざかるのに胸がざわついた。


胸がちくちく、いや、ぞわぞわ、むずむず、どれも違う。


何だ。


この気持ち。


何か心細くて、気持ちがくさくさしてしまい、下を向いて校舎に向かっていると、不意に後ろから声をかけられた。



「ねえ、君」



振り返ると、そこには見慣れない、この学園の制服を来た男子生徒が立っていた。


何か変な感じがする。


でも、それは、嫌とか、気味悪いとかじゃない。


不思議な感じだった。


「私ですか?」


「そうだよ。 君、無防備だね」


突然、何だ。


そんな普段、武装してないし、防備って必要か?


ってか、誰だ。


「アナタは誰?」


「ボクは、   レン」


レン、セイレンちゃんが言ってた会わせたいナニカと同じ名前。


いやいや、ここの制服来た男子生徒は無関係だよね。


多分。


「おしゃべりは苦手なんだ」


喋っているのに?


否、もしかして、おしゃべりな人って意味なのか?



「本当は、セイレンが居る時に、会いたかった」



あれ、セイレンちゃんが居る時に会いたかったレンなら、彼がレンって可能性も。


「アナタがセイレンちゃんのレンなの?」


「そうだよ。りりあ」



私の名前を呼べる。


只者ではない。


レン。


墨を落としたような艷やかな黒髪に、血色の良い肌色。


くりっとした猫目で、右は蒼、左は緑。


薄い唇、身長は170位で、幼顔。


容姿はかなり良い方、アイドルグループに居ても不自然じゃない位。



「教室まで送るよ。ダレかが君を見てたから、追い払ったけど、念の為」


「えっ」


「10日足らずで、もう、この体(てい)たらくじゃ、みんなが必死になって、君を外に出しただけの事はあるよね」


私はレンと一緒に教室に向かいながら話しをした。


「みんなで、私をこの街から出してくれたんですか?」


「そうだよ。一人だけ、猛反対した奴を説得するのに、大変だったんだ」


りゅうは盟約と言っていた。


自分以外の全員に反対されて、盟約を交わして、私を両親と共に逃がした、と。


「私は、戻って来てはいけなかったのかな?」


私の言葉に、レンは首を振った。


「それは、自分自身で決めたら良い。 君の為なら、誰も何も厭わない。 君が主だ 」


私が何かの主であると言うなら、それは、今暮らしている家の位だが。


「君が生きている限り、僕達は享受できる。 だから、お願いだ。 死なないで欲しい」



そう言い残すと、まだ教室までだいぶあるのに、レンは、姿を消して、間もなくセイレンちゃんと鏡子ちゃんがやって来た。



「おはよう」


「ねえ、レンの気配がしたの」


「レンチャンに会ったの? 私も久し振りに感じたよ」



鏡子ちゃんは、興奮冷めやらず、レンと、名前を連呼したが、レンは応じる事なく、セイレンちゃんに激怒されてシュンっとなっていた。





三人で仲良く教室に入ると、女子生徒が駆け寄って来て【私と鏡子ちゃんとセイレンちゃんが揃ったら、生徒指導室に来るように】と菅原先生から頼まれたと言われ、また三人で教室を出る羽目になった。




「そう言えば、昨日。りりあちゃん、学校休んだ日ね。転校生が来たんだよ。誰だと思う?」


鏡子ちゃんの言葉に私は首を傾げた。


「転校生?」



誰だと思う?って、聞くところ。


つまり、私と面識のある人なのだろうか?


セイレンちゃんは苦笑いした。


「鏡子ちゃん。それさ、多分、菅原先生が正に私達だけ生徒指導室に呼ぶ理由だと、思うよ」



生徒指導室につき、ノックして中に入るとそこには、菅原先生の隣に驚くべき人物の姿があった。




「えっ、何でうちの制服着てるの?」



私が両親と最後に暮らしを共にした場所で、中学時代を共にした元同級生の男子生徒の姿があった。


結局、名前を聞かなかったので、名前すら覚えて居ない人物だ。


私をかの地の呪いの身代わりにした張本人。


何で?



「昨日、この学園の特別クラスに編入した 一ノ瀬 和総【いちのせ かずさ】君だ。 卒業まで僕が面倒を見ることにしたんだ。 卒業までに雪成【ゆきなり】が仕える様にしてあげるつもりでね」


ゆきなりって、誰、何?


「ゆきなり?」



私が呟くと、光り輝く白い鳩が目の前に羽ばたき出てきた。


えっ、何この鳩。



「早速、呼びつけたな」



鳩って、睨んだり出来るんだ?


つぶらな瞳がつり上げって、そうしているように見えるが、鳩とはこう言う生き物だっただろうか?と思った。



「僕は、まだまだですね。僕が呼んでも来ないのに」


「仕方ないよ。彼女だもん、相手が」



名前、とうとう思い出せなかったが、彼は一ノ瀬 和総って言うのか。


そんなことを考えつつ、目の前の鳩をまじまじ見ながら、菅原先生に尋ねて見ることにした。



「まさか、ですけど、この物体は一昨日の……」


「そう呪いの根元。若いカミサマだよ」


「若くない。500年以上生きてきた」


「でも、僕に比べれば、若いんだ。謙遜しないで」


「……それは、侮辱だ」



一体、いくつなんだ。


菅原先生。







「お主は、なぜ、ワレが暮らす、かの地に来た」


昼食時、一ノ瀬君を含めた、いつものメンバーで、ご飯を食べていると、不意に呼んでもないのに、ゆきなりが白鳩の姿で姿を表した。


鏡子ちゃんが食べている菓子パンの端を違って差し出すのに、ゆきなりは顔をしかめた。


そしてすかさず、人の食べかけを供えるな罰当たり、と憤慨したのに、私は吹き出した。


お供えものではなく、彼女なりのおすそわけのつもりだと思ったからだ。



「僕も聞きたい。ここでこんなに厚く敬われるべき君が、何で遠く離れた僕達の町に来たのか」


「私も全部が、と言うか全貌は定かじゃないけど、何かみんなの意見で身を隠してんだよね」



私は自分の説明に自信がなくて、鏡子ちゃんとセイレンちゃんを見つめた。



「合ってるよ。りりあちゃんは、トクベツだから」


鏡子ちゃんの言葉に、セイレンちゃんは頷いて言った。



「そう、りりあちゃんは私達のトクベツなの。今度イジメたら、次はワタシ達もユルサナイから。 覚悟してね」



セイレンちゃんは一之瀬君とユキナリにそう笑いかけていたが、目が笑ってない。

そして、普段、言わない様な物騒な言葉に迫力を感じて息を飲んで。


私は身震いした。



「それにしても、今朝方からお主をナニかが、見ておるが。 お主達は気づかぬか? 数もずっと増えておるが?」



そう言えば、レンも言ってた。


ナニかって、何だろう?



「ええっ、私は分からない。セイレンちゃんは?」


「ん~、何も? あっでも、レンは、やな感じするし、朝、出くわして追い払ったって。 今は……分からないって」


「出てきたら、良いのに。恥ずかしがりやだな」


「鏡子ちゃん。 今は恥ずかしいじゃなくて、鏡子ちゃんの事が煩わしいんだって。覚えてる?前、レンに特性の鈴とフリルの付いた首輪作ってはめようとしたでしょ。トラウマになってたんだよ。 反省して」



それは、反省すべきだ。





「明日、楽しみだね」



午後の授業は、体育だった。


グラウンドで、走り高跳びの準備をしながら、三人で話をしていた。


私は、昨日の体調不良の経過観察の一環で体育は見学するよう、氷室さんに言われてそれに従ったが、準備には参加させて貰った。




「ヒッキー、明日、連れて行ってくれるかな」


「大丈夫だよ。良い子にしてたら、連れて行ってくれるって、約束したもん」


「りりあちゃんは、凄いね」



「そうかな?」



「ヒッキー、根は良い人だけど、頭固いもんね」



それは、私もそう思う。


普段、冷たくて、無関心で、親しみの持ちようもないけど。


良い人だとは、思っている。


一昨日、首を絞められ、殺されるかと思ったけど。


あれ、何だったんだろう。



「りりあ、鏡子、セイレン、逃げろっ」



一ノ瀬君が遠くから大声を上げた。


男子は講堂でバレーのはずなのに、何で来た。



「主ら、我から離れるな」



突然、ゆきなりが地面から飛び出して来た。



「ゆきなり?」


「悪いことは言わん。名を呼ぶ事を赦せ」


「えっ、私の名前?」


「良いから赦せ。 はよ、せい。 来る。 我に、名を呼ぶ赦しを与えよ。 このままでは⋯⋯、お主は、このまま友まで巻き添えに冥土を越えて常世に参るかつもりか?」



友達、鏡子ちゃんと、セイレンちゃん。


道連れにしたくない。


後先考えないことだと分かっているが、迷わなかった。



「赦す。呼んで良いよ」


「アガタ リリアに誓願する。ワレハ、コノチニアルカギリ、カノモノニ、イノチヲカケル。ワガナハ   セキザンノウジガミ  ユキナリ」



瞬間、目の前が一面銀世界に変わった。


雪原の中、私と鏡子ちゃんとセイレンちゃんが居て、ユキナリがいて、他には同じくグラウンドにいたはずの生徒が居なくなっていた。



「ユキナリ、他のみんなは? 一ノ瀬君も居ない」


「常世に引きづりこまれておる。我も含めお主ら、囚われておる。  ナニニメヲツケラレタ。 これは、ヒトの所業……カミではない」



常世、夢の中、レンズ・サイド?



「レンズ・サイド、夢の中ってこと?」


「ほう、レンズ・サイドと呼んでおるのか。 さて、此処はどこやら……。  限界のようじゃ。   結界が解ける。 用心せよ」


雪原が突風と共にかき消えて、白石橋の左右に湖面が広がる。


ここは、大鏡公園の橋の袂だ。



「分かるか、主は?」


「分かる。知ってる、でも、何で此処なの?」



鏡子ちゃんとセイレンちゃんが黙っているので、おかしいと思ったけど、何で二人は何も言わない。


さっきから、何で何も反応を示さなくなったことに気付かなかった。



「鏡子ちゃん、セイレンちゃん」


鏡子ちゃんは、その場に倒れ、セイレンちゃんは膝を付いた。


私が二人を呼んだとたんの出来事だった。



「りりあちゃん、鏡子ちゃんは守護も実力もない。 ごめん、ワタシは鏡子ちゃんを護る。 レン、りりあちゃん、を。りりあちゃんをお願い」


セイレンちゃんの足元から黒い影が飛び出し、今朝会ったレンが制服姿で現れた。


「知識をあげて。 多分、ワタシ達じゃ敵わない。 ワタシの知っている事じゃあ、心許ない。 知っている事、全部洗いざらい、ここで教えて。 ワタシ、こんなに怖いの、気持ち悪いの始めて。 レン、お願い」



レンは、複雑な顔で、ワタシを見て、戸惑いながら告げた。



「多分だけど、キミの髪に呪いをかけた奴が、居る。 キミに無限の可能性を信じているんだ……と僕は思っている。 此処は、厄介な住民の性で、永く僕たちみたいなものが、寄り付けなかった。 でも、少しずつ、状況は変わり、挙げ句、君が生まれて更に棲み良くなった。 何処かで、何かが、ずっとキミに目を付けていたんだ」



ふらつきながら、セイレンちゃんは鏡子ちゃんを抱き寄せうずくまる。



「鏡子ちゃん、起きて。 お願い」



鏡子ちゃんは、苦悶の表情を浮かべて目を閉じてしまった。


私は二人を尻目に、レンに尋ねた。


「私、どうしたら良い?」


「此処に呼び出すってことは、とても危険なんだ。 でも、それは、相手にとってもなのに。 此処を離れる事を勧めたいけど。 ねえ、鳥さんはどう思う?」


「鳥ではないユキナリだ。黒猫よ」


「失礼、ユキナリ。 僕は、レン」




暫く、は何も起こらなかった。


でも、少しずつ、確実に何かが近付いて来るのが分かって、私は目の前の白石橋の反対側に向き直り、目を凝らした。


そこには、遠く離れた所に白の狐が集合しており、ただ1頭の身体の大きな黄金色の狐がゆっくり此方に歩んできていた。



「キツネ……」



コーン   コーン コンコン。


キツネの鳴き声を聞いたこと、ないから、それが自然な鳴き声なのか、異質なものか判断しかねるが、直感は不気味だと告げていた。


「アレか? レン」



ユキナリが尋ねた。



「恐らく。でも、姿を見たのは、僕達が最初かも知れない。あの二人が嘘を付いたんじゃあないんなら」


あの二人って、誰だろう?


りゅうとりょうか?



「二人とは?」 


ユキナリの質問にレンは言った。


「りりあに最も固執する、史上最悪のここの住人だよ。ヒトじゃないけどね」


何となく、自分の目立てが合っている事を確信した。


ゆっくりと距離を詰めてくる黄金色の狐がすぐ傍まで来ると、口を開いた。



「綺麗だ……」



狐の視線の先には、セイレンちゃんがいた。


えっ、セイレンちゃん?




「神隠しの子より、顔、好みだ……」



何か、とてつもなく、気持ち悪いのだが。


何なんだ。



狐は、今度は私を見た。



「折角、逃がしてやったのに。 随分、早く戻ったものだ。 残念だか、覚悟は出来て居るのだろうな?」



「何の覚悟?」



「惚けるな。 此方へ来い」



足が勝手に動いて一歩、私は狐に歩み寄ってしまった。


目眩がした。


立って居られない。


膝が落ちて、屈んでいた。


「やめよ」



目の前にユキナリと傍らにレンが寄り添ってきた。


狐は不敵な笑みを浮かべて言った。


「数で勝負するのは、不利だと分からぬか?」


また狐の鳴き声が上がった。



コーン コーン コンコン。



ユキナリが地面に押さえつけられるように這いつくばり、レンはその場に崩れ落ちた。



「キミとセイレンを貰おう。 その娘も、欲しくなった」


狐はしゅんっと軽やかに地を跳ねて、セイレンちゃんの所に舞い降り、鏡子ちゃんを撥ね飛ばして鏡子ちゃんの胸に潜り込んで背中に担いだ。



「セイレンに触るなっ」



レンがあからさまに動揺して身体を起こそうとしたが何かに押さえつけられるように地面に顔を埋めた。


「お前も、随分好みだ。 お前も来るか?」


「気色悪い。 セイレンを離せ」


「……若いな、割りと生まれて間もないのか? まあ、お前もセイレンと来るのも良い。一緒に連れて行っても良い」


「誰もお前とは来ない、もう⋯一度、言⋯う。セイレンを⋯⋯」



レンは、その場に力なく横たわり、目を閉じた。


「眠ったか⋯⋯」



キツネはそう言うと、私を振り返り、言った。



「さて、お前はまだ歩けるはずだ? 来い」


「セイレンちゃんを離せ。レンも連れて行かせない。 誰も渡さない」


「……歯向かうか」


狐は、首を降って不快感を露にして更に言った。



「人間風情が」



カミニナレナカッタ。



頭の中で、声が聞こえた。


ワタシの声の様で、ワタシでは無い様な。



カミニナレバヨカッタ。



何だろう。


でも私。


昔、そう……ずっと前。



ワタシハ、オロカダッタ。



そうだ。


私は、昔。



「私は負けた?」


「忘れていたのか?」



マイニチツマラナイ。


カミサマダッタラ、ズット、アソベタノニ。


マイニチツマラナイ。


ベンキョウツマラナイ。


ヨルシカ、リュウトリョウニアエナイ。


ワタシノミガワリニ、ベツナコガ、ネムリニツイタ……。



ワタシガモットツヨケレバ、ダレカノダイジナヒトヲ、マモレタノニ。



ワタシノセイデ……ワタシノセイダ。


そうだ、あの日。


この狐は、倒れていた私の髪を切った。



「卑怯者」



身体が重く、息が苦しく、何かに押さえ付けられる不快感に抗って、絞り出すように呟いた。



「随分な事言うね。そもそも、キミが油断するからだろう? キミジシンをあの時、奪っても良かったんだ。 成長を止めるのは、肉体の成熟期が望ましいって僕がみんなにいってあげたんだよ。その代わり、次は必ず手に入れるってね」



狐の話し方が、急に変わった。


何だか、別人が話したみたいに。



片手に既に意識の無い鏡子ちゃんを軽々と抱え、体格の良い成人男性に狐は姿を変えた。



幸い。



ちゃんと、服を着ていた。


全裸じゃなくて、良かった。



本心からそう思った。





金色の短い髪、後ろはうなじの、ところを長く残した刈り上げで、服は神職の袴姿だった。



でも、何だか想像した見た目と違う。


キツネともう一人いる別な者ではない様な。


「冥土を越えて、共に逝こう。それが望みだろう?」



冥土を越えて行く世界って何だ。


ユキナリも言ってたが。



「質問しても良い?」


「この期に及んで、何を聞きたい?」



「まさか、と思うけど、冥土を越えるって、まさか、だけど、死ぬって事?」



私の質問に、狐は、一瞬、ドン引きしたようだった。



「あぁ、そうだ」



私の方がドン引きだ。


りゅうが全裸だった時レベルだ。



「えっ、自殺願望無いよ。生きたい……」


「いや、キミは望んだ」


また、話し方が変わった。


二人と話しているみたいなのが、解せない。


狐が何言いたいのか、よく分からないが。



「気のせいじゃないかな」


「いや、違う」



「違わない。私は生きたい」


「身体があるから、カミニなれない。だから、死にたい、殺しても良い。 キミは4年前、確かに言った」




何か、心当たり、無いこともない。


何となく、そんな気もしないでもない。


でも、だとしても。



カミ、カミ、うるさい。



「だとしても、今はまず私、カミサマなんかなりたくない。ならなくても、良いもん。よく分からないけどさ、カミサマ、カミサマってみんな拘るけどさ、私の今の望みは願いは、一つだけだからさ」


私は、今、たった一つの夢に願いをかけている。


強く、何より、最優先に。


一つだけの願いがあるんだ。



此処に来て、まだ10日足らずだか、私には未だかつてない強い願望がこの胸にある。


過去とか、関係ない。



「セイレンちゃんを返せ。 私は明日、鏡子ちゃんと三人でむらさきいもソフトクリームを食べに行くって決めたの。 今、セイレンちゃんをあんたに渡さない。 死んだりしない。 消えろ」


私の言葉に、狐は一歩あとずさつた。


私は、身体が軽くなった。



「オマエ⋯⋯何の⋯チカラを得た。 自分の魂に何をした⋯⋯」



キツネは、また一歩後ずさる。


「うるさい、返せ」


前に進んで狐の所に行き、セイレンちゃんを掴んだ。



「セイレンちゃん、起きて」


「……り……りりあちゃん」


セイレンちゃんは今にも、意識を失いそうだった。



「お願い、逃げてっ」


どうか、逃げて。


此処から。


私は全身全霊で、そう願いを込めた。






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