第6話 氷室さんが帰らない


氷室さんは、放課後約束の時間通りに、学校に車で迎えに来てくれた。


毎日、本当に送り迎えしてくれるつもりなんだろうか?


一度、聞いてみようかと帰りの車内で思い立ったが、やめておいた。


今朝もすでに話題にあげたし、またぶり返すように聞いたら、そろそろくどいと煩わしげに言われそうだったからだ。



「今日は、しばらく仕事がある。書斎に居るから、用があったら、部屋をノックしてくれ」


車が駐車スペースで停まるから、もしやと思ったが。


氷室さんも家に上がり、玄関でそう言って、書斎に行ってしまった。


まだ、この家で唯一入った事のないその部屋。


度々、氷室さんはそこで過ごしていた。


私は、着替えを済ませて、夕食の準備をしていた。


何か気になってしまい、食事の支度が済んだ後、そっと、駐車スペースにまだ氷室さんの車があるか、見に行った。


そして、まだ、車があったので。


私は思い立って、書斎に向かった。


ドアをノックすると、中から氷室さんの声が聞こえた。



「どうした?」


「これから夕食を摂るんですが、良かったら、氷室さんもいかがですか?」



正直突然の一人暮らしで、いつも、何をするにも一人は孤独だった。


相手が相手だが、一人での選択肢よりマシだと思ったし、19時過ぎてこれから夕食も独り身には辛いのではないかと思っての事だ。



「気にするな。 ……まさか、お前。 俺の分まで用意したのか?」



氷室さんは、書斎のドアを開けた。


開けられたドアから出てくる氷室さんの後ろに大きな本棚とデスクに並んだ沢山の書類が見えた。


仕事、忙しそうだ。


私のお守りがある性かも?と思うと肩身が狭い。



「だって、いらっしゃるのに、無視するのは気が引けて」


「変な気を遣うな……、悪かった。 すぐ行く」



そう言って、氷室さんはドアを閉めてしまった。


取り敢えず、食べると言うことらしいので、自分と氷室さんの分を配膳していると、氷室さんがリビングにやって来た。


「何か手伝う事はあるか?」


「いいえ、後はご飯をよそってお茶を淹れるだけなので、座っていただいて結構です」



私は先にご飯をよそってから、お茶を淹れて席に着いた。



「今日はこの前いただいた竹の子で、煮物作ったんです」


「あの竹の子か?」


「はい。後、おまけでソウさんが他に湯布院の実家から送ってきたって、他にも野菜と地鶏をいただいたので、作ったんです」


「そうか……。随分、料理が出来るんだな。掃除も、まめに行き届いている」


「両親か仕込んでくれましたから」


勉強できない、習い事したがらない、家から出たくない私が唯一打ち込めて、親に褒めて貰えた珠玉の料理と家事力だ。


もっと、褒めてくれても良いよ。


氷室さんが感心してくれて、嬉しい。



「庭の剪定を頼むがやっとだったから、それは、助かる」




それは、聞き捨てならない。




「えっ、頼むのがやっとって、経済的に苦しいんですか?」


「阿呆。  人材的な問題だ。  あの二人は稀だったんだ」



褒められた直後の阿呆は、何度も聞いて馴れてきた筈だが、今のは一際きつい。


やっぱ、通常運転だな、この人は……。




「あの竹中さんとソウさんがですか?」


「あぁ、中にも普通は入れん。嫌な感じがして、入る気になれず、無理に入ると、まあ、大抵、気分が悪くなって最悪、救急車を呼んで欲しいと訴えながら動けなくなる」


そう言えば、私と氷室さんだけの聖域だと、柚木崎さんは言っていた。


でも、入れないのに、入れようとした事があるから、そう分かるんだろうし、現に入れないのに、竹中さんとソウさんは此処で竹の手入れをしてくれた。


何だこの矛盾は?



「おかしくないですか?」


「何が、だ」


「私と氷室さんしか入れない聖域に。 入ろうとすると、体調が悪くなるって、事が分かる事と。  竹中さんとソウさんは、大丈夫で、此処にいた事です」


「……それは、俺がこの屋敷の手入れに何度か業者を手配したが、リフォーム業者、ハウスクリーニング、家政婦、植木屋、若葉学園を卒業した特別クラスの卒業生の伝手を使っても、手当たり次第に断られた」



それは、苦労だっただろうが。


だからって、何で。



「今までで、唯一、屋敷に入ってこれて無事だったのが、件の二人だ。最初に、竹中さんが連れてきたスタッフでさえ、10分で帰った。 唯一、ソウだけが手伝えたが、しばらく来てなかったが、この前、一緒に来ていたのには、驚いた」



そうだったのか。


そりゃ、今や年商億超えの社長になって、顧問契約している依頼主が植木屋の手伝いで来たら驚くし、敬語にもなるよな。


何か納得した。


「で、お前に、ここを俺とお前だけの聖域だと暴露した人物について、話を移しても良いか」



良い訳がない。


口が滑った。









私は、柚木崎さんから、説明を受けたところだけを丁重に話した。


決して、それ以外、それ以上の事は、口が裂けても、口を滑らせてしまわないように。


柚木崎さんが、氷室さんに殴られるのは、絶対阻止だ。


何で殴るのかは、理由が分からない……。


私の未成年後見人としての一環でだろうか?



「あの1つ良いですか⋯⋯」


「なんだ?」


「さすがに、精神衛生上、外出禁止はこれからの私の情緒に良くないと思います。 今はよくても、いつか発狂しますよ。 不健全です」


「それは、つまり……夜遊びがしたいと言うことか」


「違います。最低限の自由時間を設けて欲しいんです。私だって、……その、放課後、友達と寄り道したり、学校からせめて家までの近所を散策したりしたいんです。後、買い食いもしたいです。   改善を求めます」


「まぁ、最もだ。待ってろ」



氷室さんはそう言って書斎に戻って行った。


何が分かったか分からないまま、私は取り敢えず夕食の食器を片付けていると、氷室さんが戻って来た。



私が心の底から理解に苦しむ格好をしていた。



上下長袖のランニングウエアだ。


似合う、似合わないの話しじゃない。


大柄だけど、太ってなくて、逞しい体格なのは、日頃の運動しているからなんですなね。


そんなウェア此処に常備する位って。



それは置いといて、だ。


ちょ、ちょっと、待って。


いや。


いやさ。


何で。


今の話の流れでこうなるんだ?




何故、氷室さんがやる気を出した!!



どういう了見だ。



「片付けは済んだのか」



いや、もう終わるけど。


えっ、どうしよう。




「後、テーブルを拭いたら、終わりです」



喉元まで突っ込みがせりあげてきたが、迂闊に指摘して、更なる誤解を生むことを避けた。



「じゃあ、行くぞ」




何処にだよっ!!






違う。


違う。


違う。



そうじゃ……。 


そうじゃ……。


そうじゃ……ない。




って、歌があった気がする。




「あの……氷室さん、こ、これは」


「週に三回で良いか?」



( ゚д゚)ポカーン



だから、そもそも違うし。


それに、そんなに頻繁にも、求めてない。


しまった、肝心な所をきちんと伝えられなかった。


私は放課後、友達と遊びたいって、それを伝えたかったのに。


まかり間違って、四十を過ぎたおっさんに放課後、外で散歩したい。


何て、願い出ては居ない。


でも、自分が言った我が儘を、可能な限りしてくれようと言う氷室さんにこの上、そうではないと宣告する勇気は、なかった。



「アリガトウゴザイマス」



氷室さんの後ろをカルガモの親子みたいに追いかけながら歩くこと、3分。



「俺と歩くのが嫌か?」


「……いいえ、早いから置いてかれかけているだけです。足が長いのは、分かりましたから、半分、速度を落としてください。おちおち、周りの景色も見れません」


氷室さんが速度を落として、私はやっと氷室さんに並んだ。


氷室さんは涼しい顔をしているが、私は、地獄レベルにきつかった。


額に汗が滲んでいたので、ハンカチで拭った。


不意に、私は道路の反対側の店舗に興味を引かれて、目を凝らし、そして感動した。



「あっ、かりんとう屋さんがある」



黄金に光輝いて見える芋のかりんとうが大きく載った看板は、有名菓子製造会社のセレクトショップだった。


こんなところにあるなんて。


閉店していて、中は真っ暗だが、店内の様子から、主力商品の芋のかりんとうだけではなく、芋を使ったソフトクリームやプリンにスイートポテトもあるらしい。


それも、それも、ソフトクリームは、きれいな紫色した、紫芋ソフトクリームだった。


「鏡子ちゃん達と行きたいな」


「食いしん坊だな」


私が氷室さんに、そうやっかまれながらも、名残惜しそうに見つめていると、氷室さんは顔をしかめて言った。



「金曜なら、早めに迎えに行ける。 鏡子ちゃん達とは、後、誰だ」


「えっ」


「お前の言う、鏡子ちゃん達とは、神木 鏡子と後、誰だ。 柚木崎か?」


「いいえ、松永 清廉ちゃん。……良いんですか?」


「俺が付き添って、それでも楽しめるなら、可能だ」



嬉しい反面、それは、大変、心苦しい。


どんな事情で、40歳のおじさんが女子高生の放課後の買い食いに付き添わねばならないか、さながら地獄絵図に近いと思いながらも、私は心が踊った。





明くる日のランチタイム、私は鏡子ちゃんとセイレンちゃんと3人で机を引っ付けてお弁当を食べながら、早速、昨夜の話を二人に切り出した。


「何それ、マジウケる。りりあちゃん、それ、最高じゃん。 ねぇ、セイレンちゃん」



鏡子ちゃん、爆笑し過ぎだよ。


笑って喜んでくれてるなら、ホッとする。


嫌な顔されたら、どうしょうと思ってた。




「鏡子ちゃん、面白がって、私は氷室さんが不憫だよ。あんな立派な人に私達のお守りさせるなんて」


セイレンちゃんは、優しくて穏やかで、空気がよめる。


一見、私達一年の特待生3人の中で一番真面目で普通に思えた。


力があるのは、この前、一緒に居て分かったが。



一緒に放課後を過ごせる事は嬉しかったが、それに賛同してくれるかは、不安な一夜を過ごして今に至るが、結局話しながら私達3人は、顔がニヤニヤしていた。



「金曜日、楽しみ。あっ、私ね、いつ、話そうか、迷ってたんだけど、良いかな?」


清廉ちゃんはそう言って、肩を竦めた。


何か緊張しているみたいだけど、何だろう。


「どうしたの、セイレンちゃん?」


鏡子ちゃんが尋ねると、セイレンちゃんは一度深呼吸をして、話し始めた。




「実は、レンが人になったの、ここでだよ。凄くない?」




ん、ちょっと、なに言っているか分からない。

そう思って、困惑している私の隣で、鏡子ちゃんは驚いている。




「ここで? えっ、ちょっと会いたい。 レンちゃん、レンちゃん」



現実で名を呼んで、効果があるとは知らなかった。


呼び寄せると言う行為は、夢の中でこそ有効な手段だと思っていたからだ。


「あのね、鏡子ちゃん。 レンを見せられるなら、もう見せてるのに、ここで改まって話をするって事は、せめて、まさかいきなり呼び出すとかはやめて欲しかったかな。  私、ちょっと悲しいよ。まぁ、やるとは思ったし、鏡子ちゃん程度に呼ばれても、出てくるレンじゃないから良いけどさ」


何か、セイレンちゃん、鏡子ちゃんに辛辣だ。


まぁ、セイレンちゃんが怒るのも分かる。


分からないのは、レンと言う人になれたと言う意味不明の流れだ。


まるで、人じゃなかったモノみたいじゃあないか。



「もしかして、私がその名を呼ぶのは、まずいことだったりする?」


「りりあちゃん、察しが良い。 ありがたいよ。 最初にそう言いたかったのに、鏡子ちゃんに気を取られて、言いそびれてた」



じゃあ、いっそ、呼んでしまえば現れたのか。


ちょっと、惜しいことをしたと思った。



「そのうち、皆も先生も居ない、3人の時、呼んで良い?」


「良いよ。ってか、昼休みに孤室に行こう、三人で内緒話」


「良いね」



3人で話していると思っていた。


周囲に、クラスメイトが居るにしても、まさか。



「君達、早速、しでかすね」



菅原先生に声をかけられるとは。


教室の後ろから忍び寄ってきたとしか、思えない。



「「「キャぁっ」」」



驚く私達に、菅原先生は苦笑いした。



「松永さん、いつからなの? レンに異変が起き始めたのは」


「先週の月曜の朝、突然、私も力が強くなった気がして戸惑っていたら、レンの鳴き声が聞こえて、もう4年、山に帰らないと声も聞こえなくなったレンが現れて、人に変わったんです」


それはあ、世間一般に言う、所謂、バケモノの類では無いかと思ったが、セイレンちゃんがレンと言う者を呼ぶ時、話をする時、とても愛おしそうに話すから、空気を読んで言わなかった。






「取り敢えず、今から孤室に行くのは駄目だよ。此れから、一般生徒は勿論。特別クラスも特待生を除いて、一斉下校だからね」



私も、下校したいと思った。




「一般生徒及び特別クラスの全校生徒は、速やかに下校です。 ホームルームはありません」



放送の後、鏡子ちゃんが口火を切った。



「何かあったんですか?」


「うん、お客さんが来てる。懸さん、僕から離れないで、少し時間を稼がないと、まだ早い。 下校が済むまでは、僕が隠すから」


「菅原先生は私を隠す事が出来るんですか?」   


「少しだけなら、お安い御用だよ」


何の来訪で、特待生以外の生徒を一斉下校させるのか、私は不思議に思った。



ザワサワ



ん、何か嫌な感じがする。


つい最近まで、身近に感じていた。


嫌な感じ。


何が近寄って来ているのか?



校内アナウンスが流れて、15分経ち、教室に居る生徒は私と鏡子ちゃんとセイレンちゃんだけで。


中庭にはもう校舎から出てくる生徒も居なくなった。


だんだん、背中が寒くなり、静寂な室内の四隅から、恐怖が滲み出てくるような不安に駆られた。



四方の周囲から、少しずつ、でも、確実に近付いて来る。


それは……。


「懸さん、そろそろ結界を切るよ」


「えっ、菅原先生、嫌ですっ」


「大丈夫、僕か居るから」


何も基準に、そもそも、菅原先生が何者か、まだいまいち分かってないのに。


結界を切ると言われた直後、身体中に鳥肌が立ち、背筋がゾクリとした。



「懸 凛々遊【アガタ リリア】」



教室の外で、声が聞こえ、私は思わず、ベランダに出た。


自分からじゃない、呼びかけに強制されたように飛び出した。


意識して、応えた訳じゃない。




ベランダから声のした中庭を見下ろすと、そこには、ここに通う前に中学で一緒だった、元同級生の男子生徒の姿があった。




「えっ、何で?」



「見つけた」



顔は分かるが名前も覚えていない、この地に来る前夜、お別れで集まった仲の良い面子でもなく、ただクラスが同じだけだったはずだ。


でも、確か、私と同じく、隣町のだが、うちよりもっと立派で知名度のある神社が実家って聞いたような。



「えっ、私?」


「他のものでは、腹の足しにもならん。 お前だ、お前がホジイ……」



男子生徒の背後から、見馴れた黒い塊が建物の2階の高さまで上がって、一つに集まる様に向かってきた。



うわぁ、くんな。


そう思って、後ずさりすると、菅原先生が私の前に立った。



そして、目の前に黒い塊が迫る寸前で雷に撃たれて散った。




「……オマエ、なんだ。ワレハカミダ。 邪魔だ、ドケッ。    オイ ニゲタ  イケニエ。 イチド、ササゲタナラ、シヌマデニゲルナ 」

 


生気のない表情で男子生徒は、菅原先生を無視して、じっとりと私を見つめている。




いや、ちょっと、待ってくれ。



「えっ、生け贄って、言った」


「ソウダ。オマエハ、100ネンニイチドノ、イケニエ……ナゼ……シナナカッタ」



ん?


生け贄だと?


知らんし。


いや、そもそもだ。




「人違いじゃない? 初耳なんだけど」


「トボケルナ……。オマエの家の桜の樹の下に目印がアッタ。 墨で書いた石板を埋めた家のムスメがそうだ」



ん、確かに。


前の家に、桜の樹はある。



「分かった。  そこまで言うなら⋯⋯」


「では、ワレト カエレ⋯⋯シヌマデ、クラッテ……ヤル」


「いや、違う。 あのさ、人の話はさいごまで聞いてよ。もう」



ワタシはスマホを取り出して、父親に電話をかけた。


氷室さんに許可を取れと言われていたが、緊急事態だから良いと思った。


「えっ、この非常事態に、一体何処に電話をかけてるのかな? 懸さん」


「菅原先生、ごめんなさい。父に確認したいことがあるんです。  私、何も聞いてないないので」


電話をかけると3コールで出た。


一週間振りの父の声に胸が震えた。


「リリア……何で。   お前、まさか、ホームシックか? まさか、我慢できんで、帰って来たのか。 駅まで来てるのか?」



果たして、何処の駅だと思っているか知らないが。


帰ってきて良いなら、交番で土下座して交通費借りたって良いけど。


違う。



「お父さん、違うよ。   聞いてよ。  今、何かそっちから、変なモノが、来てるの。 お父さんの居るところの問題みたいで、私がイケニエだから、シヌマデモドッテコイッテ言うんだけど。    私ってイケニエだったっけ?」



気がつくと、背後で菅原先生が笑いをかみ殺すのに必死になっていた。



 



「分かった。 イケニエの話は初耳だが、取り敢えず、その目印とやら、今、見つけた」


「あるの?」


「あぁ、今、丁度、お焚き上げしてたからな、篝火にくべた。 お帰り願え」


隣で聞き耳を立てていた、菅原先生は笑いを堪えきれず、お腹が痛くなるくらい、笑い転げた。


こんなんで、助けてくれるかな?


全く、うちの父さんは、そんな事して、祟られまいか?


恐る恐る前を見て、あぁ、分かります、怒りますよね? それは……と、心の中でつぶやいた。


「キサマ……今、ナニヲシタ? まさか」


いや、聞こえていたかは別にしても、分かって聞いてるんじゃないか? と私は思った。


でも、どうしても、私の口から聞きたいなら、説明しようじゃないか。




「えっと、身に覚えのない、目印が家にあったので、お焚き上げと一緒にくべちゃいました。  お父さんったら、お茶目なところがあるんですよね。   てへっ」


もうやけくそだった。


すると、目の前で突然、男子生徒が激怒した。



「今更、約束を反故にするだけでも、足らず、燃やしたか。  愚弄するにも、程がある。  皆殺しにしてやる」



まぁ、この黒い塊にしてみれば、契約破棄されて怒り心頭なのは、モットモダ。



「いやさ、気持ちは分かるよ」


「ナンダト……オマエハ、イケニエのブンザイデ、ナニサマダ」



黒い塊が倍増して辺りに手当たり次第衝突し、周知のガラスが何枚か割れた。


幸い、どんな速やかな一声下校か知らないが。、もう、生徒の姿はなく、鏡子ちゃんとセイレンちゃんだけしか見えない。


「そもそも、勝手にイケニエの札を置かれただけで、私がなる謂れはない。 何の縁(えん)も縁も(ゆかり)ないものが、無差別に捧げられるなら、それは、生け贄何かじゃない。    猟奇的な殺戮だ。  神様がする事じゃない。   邪(よこしま)だよ」



「理(ことわり)に従え」




男子生徒の言葉に、何故か胸が締め付けられる様な痛みと、背中や胸を押さえつけられる様な重圧を感じた。



そして、不気味な塊が、カラダに触れる嫌な感触が肩、腕、胸や腹、足の太股に踝まで至る所に走った。



前の場所で夜な夜な襲われた感覚が、今ははっきり分かる。


身体中にまとわりついてしがみついている。


でも、それは、木にしがみついて養分を吸い取るような行為だった。


黒い塊がしがみつく場所から、私の力が流れ落ちていっている。



前に比べれば、微々たる倦怠感だった。



「ウマイ……。マエヨリ、ウマイ、ノウコウダ……」


「ビミ、ビミ、ビミ、コンナアマイ、タマシイ、ニドト……ニガサナイ」


「シヌマデ……クイタイ」


「ニクガ、ホシイノ……、イノチガホシイ」


「カエサナイ……」



好き放題言うな。



「気持ち悪い、この変態っ。   いい加減にしろ。  よく聞いて、よく考えてみて。  自分がしている事を、今一度、胸に手を当てて顧みてご覧よ。

恥ずかしくない?   だってさ。  神様は   痴漢なんかしないんだよっ」


「ダマレ、この虫けらがっ」



黒い塊が姿を表し、私に向かってきた。


もう、カラダに、触るな。 


私に。



もう逃げないし。  


2度と好きにさせるつもりはない。



「サワルナ、オマエコソ……ダマレ」



私の言葉に黒い塊は勢いを失い、宙に浮いたまま、静止した。







「ごめん、君しか居ないと思ったんだ。 君が来てから、妹が悪い夢を見なくなって、 君なら身代わりになるって、4年前、君の家に石板を置いたんだ。 本当にごめん」



生け贄の石板は、やって来た元同級生の男子生徒が先祖から、持ち回りで回ってきたそれを所持していたもので、意図的に彼が私の家の桜の樹の下に埋めたのだと、言う。



取り敢えず、校舎も壊して(外壁の一部と窓ガラスを割った)、生徒も下校させる羽目になって、私は、後で、学園長や氷室さんからどんなお叱りを受けるか戦々恐々だった。


氷室さんが怒って、金曜のお出かけなくなったら、鏡子ちゃん達に申し訳ない。


「菅原先生、私、どうしたら良いでしょうか?」


「どうしたらって。君が何かする必要はないよ。 もう少し、狼狽えて、取り乱したりすると思ってたけど。 何も迷う事なく対処出来たんだ。感心したよ。 手助けいらなかった、とも思った。やっぱり、君は、魂を抜き取っても、本質が変わってない」



私の本質。


ってか、魂……抜き取ったって、穏やかじゃない。


それに、雷の撃ち方を教えるなって、氷室さんが言ってたけど。


まさかな?


何て思ったのに、菅原先生、本当に雷撃ったよ。


本当の話しだったなんて。




菅原先生は、件の男子生徒に言った。 


「取り敢えず、家に帰って良いよ。交通費、持ってる?」


「はい。でも、アレが……」


私が動きを封じた、不埒な神様とやらは、りょうが現れ、連れていってしまった。


何処へかは、知らない。


りょうの姿をしていたが、柚木崎さんなのかも知れないが、見た目じゃ分からない。



「あぁ、アレは、此方で今回は預かるよ。 でも、他言無用。今後、もし、同じ様な事を持ち込んだら、門前払い。今回、限り多めに見た。そう思って。そもそもだ。その土地の問題は、その場かぎりで他人を巻き込まずに向き合わないと」



菅原先生、ちょっと厳しい。


私は菅原先生と一緒に校門まで行き、男子生徒を見送った。



「本当に、ごめん」


「良いよ。妹さんの為だったなら」


「でも、俺、無関係の、名前しか知らない君を身代わりにして」


「良いって。もう、大丈夫だから」



りゅうにされた事にくらべたら、屁の河童だ。


強姦されたのに、比べれば、あの4年の日々など、痴漢レベルだ。


ここに来て、あの4年の日々がどんな事だったか、確実に分かったし。


あの黒い塊は、私のカラダに触れていただけだった、と。



犯すまでやったのは、りゅうだけだ、と。


菅原先生が、ふと首をかしげて、男子生徒に尋ねた。


「ところで、ちょっと、質問しても良い?」


「はい」


「君、懸さんの名前、呼べるの?」


「ええ、りりあですよね」


えっ、何で。


菅原先生は複雑そうな顔だった。



「良かったら、今日は僕の家に泊まって行かない。出来れば、少し話がしたいんだけど。兎に角、親御さんに君の無事を連絡しに行こうか」


「……はい」



まぁ、それは、好きにしたら良いんだけど。


これから、私どうなるんだ?










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