第5話 初登校と初対面
とうとうやって来ました。
月曜日。
強制的に親元を離され、高額な土地と現金と税金を、氷室さんと言う顧問税理士兼未成年後見人付きで押し付けられてしまい。
大きな屋敷で自由外出禁止の軟禁暮らしにも似た一人暮らし。
それにも、やっと慣れて来たが。
今日からそれに、有無を言わさず編入させられた学園生活が始まる。
若葉学園と言う地元に古くからある大鏡公園の側にある、私立の高等学校初登校の日。
新調した制服に袖を通し、荷物も手に氷室さんの車で学校に向かった。
「氷室さん……質問良いですか?」
「何だ」
「学校に……車で登下校って良いんですか?」
「特待生は大抵の特別措置は許される。……まあ、前代未聞にはなるが」
氷室さんは無責任にも、そう言った後で、自嘲の様な笑みを浮かべた。
氷室さんは送り迎えするだけだが、私は、その学園で一日を過ごすんだよ。
笑い者になる様な行動を、人目を引くような奇抜な事は勘弁だ。
「つまり、校則はクリアですが 一般の生徒は勿論、歴代の特待生にも車で登下校は居なかった。 と言うことですか」
「あぁ、そうだ」
なんでだよ。
恥ずかしいじゃないか。
学校に裏門から入り、来客用の駐車場に車を停めて、私と氷室さんは来客用の玄関から校舎に入り、迷うことなく校長室に向かった。
そう言えば、氷室さん、ここの卒業生って言ってたっけ。
でも、何で学園長室?
「氷室君、立派になったね」
「すっかりオッサンになっただけです。お久しぶりです」
「初めまして、縣 凛々遊【あがた りりあ】さん。私は学園長の楓 護【かえで まもる】だ。我が若葉学園へようこそ」
「ありがとうございます。 宜しくお願いいたします」
「事件は、起こしたくなくても、起きるものだが、願わくは、君が此処に来る時が悪いことではない事を祈るよ。イノチを大事に。何はともあれ、三年間の学園生活を謳歌してくれ」
何て、物騒な事を。
「くれぐれも 校舎の外壁を粉砕 してみたり、 中庭に温泉掘り起こしたり、後、何だったかな、ナニしてくれたかな、氷室くん」
「俺じゃない。要と遥の所業でしたよ。 記憶錯誤では?」
「でも、要君と遥君を仲良く沈める墓を、グラウンドに深さ10メートル位掘ったじゃないか? 」
「はて?」
「そうかい、そうかい。 埋めるのは【駄目だ】と言ったら、卒業までで良いから【駄目か?】と喰い下がっただろう? これも、記憶錯誤だったかい? 」
「未遂で終わった後悔の念なら、ありますね。残念でした」
「未遂って⋯⋯。あの時、暫くグラウンド使えなくて水泳やっただろう? 11月に。 卒業の時、生徒全員での一言ずつの卒辞で、生徒から、名指しでの【キミへのその時の恨みの言葉】を聞いた時、教職員全員が笑いを堪えるのに地獄だったよ。 私も含めてね。 さあ、彼女が君を越えるような事が無いことを祈るばかりだ」
超えてたまるか。
超絶大人しく卒業してやると、心に誓った。
全く、学園長も氷室さんも終始真顔だから、尚更怖い。
そして、氷室さんが恐ろしい。
要と遥って、鏡子ちゃんのお母さんとお父さんの事だよね。
どんだけ強いんだ、そして、どれだけ非情なんだ。
何の経緯あっての事か知らないが。
って言うかそもそも色々、何言ってるか分からないが、とてつもなく、恐ろしい。
※
氷室さんと学園長室を後にして、向かった先は職員室だった。
学園長に、「卒業生の勝手知ったる君なら、必要ないだろう? 彼女を職員室まで頼むね。彼女の担任は菅原先生だから」と言われて居たが、菅原と言う名字には、聞き覚えがあった。
「初めまして、特別クラスの担任の菅原 千都世【すがわら ちとせ】です。お久しぶりです、氷室さん」
「お前が担任なのが、せめてもの幸いだ。宜しく頼む」
「はは、何がせめてもの幸いかは、ちょっとよく分かりませんけど。まさか、雷の撃ち方でも、教えさせるつもりですか」
「それは断じて違う。絶対教えるな」
「冗談ですよ」
何か変な事言っているが、確か、歴代の特待生の1人だ。
見た目は、20代に見える華奢で大人しそうな幼顔のイケメンだ。
ファッション誌の表紙を飾ってそうな。
色白で、お化粧したみたいに美しい顔をしていた。
切れ長の目が険しいのに、作る表情が優しいのが、アンバランスで浮世離れして見える。
人じゃない……見たいなんて、他人にもおろか本人にも言えない。
氷室さんは、私を担任に引き渡して、やっと帰って行った。
此処に戻ってきてから、一昨日まで私に付きっきりだったが、本業は大丈夫なのだろうか?
まぁ、私が心配してどうこうなる訳ではないが。
それより、我が身の心配が先決。
自分の担任が、あまり奇抜だったり、気難しかったり、しない事を切に祈った。
「うちの……特に特別クラスはその名の通り特別で、校舎はあの別校舎が全部全学年の特別クラスのエリア。 一般の生徒は入れない。 そして、特別クラスの生徒も、一般クラスのエリアには入らないように決まっているから気を付けて。でも、食堂と購買部と図書室とかはOK だから」
「理由、聞いても良いですか?」
「あぁ、突然、爆発したり、全身血塗れで倒れたり、色々と。特別クラスの生徒は理(ことわり)が分かるけど、一般の人は大変だから」
さて、どこから突っ込んだら良いのだろうか?
※
菅原先生に教室に案内され、教室に入ると、もう私以外の生徒は席に着いていた。
先生はベタに私の名前を黒板に書いて、転校生の紹介テンプレートを行い。
私に席に着くよう言った。
そして、午前中の授業はオリエンテーション。
講堂に9時に集まるよう言って、教室を後にした。
まだ、9時まで20分ある。
それまでは自由時間らしく、皆、話をしたり、本を読んだりしている。
不意に隣の席の女子生徒に、話しかけられた。
「懸さんの髪、本当に凄い。肩から下は雪みたいに真っ白」
「えっ、見えるの」
私の髪、肩から先の髪の色が4年前から、白髪になっている。
正確には、私だけの目にだけ見えていた。
真っ黒だよと、周りはおろか両親も黒にしか見えないと言われてきたが、私には白くなって見えていた。
「勿論、私たち皆、レンズ・サイド・ウォーカーで、皆、ドラゴンゲートを持ってますから」
レンズ・サイド・ウォーカー?
ドラゴン・ゲート。
そう言えば、何なんだろうそれ。
「ねえ、私、よく分からなくて、良かったら、教えて」
私の言葉に、生徒は驚いた顔をした。
「まだ知らないの?」
「うん」
「菅原先生が、午前中の予定をオリエンテーションに変えたから、多分してくれますよ。実は、私もまだよく知らないんです。夢の中がレンズ・サイドで、其処で自由を得る者がレンズ・サイド・ウォーカー。その力を一定額以上持ったものしか登録出来ないアプリが、ドラゴンゲート。そして、この学園の特別クラスに入る条件が今の2つを満たすって事だけしか……」
謎が多すぎるという意味合いなのだろうが、私にはそれら二つの事柄についてを知る貴重な話だった。
※
「では、これより、全学年の特別クラスのオリエンテーションを行います。一年 神木 鏡子、松永 清廉、懸 凛々遊。二年 柚木崎 亮一。前へ」
えっ、私と柚木崎さん?
呼ばれて、自分のクラスの列を離れて指示に従い前に出ると、柚木崎さんと合流した。 一緒に鏡子ちゃんと知らないもう一人の女子生徒がいて、鏡子ちゃんが言っていたセイレンちゃんだと理解した。
この子は、どんな子なんだろう。
柚木崎さんとは、一週間前、船を降りて朝食レストランで食事を摂って別れたきり、一週間振りだった。
「では、説明を始めます。まず、神木さんと松永さんと懸さんと柚木崎君の名前を呼べる人呼んでみて」
菅原先生乃言葉に応えるように、向き合った生徒の皆が口を動かしたが、呼べた声はなかった。
誰も呼ばない。
それを満足そうに見守ると、菅原先生は鏡子ちゃんに言った。
「神木さん、自分以外の全員の名前を、呼び名で言ってみて」
「はい。 セイレン、りりあ、りょう」
あれ、柚木崎さんの名前は亮一なのに。
「良くできました。じゃあ、皆、先生の名前は、知っての通り、菅原 千都世。 呼び名は【センサイ】呼んでみて」
センサイ?!
促され、生徒たちはまた口を動かしたが、声が出ない。
「じゃあ、松永さん、僕の名前を呼んでみて」
「えっ、えっと、チトセ、ですか、センサイですか」
「センサイと呼んで欲しかったんだ。うん、ちゃんと、呼べるね。神木さんも僕を呼べるね?」
「センサイ……呼べました」
「柚木崎君は?」
「センサイ」
「懸さんも」
「センサイ」
私も呼べた。
「皆、覚えておいて欲しい。 呼び名を呼ぶには、対象と同等。又は、それ以上の力が必要になる。 万が一、この先、自分では抗い切れない驚異に遭遇した時はドラゴンゲートで助けを求めるなら僕たちへ」
変なレパートリーに入れられてしまった。
「じゃあ、それぞれのランク毎にグループ分けしたメンバーに別れて、各自、ミーティングに入って」
菅原先生の指示に皆列を崩して、幾つかのグループに別れた。
私はどうしたら良いんだろう?
「特待生は、孤室に移動するよ、ついてきて」
菅原先生に連れられて、ピックアップされたメンバーで移動した。
「りりあ、元気だった?」
「柚木崎さん……会いたかった」
心の底からそう思っている。
「そんなに僕に会いたかったの?」
「だって、ずっとヒッキーしか居なくて、心細かったんですよ」
私の言葉に、柚木崎さんは苦笑いして、私の頭を撫でながら言った。
「会いに行ければ、良かったのに」
「駄目なんですか?」
「うん、りゅうが閉じ込めたがるから、外に出すのも一苦労だよ。この一週間、外には出れた?」
「買い物に一回、食事に一回。 鏡子ちゃんのうちに1度泊まれることになったんですけど、氷室さんを怒らせてしまって、夜中までで無しになりました」
「えっ、どう言うこと」
※
コシツに移動と言われれば、普通は、個室を思い浮かべるものだ。
部屋と言うのは、最悪、照明や窓は無くても、せめて出入りに必要なドアは欲しいもので。
広さ6畳程の部屋を壁で囲った訳の分からない空間。
故にこの孤立した室内を、略して孤室って、意味わからない。
「ここは、内緒話したり、無いとは思うけど、力の無い人間からだったら、逃げ込める避難所になるから」
皆と一緒に壁に突っ込みすり抜けて入った。
鏡子ちゃんだけは、ぬきめがねをかけていた。
「鏡子ちゃん、私、ぬきめがねかけてなくてもすり抜けられた」
「りりあちゃんは要らないよ。私、力自体はみんなに劣るんだ。 辛うじて名前を呼べるギリギリが、私の限界なんだよ。ねえ、セイレンちゃん、りりあちゃんだよ、お話ししようよ」
鏡子ちゃんがそう言うとセイレンちゃんは、ちょっと緊張した様に肩を竦めて私を見た。
「初めまして。松永 清廉です。 何か先に、父が貴方と会ったと言ってました。 鏡子ちゃんの道連れに裸足で交番に駆け込んで来たって。あの⋯⋯ナニから逃げ出したんですか?」
え、りゅうからだけと。
でも、氷室さんはりゅうは自分だと言ったから。
だから、【氷室さんから】が正しいのだろうか。
でも、りゅうだったから、逃げようと思ったし。
「えっ、神木さん、まさかと思うけど、りりあを連れ出したって事」
「まぁ、話は長くなるんですが⋯⋯」
鏡子ちゃんがそう言って言葉を濁していると、菅原先生に鏡子ちゃんは説明を続けるよう促され、金曜の夜の神木家脱走騒ぎのの顛末を話した。
菅原先生は、苦笑いだった。
「さすが、要さんの娘だ」
「先生、感心してる場合じゃない。レンズサイドで知らない者と遭遇する事は、普通あり得ない事って、分かってますよね」
「柚木崎君。 話しでは、鏡子ちゃんは知らないとは言ったけど、懸さんが、知ってたんなら、それは、正体が分かったのも同じ事だ。 状況的にも、誰かって、それは」
「菅原先生、喋り過ぎです。 もう、良いです。 菅原先生、りりあと少し二人で話す時間を下さい。 お願いします」
※
菅原先生は柚木崎さんのお願いを快く引き受け、私と柚木崎さんを孤室に残して鏡子ちゃんとセイレンちゃんを連れて出て行った。
二人きりになると柚木崎さんは私の前に詰め寄るように距離を詰めてきた。
「りりあ、ヒッキーを心配させちゃ駄目だよ」
「ごめんなさい」
「僕の事が欲しいなら、家の敷地の外でなら、心から僕の名前を呼んでくれれば、行くから。ヒッキーじゃなくて、僕の名前を呼んでたら、りょうの姿でだけど、僕が行ってた。ヒッキーじゃ困るなら、僕にすれば良かったんだよ。僕だって君に会いたかったんだ」
「それは、残念です。 ……でも、なんで、柚木崎さんがりょうの姿で現れるんですか?」
「レンズ・サイドでは、僕はりょうに、現実世界では柚木崎 亮一になるからだよ」
ちょっと、なに言っているか分からない……。
そう、思いたいが。
「柚木崎さんがりょうなのですか」
「そうだよ。君の事を愛している。 君の事が好きで好きで堪らない。 うわぁ、だ、駄目だ。 何か、ちょっと、待って、暴走してる。 ごめん、今の忘れて、君が名前を何度も口にするから、……限界だ」
スゥーッと柚木崎さんの身体が光輝いて、髪の色が銀色へ、肌色の肌が白く変わった。
容姿も、りょうそのもので、瞳は青い宝石の様だった。
「ずっと一人占めはズルいよね。 僕だって、りりあと居たい」
そう言って、今まで柚木崎さんだったりょうは、私を抱き締めた。
「自分の枕に君を押し込めて、一人占めするなんてさ」
「枕……ですか? 」
何か、よく分からない事を話しているが、私が連れてこられた家。
私がここに帰ってくるに当たって相続したあの場所にまつわる秘密を口にしている。
りょうは、それを私に話してくれているが。
果たして、私はそれを知ってしまっても良いのか?と、不安に思う反面、是が非でも聞いておきたいとも思った。
「そうだよ、君が今暮らしている場所は、あいつが枕にしている場所だよ。 一番、安全ダカラってさ。 君とヒッキーしか、自由を許されない聖域だから、諦めるしかなかったし、君を手放させた4年分の貸しだと思えば、反対できなかったんだ。 でも、ズルいよね」
「は、はあ……?」
このまま、話を利き続けたいが、何かりょうの様子がよくない。
抱き締めるだけじゃなく、私の首筋に頬を寄せて、肩にキスし歯を立てた。
「はっ、ぁ……」
痛くない。
くすぐったいのと、脳が痺れるような気持ち良さ。
物凄く気持ちよい耳掻きの時の心地よさに似ていた。
「やっ、ぁっ、はっ……」
身体から力が抜けて、その場に座り込んだ。
私が後ろに倒れないように、身体を支えながらゆっくり私が座り込むのを待って、更に私に密着して、今度は鎖骨に唇を下ろして、そこを甘噛しながら吸われると私は顎を上げて悶えた。
「あっ、ぁあ、や、ゃ……ぁ」
お腹の下がチクチクする、足が震える。
身体が熱くなって、身体から抜け出ていく。
りょうに触れられている、口付けられている場所から特に。
「……りりあ、甘い」
何か、りょうの声、やらしい。
身体が痺れて、力が入らない。
「りりあ……りりあ」
でも、りょうに触れられたところから抜けていく身体の熱に、冷たさや苦しさや不快感はなく、寧ろ、気持ち良く感じて、身体から更に力が抜けていく。
もう、何されても、構わない。
と、一瞬、思った。
「ねえ、僕もキミにゼンブ、あげたい。 目を閉じて。 恐くない。 ヤサシクスルカラ……」
でも、ここ、学校。
夢の中であっても、今や夢は、現実と交差して、見境付かない混乱状態。
まさにカオスなのに。
おいそれと夢の中だがレンズサイドだかしらないが、相手に主導権を渡してやりたい放題されては、後で精神衛生上よくない。
「やだ。やめて、柚木崎さん」
無意識に名前を呼ぶと、りょうが肩をビクッと震わせ、静止した。
指で私のシャツのボタンを二つ外して、三つ目に手を掛けている。
「良くできたね。……説明前に、りょうが出て来て焦ったけど、本当良かった。りょうが怖くなったら、僕を。 りゅうが怖くなっならヒッキーを呼んだら良い」
ええっ、そんな馬鹿な。
ええっ、そんな仕組みあるの?
りゅうが氷室さんで。りょうが柚木崎さん。
お互いがそうであって、そうじゃない。
現実が氷室さんと柚木崎さんで、夢の中では、りゅうとりょう。
さっき、りょうの名前を呼んで、彼を呼び寄せてしまったのなら。
変な事してきたのがりょうなのであれば。
りょうの事が怖くなって、柚木崎さんの名前を呼んで事なきを得たなら、そもそも、最初の夜、私は氷室さんの名を呼べば良かったのではないか?
そう思って、私は、更に絶望した。
私が氷室さんと出逢ったのが、その夜が明けてからだったからた。
何がとうしてでも、どうにもならない。
そもそも、過去は変えられないのに、今更、一縷の解決策を今見出だしたとて、それには無意味だ。
でも。
呼びたかった。
それで、あの地獄を味合わずに済むのなら。
呼びたかった。
「ひむ……」
呟く最中、唇を柚木崎さんに手で塞がれた。
「ごめん、今、呼んだら、僕、ヒッキーに殴られるだけじゃ済まないから。孤室を出よう。 レンズ・サイドから出たい」
※
孤室を出ると、外の世界が眩しかった。
身体が少し重く感じた。
部屋を出ると、りょうの姿が柚木崎さんに戻っていた。
「りりあ、早速でごめん」
「何ですか?」
「自分が外しておいて、悪いけど。 自分でボタンをつけて」
言われて自分の胸元を見下ろしてぎょっとした。
夢の中で外されたボタンが外れていて、唇で吸い付かれたたところが鬱血していた。
「ボタンはつければ元通りだけど、傷を付けるのは、いただけないよ」
私と柚木崎さんはびっくりした。
【ずっと此処に居ました】って顔の菅原先生が少し離れた所から声をかけたからだ。
「菅原先生」
「柚木崎君、これは、何のつもりかな? 先生の信頼を裏切る行為だったら、悲しいよ」
瞬間、先生の周りで、バチバチっと閃光が走り、一瞬廊下の照明が点滅した。
ドアノブに触れたりする時に感じるレベルの静電気の衝撃が全身全体に走った。
「怒ってますね」
「僕を誰だと思ってるの?」
「先生……だと、今は思いたいです。 停学で良いです」
「……懸さん、ボタンを戻す前にこっち来て」
「へっ」
「おいで」
菅原先生に言われて、私は菅原先生の前に立つと、菅原先生は、私の鎖骨の下の鬱血と、私には見えないが首筋やうなじも同じ様になっていると言う柚木崎さんに、場所を確認した上で、その部分を人差し指でなぞった。
何故か、物理的に言うと、静電気に近い感覚。
ビリっとした。
「はい、証拠隠滅。……停学はなし。 だって、証拠はなくなっただろう?」
確かに、鬱血が消えて、文字通り、証拠隠滅だった。
「ありがとうございます」
柚木崎さんは、菅原先生にお礼を言った。
「どういたしまして。 さあ、懸さん、ボタン」
私は促されて、制服のボタンを着けて襟を正した。
「懸さん、君は女の子なんだから、さっきは僕が許しておいて何だけど、男の子には、気を付けないとね」
ん?
私が要領を得ないと言う顔をしていると、柚木崎さんは苦笑いした。
「異性と二人っきりは、気を付けてって事だよ」
「えっ、だったら、最近ずっと私は、ヒッキーと二人きりなんですけど。 どうしたら、良いですか?」
私の言葉に、菅原先生は言った。
「君の事、一番、信用できるのは、彼だから。 彼だけは、大丈夫だよ。ねえ、柚木崎君」
「ええ、僕は分かりませんけど、ヒッキーだけは……大丈夫でしょうね。 相手からの不意討ちには弱いみたいですが」
どういう意味だろう。
柚木崎さんは分からないって、怖いよ。
氷室さんは、何をもってそんなに大丈夫って、言い切れるのか。
……ロリコンじゃないから?
24歳、歳が離れているから。
それとも、まさか、氷室さんは実は異性ではない……いや、それはないか。
さすがに。
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