第4話 私にニ・テ・ル? ワ・タ・シ・ト・ア・ナ・タ

今日は、金曜日。


此処に来て数日、この家から自由に外出出来ない事を除いては、自由気ままな毎日を過ごしていた。


でも、それもこの週末まで。


来週から学校生活が始まる。


色々、勝手に決められていて、戸惑うばかりだ。





昨夜、夜遅くまで鏡子ちゃんと夜更かしに当たるか定かではない事があったが、彼女はちゃんと学校に行けているだろうか。


両親に、昨夜の事を怒られて無いだろうか?


もしそうだったら、伝えたい。


氷室さんに充分怒られていたから、手加減してあげて欲しいと。



それにしても。


昨夜の氷室さんの言葉が脳裏を離れない。


昨夜現れたりゅうは自分だと言ってのけ、私に買った服などの荷物を押しつけて、さっさと帰ってからずっと。



昨夜、私はどれだけ眠れだろうか?


多分、外でチュンチュン聞こえた頃にやっと眠れて、でもいつも通りの時間に目が冷めて、今に至る。


差し詰め、気分は地獄だ。





氷室さんは、自分がりゅうだと言った。 



何で、現実に存在する氷室さんが、鏡子ちゃんに連れてこられた別世界でりゅうの姿で現れるんだ。


どうして、夢の中で会った事があるか?何て質問を肯定で返すのか。


て言うかそもそも、私の方こそ、夢で会った事ありますか? 何て尋ねた事自体、馬鹿げていたし。




でも、あの時、大鏡公園の白石橋の前に、現れたのはりゅうだったけど、呼んだのは氷室さんの名だった。





そう言えば、珍しく服を着ていた。




否、服を着ているのを初めて見た、だ。



りゅうの姿でも、正体は氷室さん?







いやいや、意味が分からない。



氷室さんがりゅうだなんて思いたくない。



非現実的な事ばかりで、私の思考回路はショート寸前だ。


月に変わって  説明して欲しい。



氷室さんも、柚木崎さんも、要さんも、鏡子ちゃんも。


有り得ない事ばかり、目の前で繰り広げてくる。


此所は、異世界か?


だとしても、頼むから。


りゅうが氷室さんではない事を祈る。


性格真逆だし、二人が同一人物なんて思えない。


正直、そう思いたくない。


何より、りゅうが現実に実在するなんて。


そんなのは、絶対嫌だ。








洗顔して歯を磨き、朝食を摂っていると、氷室さんの車と違うエンジンの音が聞こえて、外に出た。


軽トラに、スキンヘッドのおじさんとゴリラみたいだけど、とびきり体格の良いイケメンの若い男の人が軽トラから降りてきた。


氷室さんより、少し、僅かだけど、背が高い。


ヒグマかゴリラか、の違いでどちらにせよ。


大柄で、委縮してしまう。





「嬢ちゃんは、この家の人か?」



イケメンさんに声をかけられ、私は車の所に向かった。



「はい、そうです」



私がそう答えると、スキンヘッドのおじさんが言った。



「そうかい。俺は、植木屋の竹中だ。竹林の手入れに来た」


「ありがとうございます」



そう言えば、裏の竹林竹の子がにょきにょき生え始めてるから、手入れしないと秋には大変なことになる。



「竹の子いるかい? 欲しいなら、掘ったやつ置いてくが?」



それは、とても魅力的な提案だ。


でも……。




「欲しいですけど、茹でる釜がないので良いです」



竹の子はグツグツに煮立った鍋で一時間ほど湯がかないと料理に使える食材に出来ない。 


台所でガスを使って調理するのは、不経済が過ぎる。


光熱費を湯水のように使いたくない。


心底残念そうにする私に、スキンヘッドのおじさんは笑って言った。



「だったら、釜作ってやんよ。ソウ、お前作れるな」


「おっさんが一人で竹切るなら、出来っけど。良いのか?」



一瞬、おじさんは、間をおいて言った。



「どうにかならっ」



本当にこの広い竹林、一人でやるつもりですか?


それはおじさんに悪い気がするが、石釜は欲しい。



「ってか、釜あっても、鍋があるのか? 竹の子いっぺんに茹でる大鍋」


「釜で使えるような鍋、ないです」


私がそう言うと、スキンヘッドのおじさんは言った。



「買えば良いだろ? 取り敢えず、やっとけ」



そんなこんなで、スキンヘッドのおじさんが竹を切って、ソウと呼ばれるゴリラっぽいイケメンさんが釜作りを始めた。


「何か手伝いましょうか? 私、今日、休みなんで」


「あっ、じゃあ、大きな石集めてくれるか。 大きいやつ程良い。 重いのは、言ってくれたら俺が運ぶ」






私は庭⋯と言っても雑木林に近い中に入ってなるべく大きな石を集めた。


何か、楽しかった。


そうこうしていると、氷室さんがやって来た。


丁度、ソウと言う人と、釜の基礎になる外枠を決めるべく石を並べて居るところで、氷室さんが来たことで身体がビクっと震えたのが、その人にバレてやしないか、心配だった。



駐車スペースに車を停めて、こちらにやってくる。


徐にソウさんは立ち上がり、氷室さんに先に声をかけた。




「おはようございます。氷室センセイ」


「おはようございます。⋯⋯なんで冬野さんが居るんですか?」

  

「あぁ、親っさんの手伝いです」


「そうでしたか。 すみません、無理を言って、急ぎで来ていただいて」


「構いません。センセイには、いつもお世話になってますから」


「いえ、こちらこそ。顧問させて頂いている身ですから、今は」


「水臭いですよ。 昔は、本当に世話になりました」  



あれ、氷室さんが敬語使ってる。


ソウさんも、敬語だけど。


どんな仲なんだろう。





「所で、それは何をしている最中ですか? 石を積んで」


「あっ、忘れてた」



しまった。


氷室さんが私の未成年後見人になっているから、私のする事なす事、いちいち氷室さんの許可が必要的な内容説明されてたのに、私勝手に庭に石釜作って置こうとしちゃった。


「りりあ?」


氷室さんの視線が自分にロックオンしてきた思わず私は顔がひきつった。



「ごめんなさい。氷室さん、私、竹の子、湯がきたくて、二人に石釜作って下さいって、お願いしちゃいました」


「…………ん、ちょっと何言っているか分からん。 否、どうして、竹の子を湯がくのに、そうなるか、理解しかねる。 キッチンにコンロがある事に、気付かなかったのか?」



早速、今日も氷室さんに煩わしそうに顔をしかめられて、心が折れていると、ソウさんが言った。



「家のコンロでちまちま湯がいてたら、手間だからですよ。ガス代も跳ね上がるし。 氷室センセイ、竹の子、手間がかかるんですよ。 嬢ちゃん、しっかりしてますよ」


「そうか。理解しました。……私も手伝います。何をしたら良いですか?」




氷室さんが、自分の事、私と言ったのが新鮮で、意外だった。


氷室さんはソウさんにホームセンターで大鍋を買ってくるお使いを頼まれて、車で出て行った。



「あっ鷹の爪、頼むの忘れた」



竹の子を湯がくときの薬味の必需品だからだろう。


突然、そう声を上げたソウさんに、私は安心するよう言った。


何故なら。


「大丈夫です。ぬか漬用の鷹の爪、常備してますから」


「嬢ちゃん、しっかりしてるな。 ここ、一人で住むのか?」


「えっ」


「ここ、誰も住んでなかったんだろ? ちょくちょく、手入れは頼まれて来たが、氷室さんも管理のために来てるって言ってた」


「はい、何か私が貰ったんで」


「随分、気前の良い貰いもんだな」


馬鹿にされるか、信じて貰えないかも、と思ったのに。


ソウさんは、私の言葉のままを受け止めてくれた、そんな気がした反応だった。


一緒に石釜作りをしながら、私は色んな話をソウさんとした。


学校を卒業して、スキンヘッドのおじさんの植木屋に弟子入りした事。


しばらくして、おじさんが連れて行ってくれた喫茶店で出された、オーダー間違いのコーヒーの美味しさに感動して、そこに弟子入りして、自分で店を開いて、そこで知り合った人と会社を起こして、マネジメント全般の顧問契約を氷室さんに頼んだ事。


地元では、結構有名なチュロスのチェーン店の代表取締役。


社長じゃないか。


あの氷室さんもそりゃ敬語で、お使いも快く引き受けるよな。


「石釜は作るけど、使えるのは来年だな」


「えっ」


「くべる木材、氷室センセイに頼み忘れた。 悪いな。 薪用に何本か木を間引いて、作っとく。風通しの良い場所に置いとけば、来年は使える。 今年のは、俺が後で何とかして渡すから、来年から頑張れ」


「ありがとうございます」



お礼を言う私に、ソウさんは改まった口調で言った。



「嬢ちゃん、氷室センセイの事苦手か?」


「えっ、あぁ、分かりますか?」


「嬢ちゃんみてると、よく似た奴いたなって、思ってな。 いや、嬢ちゃんみぇに、可愛くは無いけどな」


「私、可愛く無いですよ」


毎日、氷室さんから、道で車に轢かれたぺちゃんこになった蛙を見るような目をされる私が可愛いわけ無い。


「そんな事ねえよ。 竹の子に、石釜って、目輝いてたぜ」


「そうですか?」


「ああ、そうだ」


だって、両親と移り住んでから、家計が火の車だった頃、食費の節約に多大な貢献を残した食べ物だもん。


豊作の時は、道の駅にも知り合いの伝で出荷させて貰えて、其の臨時収入で、その年は、年の暮れまでお米を買うのに苦労しなかったし。





ソウさんとの会話は楽しくて新鮮だったが、取り分け私が印象に残ったのは、私に似ていると言う女の人の話だった。



「セイって言う奴で、俺の従兄弟と結婚してんだ。 そいつに似てる」


「えっ、折角持った店を投げ出して、実家に帰ってウジウジしてたのを、連れ戻しに来たその人がですか?」



「お前、言い方」



何だか、話しているうちに興がのって軽口まで叩いていると、氷室さんが帰って来た。



「随分、たのしそうだな」


「きゃっ、お帰りなさい。氷室さん」


「鍋、これで良いのか?」


氷室さんはそう言って、ソウさんが指定した真鍮製の鍋を私に渡した。


私が思い描く、まさに理想的な鍋だった。



「はい、ありがとうございます」


「随分、元気だな」



氷室さんは、何故か複雑そうな顔だった。



「変な仕事まで頼んでしまって、負担をかけてしまい申し訳ない」


「いんや、良いって。 氷室センセイ、良かったら土日、一度、俺の店に嬢ちゃんといかがですか? 今、プレオープン中なんです」


「プレオープン?」


氷室さんは首をかしげた。


「俺の従兄弟と共同経営のラビィ・アン・スノウの1号店です」


「あぁ、新規契約の方の事業の方ですか」


「はい、湯布院の野菜で作るサラダと店主自慢の石窯ピザが売りの店なんです。昼飯ご馳走になったお礼です」



所定では、2時間ほどて済むところ昼をまわっても終らず、冷蔵庫の保存食を全放出して昼食を賄ったがお礼に値する程には及ばない。



「いえ、気になさらないで下さい。余りものしか出してませんから」


「嬢ちゃん、余り物って、全部嬢ちゃんが作った料理だろ?」



確かに、作り置きの料理だが、お礼をされるなんて恐縮してしまう。


でも、行ってみたいし、食べてもみたい。


そう思って、氷室さんに視線を移すと、氷室さんも私を見て来た。


な、何だ。



「お前は、どうしたい?」


「えっ、私が決めて良いんですか?」


氷室さんは私が決めて良いと言った。


ので、遠慮なく早速、翌日、そのお店にランチに行く事になった。









ソウさんが新しくオープンするお店は、こじんまりとした住宅街の中にあった。


自分が暮らす街のすぐ隣町にある、ちょっと有名な高級住宅街。


「すみません」


「なんだ、突然」


ふと、思い立ったことがあって、私は咄嗟に車で連れて行ってくれる氷室さんに声をかけた。


だってさ。


氷室さんだって、土日は休んで私の子守から解放されたかっただろうと思ったから。



「良く考えたら、土日まで付き添わされてますよね? 私を一人で外出させられないから、休みの日なのに」


「⋯⋯。なんだ、そんな事か」



氷室さんは、そうだけ言って。


まるで、今までの会話はなかったかのうように、そのまま黙々と運転を続けた。



「ナビではこの辺りか、あれか」



氷室さんが車を停めたのは車が4台停められるよう【魔改造された一軒家の庭】だった。


何が魔改造だって?


どう考えても、庭のある限りを駐車スペースに施しているからだ。


駐車場と住宅を壁でしきって、住宅側はすぐそこだった。


車を降りると、何故か駐車場の隣の家から、人が出てきた。


肩丈の黒髪の若い女の人で、黒と白のレストランに居そうな服を着ていた。



「あっやっぱり、氷室さんだ」


「貴方は、チェリーブロッサムの方の相談役では?」


「はい、もう4年経ちますけど、オープンの際はお世話になりました。このお店、ソウと主人がやるんで私も一緒なんです」


「ソウさんと一緒に住んでいるんですか?」


「いいえ、まさか。 駐車場の方の家がソウの自宅。店舗兼自宅が私達夫婦の家なんです。本当、突拍子もない折半考えますよね。 いくら、自宅でレストランしたいって言っても」


女の人はそう言って、お店がある方の家へ案内した。


玄関ではなく、住居で言うリビングの部屋を絶妙に改造して、オープンガラスの入口になっていて、恐らく一階の殆どの部屋を吹き抜けにしてテーブル席とカウンターを置いている。 恐らく20人位は入る感じだった。


既に、何組もお客さんが入っていた。





「此方にどうぞ」


窓際の二人掛けのテーブルに着くと、そこにほ既に本日のコース料理らしき、紙がそれぞれの席に置かれていて、私はそれを見ておまわずときめいた。




前菜 根菜のテリーヌ


本日のサラダ お好み野菜の気まぐれサラダ


パン プチパンの盛り合わせ


スープ ミネストローネ


魚料理 赤魚(あかうお)ソテーのホワイトハニーマスタードソース。


肉料理 冷製ステーキとゴロゴロ野菜。


メインディッシュ お好みの具材で焼き上げる店主自慢の窯焼きピッツア


デザート クレープシュゼットに自家製バニラアイス添えて


※パン、スープのおかわりは、お声掛けください。






「素敵⋯」


「メニューは、予め決まっているのか?」



驚く氷室さんに、女の人は顔に笑顔を貼り付けたような、あからさまな作り笑いをした。


「ソウから、聞いてませんでした?」


「はい、ただ、プレオープンに招待いただいて、詳細はあまり」


「そうでしたか、何か苦手なものがあれば、言って下さい。驚かせてしまって申し訳ないです」


「いいえ、とんでもない事です。 最初から、提供するメニューが決まっていれば、経営に無駄がなくなる。 本当にソウさんは商才がありますね」


氷室さんの賛辞に、何故か、女の人は苦笑いした。


「いや、それ、私の案なんですよ。面倒臭がりなんで。やる事は決めて、それ以上、それ以外やらないって」


「それはそれで関心しますよ。貴方にも、ソウさんにも」


「はは」


この人、好きかも知れない。


氷室さんもこの100分の1でも、ちょっと気の抜ける様な遊び心があれば良いのに。



しばらく料理をまっていると、女の人がカートに野菜をのせてやって来た。




「こちら、サラダです」



彼女が持ってきたカートの野菜は、調理前の丸のままのものだった。


やばい。


丸かじり?



「好きな具材と調理方法で、後程、お出ししますので、驚いて息を止めていると、酸欠になりますよ」



衝撃に固まってしまい、確かに息を止めていた。


目の前の氷室さんも、息も止めた勢いで固まっていたみたいで、彼女に指摘せれ、肩を揺らしていたのが、ちょっと面白くて。


「ふふ」


思わず、声に出してしまった。



「笑うな。……お前も、固まってただろ」



氷室さんはそう言って顔をしかめた。



「だって、いつも、銃を眉間に突き立てられてもへっちゃらですって程、ふてぶてしいのに、驚いて固まるから」



言ってしまって、はっとした。



「普段、お前が、俺をどう思って、何を考えているか……簡潔に話せたことは誉めてやるが、不愉快だ」



氷室さんの言葉に、女の人は笑いだした。   



「氷室さん、子供相手に、どんな接し方してるんですか? もう少し笑ってあげた方が良いですよ。 兎に角、好きな野菜、選んでください」



女の人の突然の助言に、氷室さんは複雑そうな顔だった。



大根、人参、まっ黄色の変な形のかぼちゃみたいなのに、アボカド、ピーマン、パプリカ、さつまいもにゴボウまである。


勿論、レタスやグリーンリーフやキュウリ、トマトなど、サラダに使われるポピュラーなラインナップもあるが、一際目を引く食材に目を奪われる。




「この黄色のカボチャみたいなのは何ですか?」


「コリンキーって言うの。スライスして生食出来るよ。みずみずしくて、ピーナッツみたいな風味かな」


みずみずしいピーナッツとは?


私が首を傾げていると、氷室さんは言った。



「おすすめは?」


「全部盛りです。量はこちらで調整しますよ」



私も氷室さんも、それをお願いした。


野菜の他にも、肉類のトッピングが選べて、私はシーチキン。氷室さんは蒸し鶏をチョイスした。


ドレッシングは、同じものを選んでオーロラドレッシングになった。


最初の前菜の野菜のテリーヌが運ばれてきた後、10分位して件のサラダが運ばれてきた。



本当に全部盛ってあった。


人参とキュウリのスライスと交互に混ざった黄色のスライスが先ほど言っていたコリンキー。


さつまいもとゴボウは、スライスしてチップスになっていた。


私はチップスにしたが、氷室さんは茹でるをチョイスして、少しスライスより肉厚な輪切りで提供されていた。




勿論、味は絶品だった。



「美味しい」


私は、料理の都度感動して、声を上げたが、氷室さんは無言で黙々と食べている。


もしかして、今まで何度か食事を一緒にした事はあったが、本当に必要な時に必要な事しか、氷室さんは食事中に話さない人なのかも知れない。



それとも、私と一緒に過ごすのは、やっぱり本当は嫌なのかも知れない。


そう思うと悲しくなった。



「パンサービスです。お好きなだけ、お選びください」


「良いんですか?」



「沢山食べてね。 あっでも、あんまり食べたら、デザートまで入らなくなるよ」


「はいっ」


女の人がまたカートを押してテーブル着た。


沢山の種類のプチサイズのパンに、大振りなハード系のパンもあって、まな板とパンナイフがあるので、切り分けて出してくれるようだ。



私はソフトなロールパンやミルクパンを選んだ。


氷室さんは、ライ麦や干し葡萄とか入ったハード系のパン薄めに沢山頼んでいた。


どうやら、かなり好きらしい。






魚料理や肉料理を楽しむ合間、また、女の人が別なカートを押してきた。



「メインディッシュのピザをお作り致します。まず、メインの具材とトッピングを選んで頂いて、ソース選びに移ります。お一人様、一枚ずつお焼き致しますので、それぞれどうぞ」




野菜は先程のサラダのレパートリーが並んでいて、肉はサラミや豚の塩漬け肉やソーセージ、カルビやサイコロステーキまであった。


「迷っちゃいますね」


「変わり種でゴルゴンゾーラやブルーチーズで焼き上げて、仕上げにハチミツをかけたモノもおつですよ」


「俺はそれを」



氷室さんが、食い付いた。


結構、ここの食事は気に入っているらしい。


楽しんでいるかは、別として。




メインディッシュに持ってくるピザだけあって、それが美味しくないはずなかった。



とびきり、美味しくて私は大感動して、食べていた。


氷室さんは相変わらず、無表情に黙々食べていたが、何か今までよりも味わっていた。


何か氷室さんの態度に、一喜一憂してしまう。


でも、不快とか、そう言うんじゃ無いんだけど。


このもやもやが何か分からなくて、何かもどかしい。


「デザートに参ります。アルコール、香り付けにグランマニエと言う洋酒を使いますが、熱で飛ばしますんで、氷室さん、車ですけど大丈夫ですか?」


「問題ない」



またカートを押してやってきた女の人は、手際よく、デザートを作り始めた。


カセットコンロに火をつけ、フライパンにバター載せて焦がしてオレンジジュースを注ぎ、畳んだクレープを入れて煮詰め、そこに細く剥いたオレンジの皮を垂らしてグランマニエを放りかけバーナーで火をつけた。


導火線に火をつけるように、オレンジの皮に一直線に炎が走りフ、ライパンの表面に火が上がる。


格好良い。



「すごい」



私が手を合わせて喜ぶと、氷室さんは言った。



「あまり、はしゃぐな」



私は氷室さんの言葉に凍りついた。


だが、そんな私たちに女の人は言った。



「氷室さん、そう言う時は、楽しそうで良かった。って、言うんです。 氷室さん、この子の何か知りませんけど、まだ、氷室さんに馴れて無いんですよ。 ずっと、心配そうにしてますよ」


「……心配ですか?」


氷室さんはそう言って、心底不思議そうに首を傾げた。


「ええ、ずっと、自分と居て楽しいのかな?って顔してますよ。あっ、違ったらごめんなさい」


氷室さんに話しているのに、女の人は、【違ったらごめんなさい】は私に向けて言った。



何でバレた?!


ソウさんみたいに、この人まで、何で、本人は全く気にもしてくれないのに、すぐに分かっちゃうかな。


私の気持ち。


私は、ずっと張りつめていた、張りつめさせられていた、緊張の糸が切れた。


切れてしまった。


もう、我慢出来ない。



氷室さんと二人きりの日常で、いつも、彼らの顔ばかり伺う毎日で。


私が、どうしても、ハッキリさせて置きたたかったのが、それだったから。



それを、本人の前で看破されて、ほっとしてしまって。



私はいつの間にか、泣いていた。



「ご、ごめん。 ごめん、大丈夫? 泣かないで」


「いえ、大丈夫です。 こちらこそ、ありがとうございます」



両の目からだらだら涙はで出続けるが、声も情緒も、落ち着いていた。


だって、今の言葉で私の心の意味不明なモヤモヤが一掃されたから。



「すっきりしました。 バレてしまいましたね。   私、今、私がすごく楽しいのと同じくらい。    氷室さんも楽しかったら良いな  って、思ってました。  いかがですか?」


私は言葉の前半を女の人に向けて、後半は名指した本人に向けて言った。



「……そうか。   言葉が必要だったか。  楽しくなかったら、文句のひとつも言う」



なら、良かった。


相変わらず、ふてぶてしくだが。


大変回りくどく、素っ気ないが。


例え、今だけでも、確かめられた。


それで、この上は充分だった。




「苦労するね。何かあなた見てると、昔の自分を思い出すよ」


「えっ」


「私さ、昔、両親が忙しくて。近所の不親切な人に面倒見て貰ってたんだ。 どんなに忙しくても、面倒臭くても、嫌な顔して私の面倒見てくれたの」


不親切で、嫌な顔して、って。


あまり良い印象が沸かないが、女の人は、心から親しみを込めて話すから。


そんなアンバランスな状況に、正に今の状況に寧ろ言われてみれば、近しいものを感じて。


まさか、私と彼女は同士なのかもしれない……とも思えた。




「一緒にいる時、本当にしかめっ面しかしてなくて、いつも不安だったの。 でもね、わたしのこと、その人、嫌でも嫌いでもなかったんだ。    だから、あなたも大丈夫だよ」



私は、その言葉が胸に響いた。





「本日の料理を担当させて、いただきました。最後までご挨拶に伺えず申し訳ございません。 ソウと共同オーナーの冬野 由貴と申します」


料理の終わり、テーブルに尋ねてきたその人は、直視出来ないくらい光輝いて見えるイケメンだった。



「お久しぶりです。今日はお招きいただきありがとうございました」


「いいえ、いつも、ソウの無茶振りでお世話になっております」


「そんな事は、無い。 奥様にも、今日はお世話になりました。奥さまには、敵いません」


「えっ、妻が何か?」


こんな綺麗な人の奥さんって、どんな人だろう。


氷室さんを感服させるなんて、さっきの人ぐらいだ。


ん、そう言えば、このお店、さっきの女の人が旦那さんとソウさんとやってるって。


「はい、セイさんには敵いませんよ。本当に」



えっ、セイって言った。


ソウさんが言ってた人の名前。


マジか……。



ソウさん、もしかして、私にセイさんを引き合わせたいのもあって、招待してくれた?……まさかね。



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