ポイント-Kを探す君へ
須藤しじま
ポイントーKを探す君へ
誰が言い出したのかなど今となっては誰も知らないし、知ったところで何が分かるわけでも、変わるわけでもない。とにかくポイントーKはあるんだ。この街のどこかにある。そう思ったからこそ君もここへ来たんだろう?
でも、と君は付け加えたいに違いない。私もたしかにそうだったのだから。こう考えてみたらいいんじゃないかな。君が道を歩いていたら、数人の見知らぬ人々がアスファルトに覆われた地面の一点を一様に見つめていた。君がその一点に目をやると、そこには見たところ何もない。しかし、数人の見知らぬ人たちは何かに憑かれたようにその一点を凝視し続けている。そうであるからにはそこにはやはり何かがあるんじゃないだろうか。少し見ただけではわからない何かが、顕微鏡で拡大して見てみれば。たとえ君の肉眼には見えないとしても、あるのかもしれない。君はきっとそう考える。だからこそポイントーKの存在を頭では否定しながらも、結局はここへ来たんだ。
さて、まず君は何はなくともポイントーKを探さなければならない。歩き、眺め、這いずり、覗き、時には振り返り、時には立ち止まって。けれどもポイントーKは見つからない。そこで図書館に行くことにする。ポイントーKについて書かれたものを読み漁る。そして君は、ますます迷宮の奥深くへと迷い込む。ある者はどこどこがポイントーKだと書き、ある者はそこそこがポイントーKだと書く。ポイントーKへと続く一本道は今や砂漠のようなジャングルだ。何の変哲もない裏通りさえ、今や君の目には無数のポイントーKへと続く迷宮の中の新たな迷宮の入り口に見えてくる。いつか君は気付くだろう。ポイントーKについて書くことは、儲かることなのだと。その真偽とは関係なしに。
そうしているうちに金は尽き、ポイントーKを探し続けるために、君は働き口を探すことになる。ひとまず、週5日は働いて残りの2日でポイントーKを探すことにしよう。どんなに惨めな仕事でも、いつかポイントーKが見つかるのだと思えば、耐えることができる。それで、1週間の中の2日だけ、君は羽根がついたようにあちらこちらへと足を伸ばす。映画館の座席の一つがポイントーKかもしれないから映画館に行く。遊園地の行列の一番後ろがポイントーKかもしれないから遊園地に行く。飲み屋に置かれたテレビの下がポイントーKかもしれない。生涯学習センターのひっそりとした多目的トイレの便座がポイントーKかもしれない。やがて君は気付く。もしかしたら退屈な職場のゴミ箱の横に置かれた、新製品の販促イベントで一度使ったきりの、置き場がないからとりあえずそこに置かれている人間サイズのマスコット、忙しない毎日の中で誰も気にも留めないその場所こそがポイントーKなのかもしれないと。君の気分は萎む。だとしたら、週の2日だけ遠出する意味なんかないじゃないか。そんな気分で君はそのマスコットをどけてみる。もちろんそこはポイントーKではないのだが。
こうして、同じような週5日の労働と同じような週2日の余暇の繰り返しが始まる。そしてそのうちポイントーKなど忘れてしまう。もちろん完全に忘却したわけじゃない。営業の帰りに自販機で缶コーヒーを買ったとき、取り出し口に手を差し込んではふっと思い出す。満員の通勤電車で人の波に押されて妙な姿勢を余儀なくされているとき、ふっと脳裏をかすめる。今触れている、今立っている、今、こここそがポイントーKなのかもしれない。それはいつだって必ず期待外れに終わる。君はそのことを少しの自嘲を込めて苦々しい笑い話として誰かに話す。その誰かは苦笑いを浮かべながら自分もそんな経験があると話す(実際ここでは誰もがそうなのだから)。君たちは意気投合して、週2日の余暇をポイントーKを探す旅にあてる代わりに、ただただ週5日の労働ですり減った心身を修復するためだけに使う代わりに、ポイントーKなど忘れて2人で過ごすようになる。何度かそれを繰り返すかもしれないし、幸運にも一度で済むかもしれない。中にはそれが一度もない人もいるが、そんな人は幸運だ。愛した誰かに気を取られることなく、生涯ポイントーKを探し続けられるのだから。週2日の逢い引きが週7日の同棲に変わっても、ポイントーKへの情熱と憧憬を保てる人はそういない。
それは終わりでもあれば始まりでもあるだろう。この街はそんな風に生まれたに違いない。ポイントーKの夢がこの街の肥料、ポイントーKの夢の残骸がこの街の土壌。見つからないポイントーKを探していれば腹が減る、腹が減った人間には食べ物を売りつけることができる。食べ物を売りつける人間は服を新調したい、服を新調したい人間には服を売ることができる。家が出来た、食べ物屋が出来た、服屋が出来た、そうしてすべてが出来上がった。欠乏と補填の永遠に循環するサイクル。それがこの街で、その中心にポッカリと空いた穴がポイントーKなんだ。その姿はミツバチに受粉を託す花に似ている。あるいは腐敗臭でハエを集める食虫植物かもしれない。
この街へ来て何年が経っただろう。ふと、君は味を感じることも忘れた夕食の後にでもポイントーKについて考える。そのとき君には子供がいるかもしれないし、いないかもしれない。どちらでも同じことだ。ポイントーK。そこを見つければ人生の目的が達せられる無上の点。どのようなメカニズムで? 誰もがそう考えるが、考えるだけ無駄なことだ。ある法則が成り立つときに、その法則はより上位の法則に規定される。その上位の法則もまた、より上位の法則に規定される。法則の連鎖はやがて宇宙の始まりへ、そして始まり以前へと君を導くだろう。始まり以前にどのような法則がこの宇宙の法則を規定したのか、人間には知ることができない。たしかなことは、どこにも見当たらないポイントーKが、どこかには理由も不明なまま存在するということだ。
そこで再びお馴染みのあの問いが回帰する。君がこの街へ足を踏み入れた最初の一日と同じ問いが、ポイントーKの不在という根源的な疑いが。けれども、それこそがポイントーKが実在することの根拠だと言ったなら、君は呆れて笑うだろうか? 君が手にしているお金は、コンビニだろうが銀行だろうが、とにかく誰かに渡すことでその価値を初めて発揮する。もし君が生涯にわたって誰にもお金を渡さないなら、そのお金は偽造加工の施された数字分の価値を持つことは決してないだろう。君が信仰している神様は(しているとすればだ)、決して地上に舞い降りることなく、その姿をどうやっても直接見ることができない。もし神様を名乗る何者かがひどくありふれたスーツでも着込んで君の前に現れたなら、君は神話の語る神の至上の権威や神力を、以前と同じように信じることはできなくなってしまうだろう。ポイントーKは実在する。君がポイントーKに到達していないというその事実が、あるいは、これまでの人生のすべてが、その動かぬ証拠として、君の脳内に渦巻くポイントーKの不在という希望を、天使のように打ち砕くのさ。
ポイントーKについて言っておかなければならない最後のことは、それが同じ場所には決して戻らないということだ。イーロン・マスクはポイントーKに到達しただろう。アインシュタインもポイントーKを見つけることができた。なにもそう大袈裟なたとえを出さなくても、口笛なんか吹きながら、少しの不安もなさそうに、誰かが君の前を通り過ぎたなら、その誰かはきっとポイントーKを手にしたんだ。君はその誰かの後を追いかけたい衝動に駆られる。イーロン・マスクの足跡を辿り、アインシュタインの思考に迫ろうとする。でも、ポイントーKは見つからない。なぜなら発見されたちょうどそのとき、ポイントーKは別のどこかへと移動してしまう。だから、こう言うこともできる。ポイントーKはすべての場所に存在する。そして、すべての場所に存在しない。
それを政府の陰謀だと考える人もいる。ありもしないポイントーKに人々のエネルギーを向かわせれば、腐敗した自分たちにその矛先が向かうことはない。はたまた、経済システムのリヴァイアサンだと考える人もいる。血液が循環しなければ人間が生存できないように、システムも自らが生きるために体内の人間を動かし続けなければならない。それらに比べればいくらかマシな考えは、ポイントーKは神の恩寵だということだ。だが、この考えもまた、ポイントーKについての古くからの迷信のひとつに過ぎない。もしもポイントーKが神の恩寵であるならば、それがこの世にただ一つである必要はないからだ。一度にただ一つ、たった一人分の到達点である必要は。
君もいつかわかるようになればいい。なぜなら、そう理解することが、ポイントーKに到達した証だから。ここが私のポイントーKなんだ。だから、ここにはもうポイントーKは存在しない。君はそうと知らずあと一歩というところまで来ていたんだよ。
「そして男は飛び降りた。私がそうしようとしていたように。そこが本当にポイントーKだったのかはわからない。死体の潰れた表情は幸せなようにも見えたけれども、単に衝突時に変形しただけかもしれない。いずれにしても、そこはもう私のポイントーKではなかった。欠乏と補填の永遠に循環するサイクル。一人の男が死に、そして私は生きることにした。いつか私には私のポイントーKが見つかる日が来るだろう。そして君にもまた」
ポイント-Kを探す君へ 須藤しじま @SijimaSudooo
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