第13話 魔女 5

「殺された皆の恨みは、全部まとめて魔女にぶつけたから……だから、皆みんな。天国へ逝けたと思う」

 村の合葬で、レイは嗚咽を漏らして、答辞を述べた。

「レイちゃんのおかげだよ。ありがとう――」

 村の誰かが声をかけてくれる。

 後日、騎士団から魔女の死体が見つかったと連絡があった。


 聖職者が清めて、首都へ送られるらしい。

 小さな村で起こった大量惨殺事件は、王の耳にまで入り、国中が大騒ぎになっている。

 見舞い品が全国から送られてきていた。

 この分なら、村が早期に復興することも可能だろう。


 ☆☆☆


 大学に今回のあらましを報告すると、今は国も動いて大変な騒ぎになっている。

 事件から二週間。

 湖から魔力暴走による焼死体が上がり、付近からは強欲のレイピアも見つかった。

 当然、レイも検分に同伴した。


 偽証されている。

 レイの証言は、民衆の恐怖を煽るだけなので、発表はされていない。

 ――芝居がかってる。

 レイが現場検証で感じた第一印象はそれだった。

 なにより、レイピアからなにも感じない。


 魔女と私の戦いなど、レイピアのからしてみれば、犬猫のケンカにすぎぬ。

 第十階層付近をうろついている子供のじゃれ合い。その程度だ。


 あれが魔王のレベルか。

 今にして思えば、我々は人喰い虎を目覚めさせないよう無意識に戦っていたように感じる。

 レイは恐怖と、体の底から湧き上がってくる魔の深淵に、密かだが震えるような悦楽を覚えた。


 ☆☆☆


 国や民衆から村へは支援物資や救援人員が次々に送られてくるなか、レイの実家にはひっきりなしに、大学からの問い合わせが相次いでいた。


 急遽、魔王の遺物の探索チームが大学で組まれて、レイが、そのチームのひとつの主任を任されることになった。当たり前だが、レイ自身が希望も出して、それが受理された形になったのである。


 国も魔女対策に動き出している。

 あくまでも魔女は成敗されたと公表されているのだが、残党を指名手配するのに、なんの問題もない。


 関係者各位に向けて、レイの仕上げた論文で首都が燃えている。

 魔王の遺物。

 実際に戦った者の見解を求められたので、禁術階層にして答えた。

『魔王の遺物の禁術階層は、覚醒していないレベルで十四階層ほどだと想定される』と。

 それから大学や関係各所との連絡で瞬く間に時間が過ぎた。


 ☆☆☆


 十階層で、自己防衛を超えた破壊行為、殺傷目的だと判断され、事前に国の了承がいる。

 二十階層は、国内で使用すれば国家反逆罪。

 国外なら戦争行為に認定されて、裁判を経ず、その場で討伐対象に認定される。

 三十階層に到達した者は、ここ千年の歴史で七人しかいない。

 すなわち、魔王である。


 後に勇者と呼ばれる者たちでさえ、最大でも二十階層前半のレベルがやっとであった。

 魔王と敵対するということは、国家が総兵力と、勇者の命を引き換えにする覚悟で挑まねば、勝負にすらならぬ。

 実際、魔王が出現した後で滅びた王朝は、いくつもあるのだ。


 ☆☆☆


 偶然にしても、事件現場に居合わせて、魔女とも対峙した専門家の意見を国が無視することはできない。

 二週間前までは、おとぎ話の剣だった。

 それが、いまや国家レベルでの危険物に変わっている。

 これまでで判明した魔王の遺物は、強欲のレイピア以外では四つ。

 一つは外国へ流れてしまっている。


 レイは、敵方に押さえられると完全に不利となる遺物を、二つ上げて報告した。

 すなわち、暴食の槍と、羨望の仮面。

 この奪取には全力を注がねばならぬ、と。


 ☆☆☆


 事件から二十日後。国と大学から、正式に辞令が下りた。

『暴食の槍を確保せよ。尚、緊急事態につき禁術使用を許可するものである』

 レイはサインして、大学へ向けて魔法の伝書鳩を飛ばした。


「ここで、できることは終わったわ」

 レイが父にそう言うと、父は寂しそうな顔を隠しもせずに頷くだけだった。

「行ってこい。行って――どうか、どうか。この国を、うちの村みたいにだけはさせるな」

「うん。そんなこと、させるもんですか」

 レイは父の目をじっと見つめて返答する。

「このまま老衰するつもりじゃないでしょうね?」

「なんだと?」

「悲しみに打ちのめされるのは喪が明けるまでよ。森に行かない父さんなんて、私は嫌だから。そんなの父さんの生き方じゃない」

 父の顔に生気が蘇ってくる。


「犬たちも猟に行けなくて不満な顔してたわ。私がいなくなって腑抜けないでよね」

「本当に口が減らない娘だな。お前は」

 父は「ははは」と笑った後、真顔になった。

「気をつけて行けよ――それからな……」

 父がテーブルの上に組んだ手に力がこもる。


「悪い奴ら全員、ぶちのめして来い! 一人残らず、全員だ!」

 それから、レイは父と顔を見合わせると、大笑いした。


「当然じゃないの」

 レイの瞳は赤くなっている。猛獣のような瞳であった。

 あんな外道とその仲間など、一人として生かしておくものか。


 父は茶を飲み干すと「犬の様子を見に行く」と言って席を立つ。

 別れはすませた。

 もう生きて会うことはないのかもしれない。


 父の顔は見ない。

 父が出て行く時に、しゃくり上げる声が聴こえたから。

 父の気持ちは、わかったから。

 母の気持ちは、大事にするから。

 だから。

 だから、私は――


 レイは世界を救うことにした。

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