第12話 魔女 4
レイはすぐさま、魔力を足下に集中し、跳躍魔法の呪文を唱え始めた。
一撃離脱。
万が一、この魔女と同格の敵が現れることにでもなれば、今度こそ為す術はない。
レイの体がかすかに光を帯び、その力が体内に蓄積されていく。
業縛結界のなかで、ものすごい金属音と、魔女の断末魔が響いている。
地獄の雹と、魔女と、強欲のレイピアのせめぎ合いで結界内はなにも見えない。
これは死ぬ。
レイが魔女の立場でも防御するのが精一杯で、それも時間と共に衰えていくだろう。
脱出する方法はない。
極小の礫と、暴風雨。
魔力は吸い取れるだろうが、それに物理的な攻撃力が加わればどうか。
「父さん。みんな。ちょっと飛ぶわよ。舌噛まないでね」
その瞬間、レイは魔法を解放し、全身を覆う光とともに跳躍した。
地面が消え、風が一瞬、彼女の耳元を駆け抜ける。
目の前に広がる景色が瞬時に変わり、次の瞬間にはフロルベルナ村の外れに着地していた。
彼女は地面に膝をつき、深く息を吐き出した。まだ全身に緊張感が残っている。
レイは心の中で、自分の無謀な行動が正しい結果をもたらすことを祈りながら、気を失った。
☆☆☆
「なあ。生きってっか? コレ?」
荒れ果てた湖畔を眺めて少年が呆れたように口を開いた。
少年の髪は乱雑に伸び、まるで手入れを知らない野獣のたてがみのようだった。
口元には常に薄笑いが浮かび、鋭い牙のような歯が覗いている。
「いいから、お探しなさい。その辺りです」
薄暗い森の中から、岩のような大男が湖畔を指さし嫌みを言った。
男の顔は無表情で、まるで生きた石のように荒々しい質感を持っている。
巨体でありながら、彼は太陽を怖がるように猫背になってうずくまり、その異様な姿勢が不気味さをさらに際立たせていた。
二メートルを軽く超える身長は圧倒的だったが、その猫背が彼を異形の者に見せ、筋肉質の体躯からは圧倒的な力が感じられた。
「死んじゃったんじゃないの? あのオバさん」
その少女は地上からわずかに宙に浮いていた。
まるでこの世界の物理法則を無視するかのように、足元には何の支えもなく、冷たい空気のなかに静かに漂っている。
青白い顔は生気を失ったかのように色を失い、その瞳は何も映さず、まるで亡者のように虚ろだ。
ふわふわ浮いている青い髪は重力に逆らい、ゆらりと浮かんでいるが、それは風に揺れるのではなく、まるで自らの意思を持っているかのように動いていた。
☆☆☆
少年の側に、大量のスライムが寄って来た。
「うわ! なんだ!」
「お待ちなさい! 蹴り散らかしたらダメですよ!」
「は? なんでだよ?」
「見て」
青白い顔の少女が湖畔を眺めて二人を制した。
寄り集まったスライムが、湖面から浮き上がり、人の形になっていく。
三人の怪人は、身を乗り出してスライムを眺めていると、息を切らせた美女の造形になっていく。
「うおわ! なんだあ!? 凄え、いい女が湧いて出たあ!」
少年が裸身の美女を前にして、狂喜乱舞する。
「サンティナ殿」
大男が魔力でマントを飛ばすと、サンティナの肩に掛けた。
「え? オバさん?? ええ??」
陰気な少女が、その若々しさに目を見開いて驚愕した。
サンティナは三人の反応になど、まるで興味がないように「悪魔め」と呟き、唇を噛む。
☆☆☆
「魔具を扱わせれば世界で指折りの貴殿が、死線をさまようことになるとは――いやはや、世界は広い。すばらしい強者がいるものですね」
大男が大げさな手振りで芝居がかった動きをみせる。
焚き火にあたりながら、サンティナは忌々しげに高価そうな魔具の残骸を地面に捨てた。
「おかげさまで、とっておきの魔具がバラバラよ」
「被害がそれだけで済んでなによりでした」
大男は相変わらず、無表情のまま喋っている。
男の肌は異様に白く、血の気がまるで感じられない。
焚き火に、ぬらぬら赤い蠢く唇や、わずかに覗く異様に大きな鋭い牙が照らされている。
「おいおい。報復はしねえのかよ?」
少年が牙を剥きだして抗議した。
小柄なのに、引き締まった筋肉質な体躯からは、野生の獣のような緊張感が漂うが、大男は大げさに頭を振るだけである。
「仇を討ったと思わせておけばいいのですよ――ララさん」
「はあい。代わりの死体を浮かべておけば良い?」
少女の周囲に常に冷たい風が吹きだして、死の匂いが漂ってきた。
湖のなかから何体かの骸骨が歩いて来る。
「ええと――」
ララはサンティナを見て、骸骨を物色した。
「君。上がりなさい」
ララが一体の骸骨を指さすと、残りの骸骨は再び湖のなかへと沈んでいく。
ララは青白い光を放ち、鼻歌交じりに骸骨を組み立てていく。
「ねえ。オバ――お姉さん。さっきのスライム借りていい?」
「ご自由にどうぞ。まだ残りが、そこら辺にたくさん漂っているでしょ」
「はあい」
スライムを骸骨に貼り付けていくと、たちまち女の裸体ができあがる。
「ええ。魔傷をつけておいてください。よろしい。完璧です」
大男はできあがっていく骸骨人形を満足げに眺め、ララへ指示を出し頷いた。
「なあ。サンティナをやった悪魔といつやるんだ? 俺は今からでも全然――」
少年はいてもたってもいられない様子でギラギラした瞳を隠そうともせず、三人に訊く。
「は? なんですって? あなた、我々がやっていることの趣旨をご理解されてます?」
大男がまたも大げさに肩をすくめた。
「いや、だって――そいつは俺たちの敵だろうが!」
息巻く少年を、大男は両手で押しとどめて岩のような顔面を余計に渋くした。
「あなたは、そうやって世界中の猛者と敵対するつもりですか?」
「あははは。そうだよお」
ララは完成した骸骨人形を動かして遊んでいる。
「忘れないように。我々の目的は、魔王の遺物を奪取すること。些事にかまけている暇はございません」
「ヴァンパイア真祖ともあろうものが意気地のねえ」
少年は舌打ちして、尚も食ってかかったが、大男は溜め息を漏らして鼻を鳴らす。
「では、あなたは魔王の遺物を持った相手に、たった一人、ほぼ丸腰で戦いを挑めますか?」
少年はぐっと詰まってなにも言い返せなくなった。
「私は無理です。私は怖い。かの者の勇気が蛮勇だとしても、実際、おそるべき魔女を倒してのけた」
大男の弁舌がのってくる。
「人間的にいうならば、この者は勇者と呼ばれる権利がある。いいですか? 私は強者とみれば敵対する、邪魔者は徹底的に排除するという意見には反対いたします。強者とは距離を取って、放置する。それが最良なのですよ!」
「わかった! 一々、芝居がかって鬱陶しいんだ。あんたが喋りだすと!」
少年はうんざりした様子で口を窄めた。
「ご理解いただけて恐縮です――では、仕上げとして、ガスパールさん。
「はいよ」
少年ガスパールは牙の生えた口を大きく開くと、すさまじい火炎を骸骨人形目がけて吐き出した。
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