第11話 魔女 3

「あと六つ」

 宝飾は見事だが、性能には懐疑的だったサンティナはすっかり機嫌を直していた。

 村の生き残りに、とてつもなく腕の立つ魔法使いがいるのは確実だ。

 飛来してきた魔法は禁術指定されているだろう広範囲殺傷目的の黒魔法。

 村への報復は、もう不可能だろう。

 国も騎士団も警戒するし、なによりこれ以上、この魔法使いと事を構えるのは得策ではない。


 サンティナはふと手を見直して、ぎょっとする。

 若返っている。

 二十代。いや、下手すれば十代の肌つやかもしれぬ。

 ――危なかった。

 初老を迎える年齢から、一瞬で、三十歳以上も若返ってしまう。

 飛来した禁呪の規模がもう少しでも大きかったら……私の存在ごと消し飛ばされていたことだろう。

 つまり、この魔王を封じたレイピアの許容量を超えかけるほどの威力だったのか。

 信じがたい才能。恐るべき狂気。

 強欲のレイピアが我が手になければ、負けていた。

 魔女は、自ら宿敵を生んだことを自覚した。

 どちらかが死ぬということを覚悟したのである。


 ☆☆☆


 茂みのなかで、レイは息を潜めたまま、サンティナの動きを観察し続けていた。

 単独犯。

 破壊規模から、大人数の可能性が高いとみて、広範囲の禁術を放ったが、効いている様子はない。

 それにしても若い。若すぎないか?

 レイと同じか、それ以下の年齢かもしれぬ。


 僅かに伝わってくる邪悪な心理。

 黒魔法は人の邪心はよく読める。

 その邪念のなかから、重要な言葉を紡ぎ出していく。


 魔王の遺物。

 やはり、か。

 そんなものなくして、第十階層禁術を防ぐ術などない。


 魔王の遺物。いくつ存在する?

 おそらく、五――いや、七つか。


 読み難くなってきた。

 レイの足下には生気を吸い取った父たちが転がっている。

 仇を取るのだと言ってきかないことはわかりきっていたために、強襲して口もきけないほど衰弱させた。

 ――お前というやつは……母さんの仇を討ちたくはないのか?

 口をきけなくさせても、父は精神力だけで訴えかけてきた。

 専門用語でいう精神感応だが、通常魔法しか知らない父が直感だけでやってのけている。


「悪霊並みの精神力ね」

 ――誰が悪霊だ。

「しまった」精神感応は、こっちの声も聞こえるのだった。

 続けて父から痛いほどの思いが伝わってきた。

 ――おい! レイ! この魔法を解け! 女房子供を殺されて、生きていけるか! 俺たちは今日、ここで死んでもいいんだ!

「バカ言わないでよ。復讐は計画的に……確実に――遂行すべきよ」

 父を諭しながらも、レイの髪は逆立ち、瞳は真っ赤になってくる。

 バカ親父たちを回収したら、即、撤退するつもりだった。が、大量殺人犯を目の前にしたら、レイの気も変わってくる。


 ――そんなことはお前に言われなくてもわかってる!

 口を塞いでも、父が大声を出していることがわかった。

「そうよね。父さん。言われなくてもわかることだわ」

 ――だったら、ここで――

「ここで殺そう」父が言う前に、レイが断言した。


 ――え?

 口をきけない父が怒髪天をついているレイに気がついて、慌てている。

 幼いレイを、髪の色が違うと虐めてきたガキ大将をボコボコにした時の顔をしていた。

 どういう魔法を使ったのか。

 十歳になっていない娘が、年上の男の子を三人、足腰が立たないほど叩きのめした顔である。

 これはまずい。後先のことなど考えていない時の顔だ、と父は悟った。


 ――お前、さっきまで、計画がどうとか言ってなかったか?

「全然言ってない」

 ――いや、なにするつもりだ。

「禁術」

 ――は? ちょっと待て。禁術? 違法じゃないのか?

「安心して。騎士長から禁術の解禁許可もらってきたから。撃ち放題よ」

「嘘つけ! お前。それ絶対、拡大解釈してるだろ? 父さんの目を見て言ってみなさい!」

「嘘じゃないもん。騎士長、撃っていいって言ったもん!」

 レイは父から顔をそらして頬を膨らませた。


 ――いや、レイちゃん。撃ってくれ。

 誰かの声が精神感応に割り込んできた。

 村の男たちである。

 凄まじい怒りが伝わってきた。

 ――おい! 禁術だぞ!

 父が諫める。

 ――かまわねえ! かまうもんか! うちは婆さんと赤ん坊が殺られた! 俺あ、地獄に堕ちてもかまわねえ!

 ――そうだ! 首落とされたって、どうなってもいい! やってくれ! 頼む! レイちゃん! 頼むよ!

 ――オラだって、どうなってもいい! 子供も、家も、なんもかんも壊されちまった!

 ――レイちゃん。偉い魔法使いになったんだろ? 頼む。頼む。罪は俺たちみんなで背負う。撃ってくれ!

 ――馬鹿野郎! お前ら、レイの性格知ってるだろうが! こいつは頭に血が昇ったら、なにしでかすかわからねえんだぞ!


 レイは茂みの中で息を潜めながら、禁呪を唱え始めた。

「出でよ。地獄の蜘蛛。蜘蛛の王――業縛結界(カルマ・バインド・バリア)」

 レイが広げた掌を、キュッと握りしめると、魔女の半径三メートルほどに巨大な蜘蛛の巣が、音もなく広がった。


 レイの背後から見たこともないような大蜘蛛が這い出てくる。

「安心して。地獄の蜘蛛を召喚しただけだから」

 ――しただけって……地獄に友達でもいるのか。お前は?

 大蜘蛛にビビりながら父が言う。

「もう、うるっさい!」

 レイは父を心のなかで怒鳴って黙らせた。


 結界は張れたが、魔女が少しでも移動すれば気付かれる。

 ここからは時間の勝負だ。


 男たちの憤怒は凄まじい力を持っていた。

 黒魔法は、情念を魔力に変換する術である。

 三十人にも満たない男たちから、村で撃った禁術”魔咆吼(デモニック・ロア)”に匹敵するほどの魔力が堪っていた。

 百人からの怨念と変わらぬ情念である。

 鍛え上げた山男たちの精神力が、奇跡を生んだ。


 村から撃った魔咆吼は広範囲攻撃用である。

 もっと鋭利に、もっと確実に、殺傷能力を上げる。

 大きければいいというものでない。

 無数の弾丸。

 防げない攻撃。

 四方八方から集中豪雨をイメージする。


「顕現せよ。凍血地獄(グレイシャル・ブラッド・ヘル)」

 策は決まった。

 レイは、手のなかに、血も凍る地獄の雹を召喚し、握り締めた。

 手は震え、囂々と渦巻き、バリバリと雷鳴が轟いている。

 並の魔法使いなら、すぐにでも体半分が吹き飛ぶほどの魔力が暴れ回っていた。


 防げるものなら、やってみろ。

 防御魔法はおろか、強欲のレイピアといえども、無数の雹を吸い取ることなど不可能である。

 しかも、地獄の雹には肉体以上に霊魂にまで届く殺傷力があるのだ。


 あの魔女が、禁術を受けて尚、ここに留まっているのは、おそらく誘っているからだろう。

 止めをさしにきた術者を罠に掛けて後顧の憂いを断つ。私ならそうする。

 だったら、自分が防げないと思う禁呪をしかけてやろう。

 レイの瞳は魔力を帯びて、今や瘴気すら漏らしていた。


 ☆☆☆


 その頃、サンティナは次に狙うべき遺物の場所を思い浮かべていた。

 次は、南の海に隠されているという伝説の遺物を狙おうか。


 次の瞬間、彼女の背筋に冷たいものが走った。

「誰かが……心を読んでいる?」

 サンティナは、茂みの方に鋭い視線を向けた。

 自分の内面を覗き見られたような感覚に、彼女の中で怒りと不安が膨れ上がった。

「誰だ!」

 サンティナは声を荒げ、周囲を警戒し始めた。

 彼女の目は鋭く、何かを探し出そうとしている。

 魔女の顔は、たちまち毒蛇のように鋭く、残忍に、変化する。


 その瞬間、サンティナは茂みの中に何かを感じた。

 茂みに潜む気配が、わずかに動いたのを魔女の敏感な感覚が捉えたのである。

 魔女は視線を茂みへ向けた。


「虚飾の魔杖」

 金縛り。

 魔杖はレイの魔力を大きく魅せる。

 いわゆるハッタリだが、威嚇の魔法を大きく魅せると、凄まじい力を発揮した。


――動けない! まずい! 魔具まで用意したのか!

 サンティナは無理矢理、顎を上げて、周囲を見回した。

 バキバキと音がする。

 鎖骨が折れた。

 しかし、そんなことを気にしている余裕はない。


 頭の上には蜘蛛の巣が張ってある。

 ただの蜘蛛ではない。

――結界だと? いつの間に?

 なんたる策謀。

 どういう人間だ?

 いや、こいつは果たして人間なのか?


――私は悪魔を怒らせた。

 全身に汗を掻き、邪悪な魔女はニタリと嗤う。


「第十階層禁術”凍血地獄”」

 レイは手のなかの地獄を結界内へ放り込んだ。

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