第10話 魔女 2

 すぐにでも出て行こうとするレイを騎士は呼び止めた。

「待ちなさい。あんな大魔法を繰り出して、どこへ行こうというんだ」

「父のあとを追います。このまま行かせたら皆殺しです」

「それは我々が引き受ける。君は――」

「ダメです。あなた方の命もありません」

 騎士はレイの断固とした態度に、言葉を失い立ち尽くした。


「――すいません。私、ちょっと会話が苦手で……いきなり要点だけ言ってしまう癖があります」

 レイはつばの広い魔法帽で、童顔を隠して、騎士を観察するように覗いている。

 成人しているだろうが、黒い短髪と、小さな体躯でよけいに幼く見える。

 こんな少女が、自分を突き飛ばし、激情にまかせて大魔法を放ったというのか。


「いや、事が事だ。構わない。私は騎士長をしているアンドレアスという者だ」

「私は首都大学で黒魔法の研究をしています。休暇で帰る途中で異常な魔力を検知して――」

「そうか……村の異変に気がついたのは、ずいぶん遠くからだろう? 瞬間移動でもできるか?」

 アンドレアスが冗談めかして言ったらレイはあっさり「はい」と答えた。


「そうは言っても、瞬間的に移動できるのは、よく見知った土地だけで。かなり魔力も消耗しますし。一般に公開されている魔法ではないので……」

「消耗といっても、君、ものすごい魔法ぶっ放してたじゃないか」

「ああ。そこからですか。黒魔法は、古くは闇魔法と呼ばれていたものです」

「闇魔法……」

「わかりやすく言うと魔王が使っていた魔法の研究になりますね」

「おいおい」

「黒魔法は生気を吸い取ったり、死者の恨みや、自身の怒りを魔力に変換します」

「そ……そうか。いや。なるほどな。それであの威力か」

 殺された村人の怨念を集めて弾き飛ばしたのか。

「第九階層魔法までは上級魔法の範囲なんで合法なんですが」

「え?」

「あれは禁呪です」

「違法行為を見逃せ、と?」

「はい。お目こぼしください」

 レイはアンドレアスに、堂々と言い切った。


「わかった。私は関知してない。禁呪の跡も、魔女の仕業として報告する」

「それは、どうも」

 もっと渋られると思っていたのか、レイは些か拍子抜けしたような顔で頭を下げた。


「それでも、疲れただろう」

「ずいぶん回復しました。それに――まあ、なんとかします」

 レイは口ごもり、引きつったような笑顔を浮かべてアンドレアスを見た。


 アンドレアスは泥と涙で汚れた顔で笑う少女を見て、居ても立ってもいられない気持ちになった。

 自分はここまで、命も未来もかなぐり捨てて戦ったことがあっただろうか、と。

 それから部下を呼び、あるものを騎士団の宝物庫から持ってくるよう命じた。


 ☆☆☆


「部下に持って来させた」

 アンドレアスは部下から年季の入った魔法杖を受け取ると、レイに手渡す。

「我が騎士団が保管している最高の杖だ。確か銘は――」

「虚飾の魔杖」

 レイは魔杖に触れて、なにやら読み取ったようだった。

「なんで知ってる?」

「銘がある魔具には精霊なり悪魔なりが封じられているものが多いんです。いいですね。これは。首都でも滅多にお目にかかれない逸品だと思います」

 封じられているにもよるが、杖の魔力は非常に良質である。

 おそらくA級魔具以上の値打ちはあるだろう。


 どこぞの魔王でも封じているのであれば、Sが何個つくかわからぬ等級になるだろうが。まあ、まともな人間が扱えるものではない。

「参ったな。君に預け――いや、進呈しよう」

「良いんですか? これ魔王の遺物とはいかないまでも、最上級品ですよ?」

 レイはこれから、恐るべき魔女の元へ出向くというのに、思わずニヤニヤしてしまう。

「あ……ああ。宝物庫で埃を被っているより、然るべき専門家が持つべきだ」

「わかりました。ありがたく頂戴いたします」

 恭しく魔杖を受け取ったレイは、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねた。

 アンドレアスはやっと、この少女が人間なのだと確信が持てて、ほんの少しだけほっとしたのである。


 ☆☆☆


――ちょっと、あなた。上手いことやりましたね。

 魔杖が震えて、レイに思考を伝えてきた。

「あら? あなた、やっぱり意識があるのね――ということはS級魔具は確定ということで」

――まあ、私に相応しい魔力の持ち主が現れたら、さすがに目が覚めますよ。ところで、お嬢さん。伺いたいのですが、魔王の遺物って聞こえましたよ。なんですか? まだ、どこぞで魔王が暴れているですか?

「いえ。群雄割拠の時代は過去のものですが……」

――ええ!! うひゃあああい! 正義は勝つ! ザマをみよ! ひゃあああい!

 レイの掌の上で、杖が伸びたり曲がったりしながら大喜びし始めた。


「それで、たった今、邪悪な魔女が、私の村を壊滅させたところです」

――ほぎゃああ! なんですか、それは! もう絶対、乱世になる流れでしょう! それ! やっぱり、あと百年くらい眠らせてください!

「いやいや、眠りっぱなしも精神衛生上、良くありませんから。第一、合法的に手に入れた最高級魔具を、むざむざ手放すわけがないでしょう」

 レイは両手で絞るように、力一杯、魔杖を握りしめた。

――痛い。痛い。痛いでしょうが。乱暴な扱いはお止めなさい。ところで、あなた。これから、なにするつもりですか?

「その魔女に殴り込みかけます」

――いやああああああああああああああああああ!!!


 ☆☆☆


――我が名はホセ・アントニオ・リベラ。言っておきますがね。これでも私は首都大学で教鞭を取り、爵位も賜っていたんですよ。まあ自慢じゃありませんがね。うふふふふふ。

「へえ」

――神童だと呼ばれましたね。幼い頃は。利発で可愛かったこともありますが。

「まあ。うちの大学、国の最高学府だから、自称”神童”の世間知らずしかいませんけどね」

――うちの大学?

「私、首都大で准教授やってます」

――ほ……ほう。ちなみに、専門は?

「黒魔法です。あなたの時代だと、闇魔法って呼称ですかね」

――え? それで、それで、どこまで解明されました??

「ギブアンドテイクって知ってますか?」

――ちょ……わかった。わかりました。私にできることなら、なんでもやりますよ。ご主人さま。

 そう言うと、魔杖はレイの小さな手に馴染むように形状を小さく変えていく。


「形状変化まで出来るんですか?」

――ま……まあ? 私くらいの魔具ともなれば、これくらいは朝飯前で。ふっふっふ。で? なにか、ご要望はおありですか?

「それじゃあ、取り回しが効くようにブレスレットになってください――てのはどうでしょう?」

――結構ですよ。まあ、魔杖ならぬ、ブレスレットになってしまいますが。私の超絶センスに悶えるがよろしい!

「契約成立ということで――ところで杖さんて女性なんですか? 男性?」

――庶民には貴族の話方はわかりにくいかもしれませんね。私は男ですよ。超ハンサム男子でしたね。

 古木の形状から、小さなブレスレットへ形状を変えながら杖は答えた。

「ははは。冗談がお上手ですよね。杖さんってば」

 レイはホセに聞こえるように舌打ちして、銀色に輝く左手のブレスレットを見た。

 なにやら小鳥が戯れているレリーフまであしらわれている。

 はともかく、確かにセンスは良いな、とレイは思い、ブレスレットにしばらく見惚れてぼんやりした。


 ☆☆☆


「これから魔女に接近して、弱点を探ってきます。それに父たちも保護しなくちゃ」

 少女の声は冷静だったが、その奥には確固たる決意が感じられた。

 仇を討ちたいという気持ちと、状況を打開しなければならないという使命感が、少女の行動を突き動かしていた。

「それは我々、騎士団の仕事だ――と言いたいところだけどな……」

 アンドレアスも、あのレベルの魔法を放つ人間とそれに対応できる相手に、田舎の騎士が敵うとは、もはや思っていない。


 レイの父たちにしても、彼らは森や山に詳しく、地の利を活かせる経験豊かな猟師や木こりだ。もし不意を突くことができれば、あるいは勝機があるかもしれない。

「無理ですよ」

「え?」

 アンドレアスは飛び上がって驚いた。

「黒魔法は、ある程度の思考を読めるんです」

「……なんでもありか。わかった。君に任せる。くれぐれも気をつけて」

 童女と見間違えるほど背が低く、くりくりとした瞳が特徴的なレイに、半ば呆れ、半ば寒気を覚えながらアンドレアスは言った。

 レイはチュニックの上からローブを羽織り「では」と言って――――瞬時に掻き消えた。


 レイがさっきまで立っていた草むらから数メートルの植物はすべて枯れ、虫が空から落ちてくる。

 移動の魔力は周辺の生気を吸って補うわけか。なるほど、これなら魔力が枯渇しても、ある程度は平気だというわけだ。


「これが黒魔法……」

 黒魔法も恐ろしいが、本当に怖いのはレイという少女の気性だ。

 目的のためなら手段を問わぬ。

 穢れようが、危険だろうが、脇目も振らぬ。

 たとえ、巻き添えが生じようとも、必要とあらば躊躇なく切り捨てることだろう。


 あの少女は、数十年修行を続けてきた自分よりも遙かに強い。

 時代を創る英雄とは、ああいう人間なのだと嫌でもわかった。

 あるいは、時代を破壊する魔王になるのも、ああいった人物に違いない。


 アンドレアスは落ちてきたカラスを避けて、レイの消えた深い森をじっと見つめていた。

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