第7話 禁術 3

 サンティナの手に握られたレイピアは、年月を経ても錆びることなく、その美しさを保ち、まるで聖なる剣のように見えた。この外見に惑わされる者は多かろう。

 手首をくるりと返してレイピアを回転させ、構えた。

 細い切っ先が水滴を斬ってキラキラと輝いている。


「なにも知らない田舎者には、これが聖剣に見えたでしょうね……」

 サンティナは笑みを浮かべながら呟いた。

 この剣の本質を知らない者たちは、その美しさに目を奪われ、聖なる力が宿っていると信じてしまうだろう。だが、彼らは知らない。実際の、この剣にこめられた怨念と血の歴史を。


 ☆☆☆ 


 彼女は水面から顔を上げ、耳を澄ませた。

 辺りは静まり返り、ただその異様な音が次第に迫ってきていた。

 湖畔の木々が次々と倒れ、まるで何か巨大な力がそれらをなぎ倒しているかのようだった。

 風が急に強まり、空気が重くなるのを感じた。


 彼女はゆっくりと立ち上がり、濡れた体を軽く払って岸に向かい歩き出した。

 目は木々の間に鋭く光り、そこから何が現れるのかを見定めようとしていた。

 彼女の瞳には、緊張とともに微かな驚きの色が浮かんでいた。


「禁術」

 彼女の表情には少しの驚きが見て取れたが、それと同時に、何かを見つけた時の好奇心がその瞳に浮かんでいた。

「黒魔法。おそらくは第十階層禁術」

 最高難度であり、周辺地域への影響を鑑みて、国から禁術指定を受けている。

 当然ながら許可なく放つのは、違法である。

 これを躊躇なく放てる人間など多くはなかろう。


 この威力。この凶暴性。この怒りよ。

 術者は、標的を仕留める以外のことなど考慮の外だ。

 敵味方の区別なく、躊躇なく、善も悪も知ったことではない。

 私と同じ、どこかが欠落した人間。狂人だが、極めて優秀な魔法使い。

「まあ。を壊したのは私なんでしょうけど」


 その時、木々の隙間から暗いオーラが漏れ出し、濃厚な怨念の塊が姿を現し始めた。

 それはまるで生き物のようにうねりながら、彼女の方へと向かってくる。


 サンティナは、目の前に迫りくる凄まじい魔力を静かに見据えながら、切っ先に魔力を送る。

 ――いいぞ。魔女。

 その刃先が光を反射し、周囲に不気味な輝きを放つ。

 ――力を望むなら、魂をよこせ。肉体を捧げよ。

 サンティナの脳髄に、ぞっとするような声が響いた。


 その瞬間、禁術の魔力が剣先に触れると、レイピアがまるで生き物のようにその力を吸い取り始めた。

 剣の刃を通して、膨大な魔力がサンティナの体内へと流れ込んでいく。

 森の木々は一斉に葉を散らし、湖の周りはバリバリと拮抗する魔力が爆ぜて、渦を巻き上げる。

 剣は怨念の吸収を続けるにつれ、徐々に震え出し、強烈な波動を放ち始めた。

 その震えは次第に激しくなり、まるで剣自体が歓喜に震えているかのようだった。


「もっと――いいわ。もっとよ……」

 サンティナは微笑みを浮かべ、震える両手で、レイピアを強く握りしめた。

 彼女はその力を取り込むことで、心の底からの悦びを感じていた。

 腰がガクガクと痙攣し、立っているのがやっとである。

 剣に流れ込んでくる即死級の魔力が快感に変わって、彼女の全身に広がり、理性が薄れていく。


 サンティナの体は魔力に満たされ、その感覚に彼女は陶酔していった。

 目はとろりと溶け、半開きになった口からは涎が垂れるがまま、時折、サンティナは舌を出して喘ぐが、全身を貫く快感は荒波のように押し寄せてきて、息つく暇さえ与えてくれない。


「ああああああ……あああああああ!」

 快楽は脳天から爪先にまで達すると、全身が震えるほどの強震でサンティナを貫く。

 ――ぐははははは! 卑しい魔女! 堕落した魔女め! 我は強欲の悪魔! 古き神! 

 大ぶりな乳房は上下に激しく揺れて、両手で髪を掻き乱して舌を出す。

 とてつもない怨念は、凄まじい魔力へと変換され、サンティナの体内を、爪先から脳天までめちゃくちゃに駆け巡っていく。


 とても正気など保てない。

 これほどの快楽があろうとは。

「もうダメ! もうダメ!」

 サンティナは激しい吐息と嗚咽を繰り返し、何度も絶頂し、剣と一体化していった。

 ――我に生け贄を。もっと怒りを。もっと悪徳を捧げるがいい。


「あ――! ああ……」 

 彼女は声にならない喜びの中で喘ぎ、腰を淫らに何度か振って、ビクビクと痙攣させた。

 その瞳は、狂気と歓喜に満ちていた。

 剣が放つ震えが頂点に達し、サンティナはその瞬間、全身がしびれるような感覚に包まれた。

 ――しからば、魔女よ。世界は、お前のものだ。


 彼女はこの力を手に入れたことで、自身がさらなる高みへと昇っていくのを感じた。

 そして、レイピアは彼女の手の中で震えながら、さらに力を求めている。

 もっと喰わせろ、もっと狂え、と。

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