第4話 惨劇の村
アンドレアスと副官が村の中心に足を踏み入れると、その光景は想像を絶するものであった。
村は焼け焦げ、家々の瓦礫の下からはまだ煙が立ち昇っていた。
空気には血の匂いが漂い、視界に入るもの全てが破壊と死の証だった。
「この……村全体が……」副官は言葉を失い、震える声でつぶやいた。
アンドレアスの目は血の色に染まった川に注がれていた。
川の水は赤く染まり、そこには浮かぶ死体の山が見えた。
無残に遺体が積み重なり、その上には黒焦げの遺体が散乱していた。
炎の残り香が、さらにその恐怖を増幅させていた。
「生き残りを探せ!」
アンドレアスは、冷静さを保ちながらも必死の声で命じた。
アンドレアスの心の中には、村人たちがまだ生きている可能性が微かにでも残っていると信じたい思いがあった。
剣を握りしめ、目を凝らして周囲を見渡す。
「この辺りにはもう……」
副官は目を凝らし、瓦礫をかき分けながら言った。
「でも、もしかしたら誰か……」
アンドレアスは、破壊された家々の中を探索し、焦げた木材の下に隠れているかもしれない生存者を探した。
アンドレアスの心臓は激しく打ち、恐怖と絶望の中で希望を探すのは非常に困難だった。
「誰かいるか!」アンドレアスは、瓦礫の下に耳を澄ませながら叫んだ。
アンドレアスの声は、炎と血の中で空しく反響し、応答はなかった。
ただ、死んだ村人たちの無言の証がアンドレアスに答えていた。
突然、副官の声がひっそりと上がった。
「アンドレアス様……こちらに!」
アンドレアスが振り向くと、副官が倒れている女性を発見していた。
彼女はまだ息をしており、顔は恐怖に歪んでいた。
アンドレアスは急いで駆け寄り、彼女を慎重に引き出した。
「大丈夫ですか?」
アンドレアスは、彼女に優しく声をかけたが、その目には心の奥底からの悲しみと怒りがこもっていた。
「助けて……」
女性はかすれた声で呟いた。
「村が……みんなが……」
「もう安全です」
アンドレアスは優しく言い、彼女を支えながら立ち上がらせた。
「私たちがあなたを守ります。残りの生存者を探し出し、この村を救います」
アンドレアスは、女性を連れて安全な場所へと移動させながら、再び周囲を見渡し、手分けして生存者を探すよう指示した。
血と炎の中でアンドレアスの心は冷静さを取り戻し、村人たちを守るために全力を尽くす決意を固めた。
どれほどの絶望の中にあっても、希望を失わずに立ち向かうしかないのだと。
☆☆☆
朝の淡い光の中、少女は乗り合い馬車の中で、膝の上に置いた手土産の包みを見つめていた。
窓の外には活気に満ちた街の様子が映り、彼女はフロルベルナ村行きの駅馬車の出発を待っているが、いつも通り遅れがちだ。
乗り合い馬車はある程度の人数が集まるまでは出発できない。
なんとも呑気な話である。
「いっそのこと、瞬間移動魔法でも使おうか……」
少女は心の中で小さく呟く。
けれども、すぐに首を振った。
都会の忙しさに慣れた身でも、ここではそんなことは必要ない。
かつての故郷の穏やかな生活が、ゆっくりと記憶の奥から蘇ってくる。
懐かしい田園の風景。
草木の香り。
首都で学業に打ち込み、研究に没頭し、置き去りにしてきた。
ああ。ここは。
故郷の匂いだ。
勉学に没頭するあまり、両親には苦労をかけてしまった。
知識欲に駆られ、ついには首都大学の准教授の地位まで上り詰めたものの、故郷への手紙さえままならない日々が続いていた。
両親は、突然の帰郷に驚くだろう……少女は微笑みを浮かべながら、目を閉じる。
☆☆☆
うとうとしていた時、不意にガタンと馬車が激しく揺れた。
「ごめんよ!」と御者が声をかけ、馬車の中がざわつき始める。
「なんだい? アレ?」
御者の驚いた声が響いた。
乗客たちがざわつき、顔を窓の外へ向ける。
「燃えてる! おい、あそこだ!」
「山火事か?」
「いや、あれは……民家じゃないのか?」
少女の胸が高鳴り、無意識のうちに馬車の窓から身を乗り出す。
その先には――故郷、フロルベルナ村が燃え上がっているのが見えた。
目の前の景色が揺れる。
駅馬車から飛び降り、膝に置いていた荷物も放り出し、少女は転がるように地面を駆けた。
何度も転び、泥だらけになった。
そんなことは構わない。
「お、お嬢ちゃん! どうした?!」
御者が声をかけるが、少女の耳には届かない。
何も聞こえない。聞きたくない。
動悸と、激しい息遣い。
不安と、恐怖。
それらが綯い交ぜになって、胸の奥から爆発しそうになっていた。
なにが起こった?
怒りと焦り。
少女のなかでなにかが弾け、小さな足は地面を蹴った。
少女の周りに黒い魔力が纏い始め、周囲の空気が重く歪み、ひときわ強い光が彼女の体を包み込んでいく。
その光は一瞬で空気を引き裂き、目を細めることもできないほどの輝きを放ちながら、あたりを照らす。
音は、あたかも空間そのものが震えるかのような高い音を立てて消え、やがて静寂が訪れる。
その場には、少女が残した痕跡一つなく、ただほんの少し、辺りの空気が温かく感じられるだけだった。
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