第2話 騎士の失望
朝もやが立ち込める森の中、騎士アンドレアスは冷たい風を感じながら、いつもより早く砦を出発していた。
長い間、アンドレアスが守り続けてきた伝説の剣。
それは単なる任務を超え、家系の誇りであり、アンドレアス自身の生きがいだった。
幼少の頃、父と共に訪れた記憶の残る聖なる台座。
その場所を守ることは、家族の名誉を守ることであり、自らの使命でもあった。
苔むした階段を馬から降りてゆっくりと上ると、風がかすかに葉を揺らし、遠くから小鳥の囀りが――聞えてこない。
今日も剣が台座にあると信じ、アンドレアスはいつもと変わらぬ風景に安心感を抱いていた。
しかし、遺跡に一歩足を踏み入れた瞬間、胸の奥に不安が芽生えた。
何かが、決定的に違う。
空虚な感覚がアンドレアスを襲い、胸騒ぎを覚えながら目を台座にやると、その瞬間、アンドレアスの心は凍りついた。
台座にあるはずの聖剣が消え失せている。
アンドレアスは濡れるのも構わず湖の中州に向かって駆け出し、剣のあった場所に膝をつき、地面を打った。
何もない。
あれほど何世代にもわたり、錆びることなくそこに佇んでいた剣が、跡形もなく消えているのだ。
「そんな。そんな馬鹿な」
アンドレアスは信じられない思いで目を擦り、台座を何度も確認するが、どう見ても剣は存在していない。
あたかも初めからそこにはなかったかのように、その伝説の剣は霧散してしまったかのようだった。
アンドレアスは膝から崩れ落ち、頭を抱えた。
守るべきものを失ったことで、アンドレアスの胸には深い失望と無力感が押し寄せてきた。
「一体、誰が――どうやって……」と呟くものの、答えは見つからない。
ただ、自分が守り抜けなかったことへの悔恨と、剣がどこかで何かを引き起こしているのではないかという不安が心を覆っていた。
しばらくの間、アンドレアスは空っぽの台座を見つめ、森の静寂の中に佇んでいた。
使命を果たせなかった己を責める声が、心の中で繰り返し響き続けた。
だが、時間が経つにつれ、アンドレアスの心には新たな考えが浮かび上がってきた。
幼少から教えられてきた伝説を思い返し「剣が抜かれたということは……」と呟く。
伝説の剣はただの遺物ではない。
これを抜く者こそが、世界を危機から救う勇者であると、アンドレアスは幼い頃から聞かされてきたのだ。
「そうか」
アンドレアスはゆっくりと立ち上がり、胸に渦巻いていた失望が次第に和らいでいくのを感じた。
剣が抜かれたということは、守っていた者としては無念でも、人類にとっては喜ばしいことかもしれない。
アンドレアスは、静かな決意を胸に深く息を吸い込んだ。
「今こそ、世界が勇者を必要としているのだろう。剣が抜かれたのは、その証拠だ」
誰が剣を手にしたのかはわからないし、その者がどのような運命をたどるのかも不明だ。
しかし、長い歴史の中で待ち続けた変革が訪れたことに違いはなかった。
「そうだ……これは喜ばしいことだ。もしかすると、世界が再び危機を迎えることになるかもしれない。その為の聖剣だ。引き抜かれたことを憂うことはない」
アンドレアスはそう心を落ち着け、己の使命を再確認するように力強く拳を握ったのである。
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