替わり子

 俺は子どもの頃に、俺に回覧板を渡さなかった男に話を聞きたくて、母に言った。母親は十九まで下北郡で育って近所の人と顔見知りだったから、俺が言った男は大体は分かった。で、巻き物持って、その男の家に行ってチャイムを押したら、八十ぐらいの男が出てきた。

 俺は今その巻物を見ながらこれを書いていて、男との会話を思い出しながら説明すると、


 「S(俺の名前)の横にいる子はわがんねけど、Aさん(高祖母)の横にいるこの子はあれだな。替わり子だな。」

 「替わり子って何すか?」

 「替わり子っていうのは、存在しねえ子だな。オンミサマに子を二人いるようにして、名前もつけて顔と体作って、在るように見せるんだ。存在はすんべよ。オンミサマが生まれた子どもともう一つ顔と体を作って、悪いもんがそっちに行くように、いいもんはこっちに来るようにするんだ。だからお前は傷つけられても大丈夫だ。オンミサマが守ってくれるからな。」

 「昔あなたが俺に回覧板持って来たの覚えてますか?」

 「俺がお前の家に持って行ったのは回覧板じゃねえよ。お前の替わり子だべ。」

 「替わり子はYさんにもいるんすか」

 「いる。だから俺は、私ってもんに欠けてると感じるもんを、替わり子によって補完してるんだ。替わり子は、自分じゃねえものであり、自分でもあるんだ。替わり子は、簡単に言ったら、仮面だな。でも、人間と同じような人格を持ったもう一つの自分って意味での仮面だ。」


 もう一人の人間ってことは俺にもその人間がいるって事で、つまり今俺の名前の横に書かれてある「神崎由美子」ってのが俺の替わり子なのかな。替わり子がどんな役目を果たしているのか、実際の俺には分からないけど、そういう風習があるってことは、祖母も言ってなかったし、母も初めて聞いたらしい。でも、あれは回覧板じゃなくて、確かに六歳の子どもが回覧板に興味を示すのはおかしいよな。俺が祖母の目を盗んでこっそり見たのは、それが子どもの俺にとって異様な物として写っていたのは間違いないってことだろう。


 替わり子。俺が自分に違和感を感じている「私」という存在を補完し、拡張する存在。替わり子は人間であり、存在している。俺にとってもう一つの「私」であり、常に替わり子は「私」を補完し、拡張し続けている。


 祖母がオンミサマを受け取った日、俺はある少年と性行為をした。少年っていうのは下北郡にある俺が通っていた小学校の同級生だった。俺は毎日その子と一緒に帰っていた。

 替わり子を祖母が受け取った日、俺は少年を家に連れ込んだ。いつも通り、スマホゲームをしたり、近くの川でザリガニ釣りをしたりした。俺はその少年の尻をふざけて触った。勘づかれたら嫌だと思って、いつも通り、ふざける感じで。

 少年は嫌がった。俺は祖母が家にいない事を知っていた。確信犯だ。

 少年のズボンを脱がした。まだ少年は笑っていた。パンツを掴んで脱がそうとして少年は嫌がった。俺は興奮していた。尻が半分見えた。俺はパンツを引っ張って脱がした。外で足音がした。俺は急いでパンツとズボンを少年に投げて、階段上から祖母が玄関に入ってくるのを見た。俺は自分の部屋に戻って少年を見た。「誰かいるの?」祖母は自室の前にいた。少年はズボンを履き終わっていた。

 だから、俺は未遂だった。しかし、確信犯である俺の犯した未遂だった。俺は次の日学校を休んだ。少年が俺のことを言いふらすんじゃないかと気が気でなく、いっそ殺そうかとも思った。少年は俺のことは言わなかったらしい。

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