第3話 想い人
嫌いな人が死んだ。
とてつもなく嫌いな人だった。それこそ、私の手で殺してやりたかった。
人間関係が面倒だと言っておきながら、気だるい雰囲気を纏って誰彼構わず距離を縮めていく。そんな彼が大嫌いだった。
未練があった、と言えば嘘になるだろう。正直、彼が死んだ事によって私のモヤは晴れたし、毎朝の目覚めも良くなった気がする。
だがそれと同時に、私は心の何かを失った。
私の心を縛る霧は晴れた。
しかし、あの日から私の心を影が蝕み始めた。
毎朝の目覚めも良くなった。
しかし、朝イチの彼の「おはよう」は聴けなくなった。
身体を大の字にして寝ても満たされないキングサイズのベッド。
もう使うことの無い水色の目覚まし時計。
どれもこれも、何かが満たされていない。
空っぽだとは言わない。でも、何かが足りなかった。彼では無い。だって彼が居なくても家具の形は変わってないし、空気の成分も変わっていない。
きっと、彼が生きていても今と大して変わらなかった。
彼が嫌いだった。
少ない貯金額を見せる時の得意顔も、目元に着いたホクロをコンプレックスの様に話している姿も、私を彼女にしてくれなかった事も。
そんな彼は、結婚を誓った彼女と心中した。何とも呆気ないものだ。
原因は結局分からず終いだったが、恐らく彼と肉体関係にあった私が原因だろう。生前、彼が仕切りに私のスマホを気にしていたり私と会うのを避けていたことがいい証拠だ。
彼が嫌いだ。
しかし、そんな彼はもう居ない。
私の心を埋める虚無感。これは、どうすれば埋められるのだろうか。
というか、私はこれからどうすればいいのだろうか。
きっと、彼と婚約者のスマホから私との関係が顕になるだろう。たしか彼の家族は全員堅物だから、多分私を訴えてくる。
はぁ、もう疲れちゃったな。
私の心を包む虚無感さえ、彼なら満たしてくれただろうか。
私が婚約者を殺していたら、彼は私に添い遂げてくれただろうか。
いいや、彼はそんな綺麗な人間では無い。
私だけが知っている。彼は皆が想う理想の人間なんかでは無い。周りの人間は理想の彼を求め、彼は理想の人間を演じていた。
だから、彼が嫌いだった。でも、そんな彼に魅力も感じた。
好意がなかった訳でもない。でもそれは、彼の理想の姿に対する好意であって、本当の彼に向けていたものでは無い。
だから私は、
「あんたを殺してやりたかった」
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