第10話 グッバイ追跡者 2

 駅のホームに到着し、僕はサダコとの待ち合わせ場所を探していた。

 取材だと事前に伝えておいたので、彼女も当然フォーマルな格好で来るものだと思い込んでいた。

 少なくとも、少しは場に相応しい格好をしてくれるだろう、と。


 しかし、ホームの向こうからしきりに手を振っている人物が、さっきから視界に入って仕方がない。

 その青い髪が朝日に輝き、他の乗客たちが何気なく振り返るほど目立っていた。

 僕は一瞬、目を疑った。

 まさか、あれがサダコだとは思わなかったからだ。


 しかし、何度も見直してみても、確かにそれはサダコだった。

 僕は心の中でため息をつき、彼女の方に歩み寄る。

 「なんで……?」と、つい口に出してしまいそうになるのを飲み込みながら。


 サダコは、相変わらずの笑顔で「グーテンモルゲン! 師匠!」と明るく挨拶してきた。

 今朝の彼女はドイツ人らしい。

 いや、もうどこの国の人間設定なんだか、僕にはどうだっていい。

 彼女は全く気にしていない様子で、まるで日常の延長のようなカジュアルな服装をしていた。

 青い髪に派手なアクセサリーがちらつき、まるで街へ遊びに行くかのような姿だった。


「取材だって言っておいたよね?」と、少し困惑した表情で問いかけると、サダコは一瞬だけバツが悪そうに目をそらし、それからすぐに妙な言い訳を始めた。


「いやいや、安心してくださいって! 師匠も地味すぎると逆に怪しまれますよ。こうやって派手にしておけば、私が目立って、師匠は影に隠れて動けるじゃないですか!」


 僕はサダコにそう言われて、はっとした。

 確かにそうだ。

 彼女が目立てば、僕は心置きなく調査に専念できる。

 彼女が同行してくれるということは、この上ない幸運なのかもしれない。

 ――いや、うまく言いくるめられただけなのか?

 芸人という人種は、僕には難しすぎる。


 ☆☆☆


 新幹線の指定席に腰を落ち着け、僕はこれから向かう鏡山村について考えていた。

 この村は古くから「異界との境目」として知られ、特別な祭事が行われている。

 村の外れには誰も立ち入らない聖域があり、祭りの時にはその場所で特別な儀式が執り行われるという。

 上原が興味を持つのも無理はない。

 僕もこの祭事に何かしらの「ループ」の手がかりがあるのではないかと感じていた。


 車内は穏やかな揺れとともに、窓の外を流れる景色が静かに移り変わっていく。

 新幹線の車内はほぼ満席で、それぞれの乗客が自分の世界に浸っている。

 僕は窓際の席に座り、隣にはサダコが座っていた。

 彼女は、お土産袋から出した小さな箱を手に取り、中身を僕に見せる。

 箱には、可愛らしいゆるキャラが描かれていて、包装紙からしても子供向けのお菓子のようだ。


「食べます?」

 サダコが微笑んで箱を僕の方に差し出してきた。

 彼女の瞳は、いつだって好奇心に満ちている。

 あの親しげな笑顔を浮かべる姿は、彼女の育ちの良さを感じさせた。

 僕はふと、彼女との初対面のことを思い出した。


 当時、僕はまだ彼女のことをよく知らなかった。

 ただ、周囲が彼女に気を遣い、特別扱いしているのが気に入らなかった。

 理由は、彼女の親が有名な作家だからだと知ったとき、僕は彼女に正直な感想をぶつけた。


「特に好きじゃないね」


 あの言葉を口にした時、彼女がどんな表情を浮かべたかは、正直覚えていない。

 きっと驚いた顔をしたんだろう。

 でも、その後から彼女はなぜか僕に懐いてくるようになった。

 あの時の一言が彼女にとってどういう意味を持っていたのか、未だにわからない。

 けれど、今こうして新幹線の中で彼女が隣に座り、子供っぽいお菓子を嬉しそうに僕に勧めている姿を見ると、あの日の会話が何か特別なものを生み出したのかもしれないと思う。


「食べてみるよ」


 僕は微笑みながらサダコの差し出す箱から一つお菓子を取った。

 ゆるキャラの笑顔が描かれた小さなパッケージを開けると、中から甘い香りが漂ってきた。

 サダコもまた一つ取り出し、嬉しそうに包装を解く。

 口に入れたお菓子の甘さが広がる中、どうしても気になってしまうのは、サダコの青い髪だ。


 僕にはどうしても違和感が拭えない。

 どこか現実離れしている気がするからだ。


 いや。待てよ。

 そんなことを言い出したら、僕くらい現実離れしている人間もいない。し過ぎていると言ってもいい。

 ただ、バレないように道化のふりをしているだけだ。

 青い髪どころじゃない。

 バケモノと言われたって、まあ仕方がないくらいのシロモノなのである。


 ☆☆☆


 窓の外では風景が次々と変わっていく。

 緑が増え、都会の喧騒が遠のいていくのを感じる。

 変わり続ける風景は、僕の心の中をも映し出しているようで、その対比が妙におかしかった。

 隣ではサダコが楽しそうに話し続けている。

 彼女の声は、まるで遠くのラジオのように耳に響いてくる。


 僕は彼女の話を半分聞きながら、もう半分は自分の思考に没頭していた。

 サダコの言葉の一つ一つが、僕にとってはまるで背景の音のようで、それがかえって心地よかった。

 彼女の存在が、僕の孤独を薄めてくれているのかもしれない。


 ふと、サダコの声が少し高まったのを感じて、僕は彼女の方に目を向けた。

 彼女の青い髪が、窓から差し込む光りに照らされて輝いて見える。

 その一瞬、彼女の青い髪が美しいと思ってしまった自分に驚く。

 僕という人間が一番の謎だ。

 自分でも理解できない心の動きを、僕はただ静かに見つめていた。

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