第11話 グッバイ追跡者 3

 鏡山村――その名前を耳にした瞬間、どこか背筋が冷たくなるような感覚があった。

「異界との境目」と噂されるその場所では、年に一度、特別な祭事が行われるという。

 オカルト番組の取材という名目で、僕はその祭りを追うことになった。


 取材は、まず東北の小さな駅から始まった。

 そこから三回の乗り換えを経て、山深い村へと向かう。

 電車の本数は少なく、次第に乗客もまばらになっていく。

 最初は賑わいを見せていた車窓の外も、乗り換えを重ねるごとに、徐々に寂しさが漂い始めた。


 最初の電車では、まだ町並みが広がっていた。

 駅前には小さな商店やカフェが並び、人々が行き交っている。

 しかし、二度目の乗り換え後、景色は一変する。

 窓の外には無人の田畑が広がり、点在する古びた家々がぽつんと立っているだけだ。

 人の気配が遠のくにつれ、車内には静寂が満ちていった。


 最後の乗り換えを終えると、車両は一両だけの小さなローカル線に変わる。

 ガタンゴトンと単調なリズムで進む電車が、どこかこの世のものではない場所へと僕らを導いているように感じられた。

 外はもう夕方の光が薄れ、深い森の影が車窓を覆い始めていた。


 駅に降り立つと、そこには古びた木造の駅舎が一つ。

 周囲には人影もなく、ただひんやりとした風が吹き抜けるだけだった。

 寂しさと不安が入り混じるこの場所で、僕はこれから何を目にするのだろうか。


 村へ向かう道は、さらに細く、険しくなっていく。

 風景はますます寂しくなり、現実世界との繋がりが薄れていくようだった。

 鏡山村――そこには、異界との境目が確かに存在しているのかもしれない。

 そんな思いが、僕の胸の中で静かに膨らんでいった。


 ☆☆☆


 寂れた温泉宿に到着すると、どこか時代から取り残されたような雰囲気が漂っていた。

 木造の建物は古びており、あちらこちらで軋む音が響く。

 けれども、湯気が立ち上る露天風呂からは、温かな温泉の香りが漂い、どこか心が和む場所でもあった。


「なんにもない」と肩を落としていたサダコは、温泉の湯に浸かった途端、上機嫌に変わった。

「いいトコッスねー!」と嬉しそうに笑う彼女を見て、僕は少し安心したが、心はどこか重かった。

 鏡山村の「異界との境目」という噂が、頭の片隅から離れない。


 食事の時間が訪れると、寂れた温泉宿とは思えないほど豪華な料理が並べられた。

 木の香りが漂う広間の低いテーブルには、地元で採れた山の幸と川魚の料理が美しく盛り付けられている。

 新鮮な川魚は炭火でじっくりと焼かれ、黄金色の皮がパリッと音を立てる。

 ほのかに香ばしい匂いが食欲をそそり、身を割ると中からはほくほくとした白身が現れる。


 山の幸も豊富で、彩り豊かな山菜の天ぷらや、きのこたっぷりの汁物、野趣あふれる野菜の和え物が並ぶ。

 どの料理も自然の恵みを存分に活かし、素材そのものの味わいが引き立っていた。


 サダコは川魚を頬張りながら、明るい笑顔を浮かべていた。

 対面には、若い女将が座っていて、料理の説明を交えながらサダコと楽しげに会話を弾ませている。「この川魚は、この辺りの清流で育ったものなんです。炭火でじっくり焼くことで、外はカリッと、中はふっくら仕上がるんですよ」と女将は嬉しそうに語る。


 サダコもそれに応じて、「魚、美味すぎ!」などと喜びを隠さずに表現している。

 二人の会話は終始和やかで、楽しそうな笑い声が広間に響いていた。


 僕はその輪に無理にでも参加することにした。

 食事を楽しむ二人の会話に割り込むように、「そういえば、この村の祭りって、かなり特別なものだと聞きましたが……?」と、さりげなく話題を振ってみる。


 最初は笑顔で応じていた女将も、僕の言葉に一瞬、表情をこわばらせた。

「ええ、そうですね。昔から続いている、村にとって大切な行事です」と、一言だけ返し、話を続けようとはしない。

 サダコが次の話題を振ろうとするも、女将はどこかよそよそしく、先ほどまでの親しみやすさが消え去っていた。


 その場の雰囲気が急に変わったのを感じ、僕はそれ以上深くは訊かないことにした。

 サダコも何かを察したのか、笑顔を保ちながらも、会話のテンポが明らかにぎこちなくなっていった。

 豊かな料理が並ぶ温かい食卓だったはずが、そこには冷たい空気が漂い始めていた。

 だが僕は、この村祭りがただの伝統行事ではないことを確信し始めていた。

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