第3話 特性追跡者 3
半年が経った。
地方ロケの現場では、地元の名産品を紹介するグルメ番組の撮影が行われていた。
僕は、共演者の若手芸人たちと共に、次々と並べられる料理を食べては、懸命にカメラに笑顔を向けていた。
ディレクターがテンション高くマイクを向けてくる。
僕はそれに合わせて笑顔を作りながら、演技を続けた。ここでの僕はただの道化だ。
本心などどうでもいい。カメラが回っている間だけは、どうにか作り笑いを保つのが僕の仕事である。
☆☆☆
ロケが終わり、ようやく旅館に戻ると、身体の疲れが一気に押し寄せてきた。
部屋に入ると、古いテレビをつけてみた。
杉山恵理のドラマが放映中だ。
彼女が画面に映ると、瞬時に視聴率が上がると噂されるほどの人気である。
今や彼女を見ない日はないだろう。
画面の中の杉山恵理は、圧倒的な存在感を放っていた。
彼女の演技は生々しく、涙を流しながら訴える彼女の姿は、視聴者の心を鷲掴みにして離さない。
当然だ。
亡くなった上原雄介の未亡人であり、本物の悲劇のヒロインというバイアスが、視聴者を惹きつけ放さない。
上原の自殺後、彼女は一瞬で「国民的女優」としての地位を確立した。
僕は彼女の演技を見ながら、かつての自分との時間を思い出していた。
彼女がこんなにも輝く存在になった今、僕はただのテレビの道化に成り下がっている。
それでも、彼女を観ることを止められないのは、過去の名残りなのか、それとも単なる執着心なのか。この美しく、妖艶で、恐ろしい生き物は何者だ?
もう僕にはわからない。どうでもいいとさえ思う。
☆☆☆
ドラマが終わり、次の番組が始まった。
ニュースが流れ始めると、自分の表情が硬くなっていくのがわかった。
上原雄介の特集だ。
自殺から半年経った今でも、彼はその悲劇的な死によりカリスマになっていた。
番組構成はあざといが、効果的な演出である。
杉山恵理のドラマが終わって、すぐに、亡夫である上原雄介の特集が流れ始めれば、チャンネルを変える視聴者などいないだろう。
上原雄介の生前の演説や活動の映像が流れ、彼を神格化するようなナレーションが続き、ドラマチックなBGMが流れだす。
「上原雄介。死してなお国民の心を掴み続けるそのカリスマ性。彼の理念を引き継ぐ若手政治家たちが、今、新たな動きを見せ始めています――」
画面に映る上原の笑顔が、かつての僕の記憶を刺激する。
彼が何を考えていたのか、僕は知っているつもりだった。
「こう言うと怒られるでしょうがね。彼が死んだことで、彼の存在はますます大きくなり続けますよ。本当に皮肉な話ですが……」
コメンテーターが神妙な顔をして特集を締める。
僕はテレビのリモコンを手に取り、電源を切った。
部屋は静寂に包まれ、遠くで雨の音だけが聞こえてくる。
この世界で何が起きているのか、何が本物で何が偽物なのか、もう僕にはわからない。
ただ一つ確かなのは、僕がこの見知らぬ世界の中で、どうにもならない感情に囚われているということだけだった。
☆☆☆
「師匠ー! おっつかれえ!」
廊下の向こうから、サダコの甲高い声が響いてきた。
彼女は若手芸人で、「サダコ」という芸名で売り出している。
怪談が得意な反面、その明るい性格と、お調子者のキャラクターでSNSでは人気者のようである。
なにが感性に触れたのか、僕を師匠などと呼んで付きまとい――慕ってくれている。
振り返ると、彼女は勢いよく僕の部屋の衾を開けて入って行く。
ビールを瓶ごとラッパ飲みしながら、僕の部屋を物色し、座布団に座るや「へへへ」と笑ってくつろぎ始めた。
「ちょっと、ちょっと。勝手に入って来るなよ。ここは僕の部屋なんだから――」
「えー、いいじゃん! だってさ、今日のロケ、マジでウケたっしょ? でも、師匠のリアクションには敵わないわあ!」
「リアクションって――僕は、そんなこと意識してないよ。一生懸命やってるだけで」
「はあい! 師匠! ポーズ! ポーズ!」
そう言うが早いか、サダコはスマホを取り出し、僕の隣にぴったりと寄り添った。
スマホのシャッター音が何度も響く。
「肖像権って知ってるか?」
僕の不満など聞き流し、サダコは写真をSNSに投稿する準備をしているようだ。
彼女の手は止まらない。
「師匠とのツーショ、絶対バズるって! みんな師匠のファンだし、私のフォロワーも増えるし、一石二鳥じゃん! てか、師匠のキャラもっと出していこうよ! マジでウケるし!」
彼女は無邪気に笑いながら、スマホの画面を僕に見せてきた。
そこには既に投稿された写真が、何枚も映し出されている。
僕は頭を抱えたくなる気持ちを抑えつつ、どうにか冷静を保とうとした。
「分かった、分かったよ。でもあんまりふざけすぎるなよ」
「なにそれー! 師匠ってば、ホント自虐すぎ! マジ、ウケる! これからもバンバン一緒に動画撮ってさ、師匠のカリスマをどんどん出してこ!」
彼女は笑いながらウインクして、スマホを手に立ち上がった。
その軽薄な口調と態度に、僕は正直なところ困惑していたが、彼女の無邪気さには抗えない部分もあった。彼女の元気が、この退屈な日常に少しだけ色を添えてくれるのかもしれない。
「まあいいけど、あんまり夜更かしするなよ。明日も早いんだからさ」
「ウィー、師匠! それじゃ、また明日ねー! おやすみー!」
サダコは手を振りながら、部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送りながら、僕は苦笑を浮かべた。
騒がしい彼女がいなくなって、部屋には再び静寂が訪れる。
疲れた心を癒すために、僕は窓の外を見ながら深呼吸をした。
「カリスマねえ」
そんなものは、最初の人生に置いてきた。
僕のどこにも、そんなものは残っちゃいない。
上原雄介は死んだのだ。
僕は布団に潜り込んで、目を閉じる。
上原雄介の訃報を聞いた日と同じように、雨音が一層激しくなってきた。
この雨が、いつまでも降り続くような気がした。
終わりのない物語と同じように。
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