第2話 特性追跡者 2
僕はテレビのコメンテーターとして世間に顔をさらしている。
大学教授だ。だが、誰も僕の話を真面目に聞こうとはしない。
世間からは胡散臭いオカルト教授としか見られていないのだ。
テレビに出て、他人の人生について軽口を叩く。
笑いを取るために道化を演じる。心の底から空虚な笑みを浮かべながら。
「タイムリープの可能性についてどうお考えですか?」
アナウンサーが僕に質問を投げかける。心底どうでもいい話だ。だけど、僕は笑顔で答える。
「まあ、科学的には証明されていないが、想像力をかき立てるテーマではあるでしょうね」
口から出た言葉は軽薄で、嘘の塊だ。僕は心の中でため息をつく。
再びこのくだらない人生を生き直す意味が、どこにあるのか。
その答えはまだ見つからない。疲れ果てた僕は、今日もまた道化を演じ続ける。
時間が過ぎるのをただ待ちながら。
☆☆☆
漫画喫茶の薄暗い廊下に、僕は立っていた。ここは長居するのにちょうどいい場所だ。
世間から隠れるように、一時的に身を潜めるには最適な場所。
スマホの明かりを頼りに、行き慣れた個室に向かう途中、ふと向かいの個室の扉が開いた。
出てきたのは、見覚えのある男だった。
髪は少し乱れ、疲れたような表情だが、その眼光は鋭く、何かを見透かすような視線を持っている。
新田悠也。
これから、この男――つまり、前回の僕は、上原雄介という政治家を、反吐が出るほど客観視せざるを得なくなる。
今、奴は政界でのし上がるまさに直前。空前の上原ブームまで秒読み段階に入っているのだから。
☆☆☆
まずは、告白しておく。
父と講演会の後ろ盾がなければなにもできない木偶の坊。
それが上原雄介という人間のすべてだ。
元本人の告白なんだ。これ以上、確かなことはないだろう。
そのくせ、承認欲求を満たすために、わかってもいないことをキメ顔で言うんだから、もう、恥ずかしいことといったらない。
僕の最初の人生。上原雄介の人生は華やかな二世議員として世間の注目を集めた。
妻は国民的女優の杉山恵理。美男美女を絵に描いたような夫婦だったように思う。
今の僕から見れば、国民監修の人形劇だ。
彼らは、綺麗に整えられた人形だ。台本通りに演じているにすぎない。
杉山恵理は学生時代、過激思想に被れて一時は公安警察にまでマークされたこともあったという。
芸能デビューしてからは、もちろん、そんな過去は事務所が揉み消したし、本人だって僕と結婚してから随分と長い間、隠していた。ああ。もちろん、杉山恵理というのは芸名だ。
僕は彼女の中身を知らず、懸命に人形を愛したわけだ。
そうじゃなけりゃ、あの女に良いようにされるなんてことは――もういい。もう、今の僕には関わり合いのない話だ。
前回の僕、ジャーナリストの新田悠也が、元の人生の間違いを正すべく動くのは、もう少し先の話になるだろう。
この時期になって、ようやく、元の人生を客観視し始めた頃だと思う。
☆☆☆
「おや、こんなところで偶然」
僕は一瞬驚いたふりをするが、内心では計画通りだと思った。
漫画喫茶で彼と遭遇するタイミングを計っていた。
相変わらず彼の勘は鋭い。新田の目が僕を捉えると、彼は軽く笑みを浮かべて近づいてくる。
「ははは。久しぶりだな。どうしてこんなところに?」
新田が口を開く。
彼の声には以前のような勢いは感じられないが、その分、何かを知っているような含みがある。
僕は軽く笑い返し、肩をすくめた。
「少し休憩しにね。君こそ、ここで何をしているんだ?」
「まあ、色々と調べることがあってさ。ここなら邪魔も入らないし」
新田の視線が僕の目を覗き込んできた。
そりゃ行く先々で嫌われたのも頷ける。
まあ、今更なんだがね。
☆☆☆
夕方の街を歩きながら雨がぽつぽつと降り始め、傘をさすかどうか迷っていると、ポケットの中でスマホが震えた。
画面を見ると、新田悠也の名前が表示されている。僕は一瞬迷ったが、結局通話ボタンを押した。
「もしもし、新田か。どうした?」
受話口からは少し興奮気味の新田の声が聞こえてきた。
「おい、今どこにいる? 大変なことになった」
「何が?」
僕の声が自然と硬くなる。
新田のこんな声を聞くのは久しぶりだ。
彼が興奮するということは、何か重大なことが起こったに違いない。
僕は通りの脇に足を止め、雨音に耳を傾けた。
「特ダネだ。急に飛び込んできたんだ。ついさっき、若手ナンバーワンの政治家が自殺したって情報が入った!」
一瞬、時間が止まったように感じた。
自殺。
それが誰のことか、心の中で名前が浮かんでくるが、それを否定したい気持ちが湧き上がる。
「誰だ、新田。名前を言ってくれ」
僕の声がかすれる。新田が少し間を置いて答える。
「上原――上原雄介」
その名前を聞いた瞬間、全身が冷たくなった。
信じられないという思いと同時に、何かが崩れ去る音が聞こえた気がした。
上原雄介。
新党の党首であり、野心に満ちた政治家だった男。
あの男が自殺するなど、考えたこともなかった。
第一、僕は最初の人生で、自殺などしていない。
「本当なのか……? 上原だぞ?」
震える声で問い返すと、新田はため息をついた。
「ああ、本当だ。まだ詳細はわからないが、確かな情報筋からの話だ。お前も知っているだろう、上原のあのキャリアと人間性を考えると、到底信じがたいが…」
新田の声が遠くに感じる。
僕の中で、過去の出来事が一瞬にして蘇り、頭の中で渦を巻く。
上原雄介が自殺。これはただの事件ではない。大きな何かが背後にある気がした。
「分かった、情報を集めてくれ。何かわかったら、すぐに教えてくれ」
僕は電話を切り、雨に濡れながら立ち尽くしていた。
上原雄介が自殺したという現実が、信じられないままに、重くのしかかってくる。
この世界で、あの男は権力を握るはずだった。
それなのに、その終わりが自殺だなんて。
僕は何をすべきか考えながら、もう一度空を見上げた。
灰色の空から、冷たい雨が降り続いていた。
新田からの電話を切ると、現実感が一瞬にして失われたような気がした。
上原雄介が自殺したという事実が、僕の中で何度も反響している。
まるで、世界が急に違うものに変わってしまったかのようだ。
雨が冷たく肌を打ちつけるのに、感じるのはその冷たさだけ。
心の中は、それ以上に凍てついている。
「
自分でも呟いた言葉の意味が理解できない。
見慣れた街並みが、今はまるで異国の地のように感じられる。
知っているはずの現実が、急に見知らぬ場所に変わってしまったような違和感。
これまで歩んできた道の延長線上には、こんな世界など存在しないはずだった。
「こんな世界は知らない」
上原が自殺するなんて、そんな筋書きは僕の中になかった。
彼の野心と権力欲が、どんな方法であれ消えることなどないと信じていた。
だが、それがたった今、ふいに掻き消えてしまった。
僕が今いる世界は、まるで別の次元にでも迷い込んでしまったかのように感じられる。
上原がいなくなったことで、世界の秩序が崩れ去り、何か重要な歯車が外れてしまったようだ。
知らない世界に取り残された気持ちで、僕は雨の中に立ち尽くす。
目の前に広がる現実が、どんどん遠ざかっていく感覚に陥る。
今、僕がいるのは、本当に僕の知っている世界なのだろうか?
それとも、見知らぬ異国の地で、僕は一人取り残されてしまったのだろうか。
何かが間違っている。何かが狂っている。
この世界に上原雄介の自殺があるなんて、そんなことがあっていいわけがない。
それでも、現実は変わらない。
僕はただ、見知らぬ世界に立ち尽くし、雨の音に耳を澄ませるしかないのだ。
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