未来回廊~タイムループ 二周半目の男

たま

序章

第1話 特性追跡者 1

 ここまで辿り着いた諸君に、感謝申し上げる。

 お察しの通り、私は”特性追跡者”として、を監視している者だ。

 このブログには真実を書いて報告するつもりである。


 笑いたければ笑うがいい。

 罵ってくれても、嘲笑ってくれてもいい。

 虚偽の報告はしない。誓って、それだけだと断言する。


 ここまで読んでくれてありがとう。

 では、特性追跡者としての足跡を記録していくことにしよう。

 この記録が諸君らの幸福に繋がることを切に願う。


 ☆☆☆


 煙草の匂いとコーヒーの香りが入り混じる狭い個室に、僕は息を潜めるようにして座っていた。

 と同じように。同じ店で。

 薄暗い照明の下、古びた椅子のきしむ音が聞こえる。

 壁に取り付けられた小さなテレビは、深夜のバラエティ番組を映していた。


 画面には、杉山 恵理すぎやま えりの姿が映し出されている。

 彼女は今や、あらゆるメディアで見かけるほどの人気者だ。

 CM、映画、バラエティ番組、どこを見ても彼女の顔がある。


 バラエティ番組では、恵理が他のタレントたちと笑い合っている。

 明るく、屈託のない笑顔。その笑顔を見るたびに、僕の胸に重たい何かがのしかかる。


 ☆☆☆


 暗い照明に包まれた小さな部屋。

 僕はぼんやりとした頭で周りを見回し、そして自分の手を見る。

 手は新しく、若々しい。僕の心はその意味を知っている。

 既に二周目のタイムリープ。この世界は、三度目の人生であることを。


 しかも僕は、奇妙なことに、毎回、完全に違う人間として生まれ変わっている。


「タイムリープ  可能性  理論」


 インターネットの検索エンジンにそう打ち込むと、無数の結果が表示された。

 どれもが既知の情報であり、過去の自分が既に調べ尽くしていたものばかりだ。

 目が覚めた時、僕はまた違う人生を生きていることを感じた。

 だが、今度の顔には見覚えがあった。

 髪に手をやると、今までとは違う質感が指先に伝わってきた。

 肌の色も、声も変わっているだろう。だが、記憶は変わらない。意識はいつもの僕のまま。


 ――のか。

 三周目。

 鏡の前で僕は驚愕し、顔をぐしゃぐしゃにして笑った。

 お前だったのか。

 お前――僕だったのかよ、と。

 僕は嗚咽し、嘔吐するまで笑った。

 このクズ野郎。

 そう思った。


 ☆☆☆


 は、僕はネットやSNSであらゆる危機を呼びかけていた。

 天災。地震。覚えている限りの事件、事故。

 世界中のテロ事件。政変や、紛争。戦争に至るまで。

 誰も見てやしないブログに毎日書き込んでいたものだ。


 結論から言うと、すべては僕の一人相撲に終わった。

 僅かに時間や日付、ひどいと場所がずれて事件が起こる。

 または、なにも起こらないことの方が多かったりする。


 結果、僕の警告は笑い話にもならず、遂には通報されかけてしまう始末だ。

 ネット民に言わせると『陰謀厨、乙』ということらしい。


 ☆☆☆


 テレビ画面に映る旗揚げされたばかりの新党『新時代連合』の若き党首上原 雄介うえはら ゆうすけの姿を見つめながら、僕の心は過去の記憶に引き戻された。


 そう、前回。タイムリープ一周目の僕はジャーナリストだった。

 権力の裏に隠された真実を暴こうと、僕は必死に追いかけていた。

 ネットに書き込み、記事を書き、情報を拡散しようとした。

 だが、世間は僕の言葉を聞こうとはしなかった。僕の叫びは、誰にも届かなかった。


 僕が警鐘を鳴らしても、それは無視され、嘲笑され、時には危険視された。

 自分が見ているものが真実だという確信があっても、それを信じてくれる人はいなかった。

 権力者たちは、僕のような存在を巧妙に封じ込め、孤立させた。


 前回の僕は、情報の海に溺れ、真実を求めて藻掻き続けた。

 インターネットに書き込むたびに、無力感が襲ってきた。

 誰も僕を信じない。誰も僕を見ない。虚しさが日々の生活を覆い尽くし、次第にそれが僕の心を蝕んでいった。


 画面に映る上原の笑顔。

 その笑顔の裏に潜む冷酷さを、僕は知っている。

 かつての僕は、その冷酷さに立ち向かおうとした。

 だが、相手にされないという事実が僕を追い詰めた。

 孤独に耐えきれず、やがて僕は自分の信念をも疑うようになった。

 どれだけ真実を求めても、世間の目は他のところに向いていた。

 僕の存在など、取るに足らないものだったのだ。


 誰にも見向きもされず、無力さを痛感しながら、それでも書き続けた。

 声を上げ続けた。だが、その声は闇の中に消えていくばかりだった。

 僕の言葉が届かないという現実が、僕を孤独の深淵に追いやった。

 情報を集め、真実を暴こうとする度に、現れるのは虚しさだけ。

 誰にも届かない声を上げることが、どれほどの苦しみか。

 あの頃の僕は、毎日が地獄のようだった。


 僕はブログの掲示板に書き込んだ。

「殺されるぞ。お前」

 前回の僕は、この書き込みに激怒した。

 荒しでもなく、これは恫喝だ、と判断して。


 違うんだよ。

 真意は、今の僕にしかわからない。

 なんで、あの時――


 お前。本当に殺されるんだ。


 僕だけが知っているのに。

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