第35話
由佳里ちゃんがいつ里帰りしてもいいように、と、常に清掃して整えていた室内は、ようやく客人を迎えて、いつになく空気を和らげている。
ベッドに視線を配れば。
その中央には、想定どおり、愛しい莉奈がちんまりと横たわっていた。
静かに踏み入り、音を立てずドアを閉めて。
心臓を高鳴らせ、息を潜め、その清らかな褥に近づいていく。
昼下がりの日差しは、カーテンに遮られて柔かく室内を照らし、黒衣の俺をさも禍々しい者のように浮かび上がらせて。
今、この子が目覚めてしまったら、きっと、酷く驚かれ、怯えられてしまうに違いない。
けれど。
歩みは、とめられない。
だって、目覚めてしまえば、きっと、修哉の元へ連れられて。
この小さく無垢な身には早すぎる宿命を、この子は、否応無く負わされてしまうのだから。
その前に。
せめて、もう一度、この手に触れさせて。
「……莉奈」
ゆっくりと手を差し伸べて、白雪のような頬を撫でて。
この子がこの世に生まれて間もないあの日にしたように、その額に唇を押し当てる。
この口付けで、100年眠り続ける魔法がかかればいいのに。
ああ。
でも。
それは俺の望む、身勝手な幸せでしかなくて。
君のご両親が修哉の為に取り決めた約束事と、なんら変わらないね。
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