第32話

薄いレースの帳が花弁のように重なり合う、その先の褥に……微かに息づく麗しい寝姿。







それを認識してしまった途端。







頭の隅で、善からぬナニカが弾けた。















サイドテーブルの上の照明を点け。








視界を阻むレースを掻き乱し、翻す。







舞い上がった幾重もの羽衣が、再び静かに重なり閉ざすその時、既に、俺は……。







眠る莉奈のすべらかな頬を、両手でそっと包んでしまっていた。










莉奈。






可愛い、莉奈。







この心に永く住まう愛しい人に似て麗しく、清純な……まるで咲き初めの白薔薇。







恨みを抱きながらも、心から慕い、心から敬わずにはいられなかった彼の血を確かに受け継ぎ、めぐらし、脈打つ……この細い首筋に、手首に……。







一瞬でも気を許せば、敬愛の口付けを落してしまいそうだ。








叶うなら…。






今すぐ、掻き抱いて、俺の部屋に連れ込んで、悠久に閉じ込めてしまいたい。








愛しい。







生涯、俺だけのものにはできないであろう、俺の至宝。










「……いくら修哉の為とはいえ……差し出すかね。アイツが本気を出せば、条件もへったくれもないってのに。……君のお父さん、今頃、死ぬほど後悔してんじゃない?」








横たわる莉奈の傍らに座り、莉奈の髪をそっと撫でて呟けば、遠い日の彼の言葉が蘇る。








修哉を救う光となったそれは、俺には闇へと突き落とす呪文でしかなかった。








きっと……彼自身にとっても。







それは、同じであったかも知れないのに……。

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