第12話

バタバタと手足をばたつかせて、私は、得体の知れない球体から遠ざかるべく仰け反った。



その弾みで、電気ストーブがガタンと音をてて床に転倒。



途端に、電気ストーブからのモーター音は途絶えて、例の安全装置が作動した事を私に知らせる。



傍らで倒れているストーブのヒーターの赤みが消えていく様を確認して、再び視線を謎の球体に戻したけれど……。




「えっ?」




ほんの一瞬前まではっきりと見えていたはずの球体は、既に消えていた。





煌々と部屋を照らす蛍光灯の光。




冷たい空気と、いつもの静けさ。




心臓がバクバクいっていて、手足もガクガクしていて、私の身体だけが騒々しい。



数十秒ほど経過しても。




何度目を凝らしても。




そこにはやはり、球体なんてものは見あたらないのだ。




「なっ………何っ?」



目の錯覚?




もしかしたら、ヒーターの光を見つめすぎて眩惑されただけ……?




頭の中で色々な推測が浮かんでは消えていく。




まだ落ち着かない心音を無理矢理身体の核に封じ込めるべく、私は大きく深呼吸をした。




「や、やだ………なんか、目、おかしくなっちゃったの……かな?」




震える自分自身の声が、冷えた部屋の天井に反響する。




その現実的な感覚にホッとして、私はようやく立ち上がる事ができた。




部屋の空気を両手でかき混ぜるようにしてみるけれど、温かくもなければ、眩しくもないし、何も触れず、何も起こらない。




つまり、やっぱり、私の目の錯覚だったんだ。




背中に感じた温かさとか圧力みたいなものも、手足が急に温まった事による反射みたいなモノかもしれないし。



本当は、まだ腑に落ちないけれど。



今、確かに何も起こっていないんだから、もうそれでいいと思うしかない。



とにかく、転がっているストーブを戻さなきゃ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る