第3話
「ふぬっ!」
あからさまに鼻から息を吐き、前から歩いてくるカップルから顔を背けて、すぐ脇の細い路地に方向転換する。
この街で独り暮らしを始めて3年目とはいえ、私は、アパートと会社の往復に使う道以外はあまり知らなくて。
滅多に歩かない駅前の、しかもこんな裏路地のようなところに入るのは不安だったけれど……。
駅前通りは妙にカップルが目について癪に障るから、今は出来るだけ人通りの無い道を歩きたい気分だった。
……って、勢いよく入り込んだまでは良かったけれど。
薄汚れた赤提灯がぶら下がる飲み屋やら、準備中のスナックやら、古びた雀荘やらが並ぶこの路地は、私のような齢25歳の独身女が立ち入るような場所でもないような……。
というわけで、ダッシュだ。
私は、ブーツのヒールの音も高らかに、ひと気のない路地を一気に駆けぬけた。
「っはぁ~」
広めの通りに出たところで足を止め、息を思い切り吐き出す。
通りの向こう側には、淡い茶系の外観の大型マンション群がそびえ建っていた。
そのマンション群は、私の勤め先のすぐ近くに最近建てられたばかり。
多分、あのマンション群を越えれば、知っている道に出られるだろう。
良かった。
どうやら方角自体は間違ってなかったみたい。
駅とアパートの往復は大概バスを利用してしまうので、この辺りから家に帰るのは初めてだけど。
勤め先の近くまで出られれば、方向音痴の私でも迷わず帰れる。
しかも、車通りの多いこの道路の歩道は、クリスマスムード0、カップル0、人通り自体も限りなく0に近い。
「よっしゃ」
私は胸いっぱいに冷たい空気を吸い込んで、西に傾きだした午後の日射しを背に、数メートル先の横断歩道へと向かって歩き出した。
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