第9話

守り役に、名乗り出る者がない。




それは、香坂家において、前代未聞の出来事だったらしい。





朋紀のすぐ上の兄が生まれた頃までは、守り役を我が子に、我が孫に、と、申し出る地元の有力者達や事業主は幾つもあったのだという。



けれど、朋紀が生まれたのは、バブル経済が崩壊した直後の混乱の時期。



それまで香坂家と関わりを持ちたがっていた人々も、多かれ少なかれその影響を受けた。



誰もが、自分の事で精一杯。



朋紀が生まれた事を知って祝いを送ってくる者こそあっても、守り役の話を持ち出す者は全くいなかったのだそうだ。



三男だから無理にしきたりに拘らなくてもいいと、一度は話が落ち着いたものの、守り役を決めないままでいる事で、経営破綻寸前の事業主が香坂家の援助を目当てに守り役を申し出てくる可能性もある、と、親族の間で心配する声があがり‥‥‥。




「で、小市民で、何の柵も持っていない私に、白羽の矢が立ったって事?」



「なんだよ、その迷惑そうな言い方‥‥‥。今まで一度も、守り役の責務を強いられた事ないんだから、別にいいじゃん」



朋紀は、はぁ、と大きなため息をついて、冷めてしまっているであろう紅茶をすすった。



「責務‥‥‥?」



「そ、責務。もしも、瑠羽がうちの町に住んでいたら、うちで行われる年中行事や、祝い事、法事には必ず出席。俺の子守役と相談役を任されていたはず」



朋紀の言葉が、呪いの呪文に聞こえる‥‥‥。



冗談じゃない。



そんな面倒な事、強いられてたまるものか。



身震いする私をよそに、朋紀は、



「色々大変だけど、その分、香坂家の一族からは敬われるし、大事にされる」



と、私にとっては全くもってどうでもいい事を補足した。




良かった‥‥‥香坂家の権力の及ばない地域で暮らしてきて‥‥‥本当に良かった。




胸をなでおろす、とは、まさにこの事。



私は、大きく息を吐き出した。

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