2話 香坂家のしきたり

第8話

朋紀は、ひとり悦に入った様子で、香坂家のしきたりについて説明を始めた。



その説明の間、私は呆然と彼の言葉に耳を傾ける事しか出来なかった。



あまりにも自分の人生とは縁のない世界の話なので、お芝居でも観賞している様な感覚に陥っていたのかもしれなかった。








香坂家の本家では、生まれた子供一人ひとりに、「守り役」と呼ばれる後見人を立てるしきたりがあるらしい。



彼が先ほど口にした言葉、守り姫(もりひめ)は、その任についた人が女性の場合の敬称で、これが男性の場合は、守り殿(もりどの)、守り君(もりぎみ)と呼ばれるのだという。



そして、守り役となる人間は、大概は香坂家と交流のある資産家や、町の有力者の子供などから選出されるのだそうだ。




「守り役なんて、昔の武士じゃあるまいし。平成の世の中でそんな時代錯誤なしきたりを続ける事に何の意味があるっていうの?」



思わず非難めかしく呟いてしまった私に、朋紀は肩をすくめて苦笑して見せた。




「うちは、町一番の資産家で、幾つかの事業の経営も手がけているからね。香坂の本家の子の後見人を自分の身内から立てておけば、何かと都合が良いらしい。それを逆手に、うちも地元の有力者と縁故ができる事をよしとしているわけだから、しきたりを続ける意味は、それなりにあるって事」



「じゃ、なんで私が守り役なわけ?財産も無いのに」



私がそう訊ねると、朋紀は、一瞬、何かを躊躇うように唇を閉ざし、



「名乗り出る人、いなかったから」




と、それまでと変わらぬ調子で再び言葉を続けた。

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