第6話

何かが食い違っている気がする‥‥‥‥。



けれど、具体的に、何がどう食い違っているのかは、上手く表現できない。



少なくとも、私が彼に対してよそよそしい態度をとっているのが不服だ、という彼の言い分だけは、しっかり伝わってくる。



「呼び方だって、そのままじゃマズイよ。うちの家族、全員、香坂なんだから。これからは朋紀って呼んでよ」



彼は、仕方ないな、という表情で、私の腕を解放した。 




自由になった腕を胸元に引っ込め、私は急いで彼から1メートル半程の距離をとった。



この態度こそ、失礼極まりないとは思うけれど、今の私にはそのヘンの事を気遣う余裕は全く無い。



というか、気遣う必要、ないと思う。



初対面の女性の腕を掴んで力任せに引き寄せる行為の方が、よほど失礼ってものだもの。



今の様子だって‥‥最初はきちんと正座していたのに、いつの間にか片膝立てて壁に寄りかかっているし。



その上、タメ語で、意味不明な事喋りだすし。



突然の事で、すっかり気が動転してしまっていて、言われるまま、されるままではあったけれど、これ以上、彼の勝手な思い込みと言い分を聞き流すわけにはいかない。



私は近くに転がっていたクッションを盾にするように抱えて、意を決して唇を開いた。





「あの、いきなり、何なんですか?‥‥‥初対面なのに、そんな一方的に‥‥‥」



裏返った、頼りない声。



それでも、少しは効果があったみたいだ。



彼は、一瞬真顔になったかと思うと「あれ?」と小さく声を上げた。




「‥‥‥もしかして、話、見えてない?」



訝しげに問いかけてくる彼に向かって、私は、真剣な顔で頭を縦に振った。



良く分からないけれど、私の困惑に気付いてくれたのかな‥‥‥?



これできっと、品行方正な彼に戻って、自らの行き過ぎた言動を、恥ずかしそうに謝ってくれるに違いない。



そう、期待した私なのだけれど‥‥‥。



彼には、崩した姿勢を再び正すそぶりはみられない。



むしろ、更に、雰囲気のやさぐれ度が増したような気さえする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る