第5話

香坂朋紀は、るう、と、私の名前を呼んだ。





私は、いまだかつて、異性から下の名前を呼び捨てにされたことなどない。




小さい時に亡くした父親ぐらいは、きっと呼び捨てにしていただろうけれど、私は全くそれを覚えていない。




高校の時に三か月ほど交際した同級生からも、「笠木」と姓で呼ばれていた。




だから、いきなり名前を呼ばれて、私は心底びっくりした。




でも、心臓の鼓動が跳ねたのも、全身総毛立ったのも、それが原因ではない。




だって、豹変ですよ?




いや、豹変じゃなくて‥‥‥‥‥キレたのか?




理由は、彼が、私の名前を呼び捨てにする前に言っていたコト‥‥‥?




でも、なんで?




何が悪いの?



「た、他人行儀‥‥‥?」



私は、強張った顔の筋肉を必死に動かして、聞き返す。




腕を掴まれたままの私の視界には、眉をひそめて、尚、端整な彼の顔。




「だって、そうじゃん。なんか、ずっと丁寧語つかってるし。‥‥‥‥もしかして、照れてる?」




照れてる、って‥‥‥‥誰が?私が?




確かに、一瞬、見惚れたけど‥‥‥。



でもって、多少浮かれたけど‥‥‥。




でも、照れてるわけじゃないし、ましてや、そんな理由で丁寧語を使っているわけじゃないのに。

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