第2話

 私が演奏してるのは琵琶びわ。一般的に馴染みの薄い楽器かもしれないけど、大河ドラマのおかげで興味を持つ人も増えてるみたい。種類もたくさんあって、私は楽琵琶がくびわとか平家琵琶って呼ばれる平安時代や鎌倉期からある琵琶も弾けるけど、次の演奏会では他の演奏者さんに合わせて五弦の筑前琵琶ちくぜんびわを弾く予定。

 で、今日はとくに予定ないし、演奏会に備えて譜面を確認しておこうかなぁ、なんて思ってた。

 なのに、バッグを足許にある荷物ケースに入れて、譜面を見始めた途端。

 「奇遇やな」

 頭上から聞き慣れた声。テーブル正面に誰か立ってる。見るまでもなく、誰かわかってる。

 「2日続けて喫茶店で会うとはな。今日は演奏とかリハーサルとかないんか?」

 視線を上げると、やっぱり顔見知り。昔から私を妹みたいに扱ってくる大田勇おおたいさむさん。

 「うん、今日はお休み。勇さんは?」

 私は和綴じ本をテーブルに置いて返答。おんなじ校区やし、ずっと知ってるお兄ちゃんみたいな人。面倒見は良いんだけど、口うるさいのが玉に瑕。

 「このあと仕事やけど、その前に寄ろ思て」

 剣道とか剣術が得意。ごっつい体つき。大事な公共施設とか世界のVIPが泊まるホテルとかで警備の仕事をしてはる。今日は出勤前で白ワイシャツに黒いスーツ。夏だからネクタイはしてない。髪型はハイフェード。最近のトレンドだって、前に自慢してた。

 こんな感じでオトコ臭いんだけど。

 「新作、まだやったから」

ケーキとか焼き菓子とか甘いものがめっちゃ大好き。昨日はブリアンさんの北山本店でコーヒーと季節のフルーツタルト、それにアップルパイを食べてたし、今日は今日で新作のサンシャインパインフラペチーノを手にしてはる。人を見かけで判断しちゃいけないけど、さすがに乖離し過ぎじゃない?

 「ってか、そんなことより」

 なんて思ってたら、勇さんが私をじーって見てる。眉間にシワ。なにごと? 私が考えてたこと、わかっちゃったかな?

 「……なに? どうかした?」

 私、恐る恐る聞いてみる。

 「どうかした、て。その格好。何度言うたらわかるかなぁ」

 勇さんが刈上げてる耳の後ろあたりを困り顔で掻いてはる。

 「格好?」

 私は改めて自分の服を見た。

ホワイトのトップスはスクエアネックでフレンチスリーブ。肩口のフリルかわよ。

 それに、デニムのハイライズショートパンツ。本当はミニスカートにしようと思ったんだけど、前に勇さんから「ちょっとは自重しろ」って言われたから、今日はやめといた。

 落ち着いた感じでまとめたつもり。それに。

 「かわいくない?」

 私、思わず小首をかしげる。

 「そりゃあ可愛いけどな。その、なんだ」

 勇さんが私の胸元、次いで脚を見る。

 「……へんたい」

 思わず冷たい口調になる。

 「俺は別にええよ。慣れてるから気にもならん」

 勇さんが苦笑しながら手をヒラヒラさせる。本当に興味なさそう。

 「それはそれで失礼なんちゃう?」

 私、思わずむくれる。

 「どないせい言うんや」

 勇さんが呆れた様子。

 「とにかく、俺はえぇけど光くんには刺激強すぎやから」

 「えぇ、そんなことないよぉ。このくらいの格好、みんなしてはるし」。

 「あんなぁ、少しは自分の体型とゆうかスタイルを自覚せぇよ。だいたい、もっと露出度低めの服、持ってるやろ?」

 「えー、暑いし。これ、可愛いし」

 「あーもぅ、わかったわかった。好きにしたらよろしいけど、視線は光くんだけやないからな。気ぃつけえよ」

 勇さんが視線を別の席へ向けてから。

 「じゃ」って小さく手を上げて、自分の席へ。

 私はむくれ顔をやめて、勇さんが視線を送った先を見る。私が座っている隣の隣。4人がけの席。京産大の学生さんかな? 男女2人ずつだから、カップル同士かも?

 でも、男子ふたりが私の胸と脚をじぃーって見てる。あー、そんなことしてると……


※※※※※※※


 「ちょっと。どこ見てんの」

 「わぁサイテー」

 女子2人が口々に男子を責める。そりゃそうなるよね。

 「ダブルデート中によその女子見るって、ひくわー」

 「これは罰則モノだね」

 女子の猛攻。

 対する男子。

 「ごめんて」

 「悪かったって」

 両手を合わせつつペコペコ。

 「確かにスタイル良い人やけど、相手にも失礼やし」

 「罰則だ、罰則」

 そっか、私、若い女子から見てもスタイル良いんだ。ちょっと嬉しい。

 なんてことはいいとして。

 「罰則って、なんですの?」

 男子のひとりが手を下ろして聞いてる。

 「そやなぁ、ふたりとも京都出身やろ」

 「まぁ、そうですけど?」

 今のはちょっとわざとらしいけど、確かに男子ふたりは京都の人っぽい。語尾の上げ方とか話すスピードが他の関西の人とは少し違う。

 女の子は、大阪の人と関東の人、かな?

 「なら、京都のおもろい話、して」

 やっぱり、京都の人ではないみたい。

 「えー、無茶言わはる」

 「そない簡単には……」

 「じゃなきゃ、今夜は東洋亭でディナー。おごりで」

 「あ、それ、めっちゃいい」

 「ちょっと待って、まだバイトの給料日先やし」

 「無茶言わはる」

 「そしたら、京都のおもろい話」

 「そう。話してくれたら許す」

 「そぅ言われても……」

 「……なら、こんなん、知ってる?」

 “無茶言わはる”って言ってた男の子のほうが切り出した。

 「うちのじいちゃんから聞いたんやけど」

 「出た。じいちゃんっ子」

 もう一人の男子がツッコミ。

 「お前のじいちゃんってあれやろ。“俺が通ってた頃の京産大は京大の産業学部上賀茂分校だった”とか言うてはる」

 「そう。そのじいちゃんがな、深泥池みぞろがいけにまつわる話を教えてくれてん」

 「みぞろがいけ?」

 男子ふたり、漫才らしくなってきた。

 「ふかどろいけって書いて深泥池。“みどろがいけ”でも間違いではない」

 「え? そうなん?」

 「市バスのバス停は“深泥池みどろがいけ”やろ」

 「あ、そやった。で、その深泥池がどないしました」

 女子ふたり、聞き入ってる。

 「あそこな、氷河期の時代に生きてた動物とか植物とかが今でも生息してるんやて」

 「氷河期?! それ、すごいですやん。何万歳やねん」

 「んなわけなやん。氷河期に生きてた種類いうか、おんなじタイプいうか、何て言うたら伝わるか……」

 「ごめん、俺もわかってるし、ツッコミは切れ味大事やし」

 「それならまぜっかえすな。とにかく、氷河期からの生き物がいて、他にも動物やら植物やらぎょうさんいはるから、国の天然記念物に指定されてる。それに、池にしては珍しい浮島もある」

 「なんか、小学生の時の“私たちの京都”みたいになってきたな」

 「そやけどな」

 おじいちゃんっ子が相方のツッコミをスルーして話を進める。

 「タクシーの運転手さんは嫌がるらしい」

 「タクシー? なんで?」

 「夜中、女性客がひとり乗ってきて“深泥池まで”言わはったら、気を付けろ」

「どーゆーこと?」

 大阪の女の子が思わずって感じで参戦。

 「その昔、京大病院前で女性のひとり客が乗ってきて“深泥池まで行ってほしい”と言わはった。ちょっと元気ない人やなぁと思うたけど、日も暮れてきたし、ちょっと疲れてはるんやろなぁ思て、そのまま深泥池まで送った。ところが」

 おじいちゃんっ子が3人を見ながら、間を置いてから。

 「“到着しました”言いながら振り向いたら、誰もおらず」

 「え、ちょ、やだ」

 関東アクセントの女の子、あからさまに怖そう。

 「シートが濡れてて、数本の髪の毛」

 「わぁー、ありがちやなぁ」

 一方の大阪の女の子、ちょっと苦笑気味。

 「……ってか、それ、京大前じゃなくて、北大路駅前ちゃうの?」

 ツッコミ役の男子が質問。

 「え、そうなん?」

 それっぽく怪談を語ってたおじいちゃんっ子が素に戻る。

 「他にも“深泥池で乗せた”とか“雨が降る夜に乗せた”とか、いろんなバージョンありますやん」

 「え、そうなん? ってか、知ってた?」

 「当たり前や。有名やもん」

 「え、そうなの?」

 「そうやろなぁ」

 男子の会話に女子がそれぞれ逆の反応。

 「じゃあ、やっぱり東洋亭で」

 さっきまで怖がってた関東の女の子、切り替えはや(笑)

 「せやな」

 大阪女子もニヤッとしてる。

 「堪忍してぇな」

 「無茶言わはる」

 「その話やけどな」

 男子ふたりの嘆きのあと、急に新しい声。

 学生さん4人も聞き耳を立てていた私も、声の方に顔を向けた。

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