御菩薩池に、いらっしゃい♪

小若菜隆

第1話

 京都って歴史ある老舗ばっかりじゃないのよね。

 新しくて素敵なお店もたくさんある。

 私が住んでる京都市北区は、特にそう。

 創業数百年の和菓子屋さんとか100年以上続く洋食屋さんがあるかと思えば、まだオープンして数年だけど美味しくて人気のハンバーガーショップとかインド・ネパール料理屋さんもある。

 ベーカリーだってカフェだって、オーナー家族が切り盛りしてはるような小さなお店もあるし、有名なフランチャイズもある。

 和洋中、毎日いろんなお店を楽しめる。

 かといって、京都ど真ん中の繁華街と違って静か。学生さんが多くて活気はあるけど、街全体が落ち着いてるというか、暮らしやすい。

 ほんまに良いとこ。友だちもたくさんいるし、けっこう長いこと住んでるけど、心地よい場所。

 今では地下鉄とかバスとか、交通の便も良くなったしね♪


※※※※※※※


 とゆうことで、今日は地下鉄の駅とバスターミナルがある北大路のイオンモール。

 前までビブレ言うてはったとこ。

 もはや懐かしい(笑)。

 いろんなお店が入ってて、私のお気に入りはスタバ。シンボルのサイレーン、かわいいよね。

 あれ、実は女神だったの、知ってる? ギリシャ神話の神・ペルセフォネーに仕える川の女神だったんだって。私も川とか水辺にはちょっとご縁があるし、音楽が好きで、時おり演奏会に出演させてもろてるから、川にまつわる女神で歌声が素敵なんて、めっちゃ興味深い。

 だからってわけでもないけど、週に1度はスタバに来ちゃう。他の日は昔から地元の人たちに愛されてる喫茶店とか新しくできたカフェとかに行くけど、やっぱり新作のフラペチーノ楽しみたいし、定番も飲みたいし、お客さんに若い女の子が多いから流行りのファッションの参考になるし、それに……

 「こんにちは、ひかるくん」

 ご近所さんの爾志光にしひかるくんが勤めてる。週イチは欠かせない。

 「いらっしゃいませ、紗羅さらさん」

 穏和で真面目そうな顔立ち。まだ若いけど努力家。光くんはちょっとしたご縁があって引っ越してきたんだけど、すぐに近所の人たちと打ち解けて、すごく親しまれてる。

 「今日はどうされます?」

 本日も優しい笑顔。めっちゃかわよ。でも、かわいいだけじゃない。仕事もできる。そのあかしが、黒いエプロン。胸元には金色と白の星がひとつずつ。

 なんでも、スタバが年に1回だけ実施してはる試験に合格すると黒エプロンが支給されて、白い星が刺繍されるんだって。で、星が5つたまると金になる。だから、光くんは6回も合格。しごでき仕事ができてイケメン。だからファンも多いんだよね。

 ま、ここでバリスタやる前から、光くんのことは私が一番よく知ってるんだけど(笑)。

 「そぅだなぁ」

 私は帆布でできたショルダータイプのトートバッグを手で押さえながら、カウンターにちょっと身を乗りだした。エスプレッソマシーンとか置いてある棚の上に掲げられたメニューを見上げる。

 新作はこの間飲んだし、今日は次の演奏会で弾く曲のおさらいしておきたいから、新しい味に挑戦するより、いつも飲んでるド定番にしようかな。

 「じゃあ、ダークモカチップ……」

 私は姿勢を戻しつつ、光くんに視線を移して、口をつぐんだ。

 「……どうしたの? 大丈夫?」

 光くん、顔が真っ赤。心なしか視線を私からそらしてる?

 「具合、悪い?」

 どうしよう。めっちゃ心配。

 「い、いえ、大丈夫です」

 私の言葉に光くんが視線を戻す。顔は真っ赤だけど、私をじっと見る目には力がある。体調が悪い感じではなさそう。よかった。

 「じゃあ、ダークモカチップフラペチーノ。お願いします」

 私は笑顔に戻ってお願いする。トートバックからお財布を取りだし、金額ピッタリの小銭をトレイへ。

 「か、かしこまりました。そちらでお待ち下さい」

 言って、光くんが一緒に働くお兄さんふたりに「ダークモカチップフラペチーノ、入ります」って声をかけてはる。

 私は会計のカウンターから移動。ドリンクを作る担当のお兄さんふたりに軽く会釈。むこうも笑顔を返してきた。

 このお兄さんたちも、実はご近所。ご兄弟でスポーツクライミングが趣味。細身だけど普段から鍛えてて、滝に打たれたりもしてるんだって。

 前まではガテン系の仕事で橋の建設現場とか行ってはったみたいだけど、コーヒーが好きすぎて、ふたりでスタバのバイトに入ったとか。ちょっと変わった経歴だけど、でも、京都の人ってコーヒー好きなんだよね。

 そう、京都って和菓子と緑茶のイメージ強いし、確かに好きだけど、同じくらいケーキとかパンとか好きだし、コーヒー党も多い。だから、ベーカリーとかケーキ屋さん、カフェがたくさんある。しかも美味しい。

 「お待たせしました。ダークモカチップフラペチーノです」。

 なんて考えてたら、注文の品が早くも登場。今日は弟さんが作ってくれたみたい。

 「ありがとう。おおきにぃ」

 私は右手で受け取って、お店の奥、ゆったり座れる席へ。深めのソファがふっくらしてて落ち着く。テーブルにダークモカチップフラペチーノを置いて、バッグからB5サイズの和綴じ本――表紙に「大徳寺 五絃琵琶之曲」と筆文字で書かれた譜面を取り出した。

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