和菓子屋、「花みや」〜1〜

瑞葉

和菓子屋の朝⭐︎

 わたしの家は和菓子屋「花みや」。熱海の商店街をちょっと離れたところにある、昔ながらの店だ。店舗の建物は昭和初期に建てられたみたい。


 朝六時。梅干しおにぎりの朝ごはんを自分で作って食べた後、和菓子のショーケースを覗く。今の時期は、秋桜(コスモス)、紅葉(もみじ)、里の秋。

 例年よりも暑い日が続いていて、和菓子の売り上げよりは、観光客向けにやっている「宇治抹茶かき氷」の方が売り上げ良かったみたいだけれど。

 十月も半ばになって、ようやく秋らしくなりました。今度の三連休で、観光客の人たちがたくさん買ってくれるの、期待。

 中学生のわたしが原案で手伝った、新作の「はろうぃん」というかぼちゃ餡の練り切りもある。


「『はろうぃん』も他の子も、たくさん売れますように」

 ショーケースにわたしは「魔法」をかける。もちろん、『ふり』だけだけれど。

 子供の時から魔法少女になりたかった。あれはテレビの中の存在なのはわかってる。ただ、誰も見てない時には、よく、透明な架空のステッキで、和菓子に魔法をかけていた。五歳くらいの小さな頃から。


 うちの親父さんは厳しい昔気質の職人さん。朝は五時起きで、この時間帯から不機嫌さ全開で忙しい。ママも忙しく働いてる。わたしは子供だから、ふたりの邪魔なんてできない。和菓子に魔法をかけるしか「できない」。


 あと何年かして、高校生になったら、お店のお手伝いをきちんとするつもりだけれど。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 わたしの住居兼お店から徒歩十分で、熱海の海に着く。小さな頃から見慣れた景色だよ。

 海を見てるとわたしは落ち着いた。

 朝六時半。海をちょっとの間、眺めてた。

  

 わたしは花宮アユ。中学一年生。ふわふわした茶髪は、わたしのママがイギリス人だから。


 店に戻ると、ママが「秋桜」をビニールの手袋をはめて、ショーケースに置いていた。手際の良さがわたしのママながら、素敵。


「行ってくるね。ママ」

 わたしは声をかけて、中学校のカバンを肩にかける。いつも、店の奥にこのカバンを置いて、朝のお散歩をして、戻ったら中学校に行くの。それが日課なの。

「行ってらっしゃいね」

 ママは少し笑って、和菓子を並べる作業に戻る。


 いつもよりちょっと長く、海を見ていたから少し遅くなった。中学校まで小走りになる。


 通学途中にも海が見える。 

 今日の海は翡翠色。晴れた日の海はご機嫌が良くて、こんなふうに碧がかっている。


 わたしたちは海の街の熱海の住人。だけれど、こんな機嫌のいい海は、年に数回しか見られない。


 いい一日になりますように⭐︎

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