74.中野中華街
第74話
東京中野、ここにはとにかく中華料理屋が多い。
母の実家がある関係で、小さい頃からよく来た町だ。
国鉄の駅はあるのだが、住民はもっぱら都電を利用した。
都電の終点は現在の新宿駅前。大正時代は目の前に畑が広がっていたと言う。
母の話では終戦後も新宿駅前はそんな感じだったらしい。
新宿でそんな有様では、中野は田舎町だった。
やがて、戦争が終わると、内外から引揚者が帰ってきた。
なかでも中央線沿線には中国から帰ってきた人たちがまとまって住みついていった。
この人たちは大陸で身に付いたさまざまな技術を身につけていた。
人が増えれば食料が足りない。ならばと中華料理屋が次々と店を開いた。
中野、荻窪、高円寺といった町はこうして形作られていった。
現在でもこのあたりに中華料理屋が多いのはその名残だ。
私は現在でも餃子なら中野と決めている。
横浜が中国人による「本物の中華」に対し、中野は日本人による「日本人のための中華」だからだ。本物の中華も見事なものだが、日本人が食べてもなじめない。だから私は横浜で中華料理を食べることはなかった。
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