H氏に対する私の対応

第36話

私がハッピーネットワークと対決するに当たり、ある男が協力を申し出てきた。ところがこの男はとんでもない幼稚な男で、女に振られた腹いせに私をあおってきたのだという。今考えれば文章も動機も極めて単純だった。なにしろ彼はハッピーネットワークを脱税で警察に告発しようとしたのだ。これに私は強く反対した。その理由は今の日本の税体系では脱税などいくらでも言い逃れができるからだ。不正利益を得ようが、必要経費だ損金だの貸倒引当金だの言われてはマルサでもないかぎり摘発のしようがない。

そのため私が考えたのが、商標法による摘発であった。これならば、ハッピーネットワークという名称を名乗って活動する限りは摘発の対象になり、言い逃れはきかない。

また私はこのような活動をしている同人サークルがある限り、いずれ日本の同人はその信用を世界に対して失うと考えていた。私は日本の同人誌をゆくゆくは自動車と並ぶ輸出産業に育てることを考えていた。今となっては私の考えの半分は的中したが。そのためには同人誌の市場を世界に開放し、世界中の才能ある人をどんどん日本に呼んで日本の同人誌市場を活性させなければならない、そのためにはこうした高額な代金を取るサークルの存在は許すことはできないのだ。

私が亡命計画を立てたのも、いざとなったらどこかの国の放送局でレジスタンスよろしくハッピーネットワークの活動を非難する声明を流してもらい時期が来たら日本へ帰ることを夢見ていた。私はたとえ日本を追われても日本に戻れる自信があった。それは歴史学が道理に反したことを許しはしないからだ。私は歴史家として過去多くの得意の絶頂になっているものの末路を見てきた。それは絶頂期に勢いがあればあるほど、その末路は悲惨なものであった。有名なものでは「平家物語」があるが、「平家物語」でも「祇園精舎の鐘の声」に続く冒頭では「祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。沙羅雙樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。猛き者もつひには滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ」の後に「遠く異朝をとうらえば」の次に古今東西で起こった反乱の記録を列挙している。古代から平家一門と同じことをやって滅びた権力者は数限りなくいたのである。また、「平家物語」以降もそれは変わらなかった。このことから権力に奢って道を見失うものが多いこと、歴史は諸行無常と盛者必衰が常道であるというのが私の歴史理論だった。この理論が正しければH氏はいずれ勢力を縮小し没落するのは疑いないもしH氏が自分の信じて活動することが理に適っているならとっくに私が滅びている。しかし人の意見を聞かずに自分勝手にやっている男に歴史は甘くはない。実際にH氏と同じことをやってリーダーズダイジェストは滅びた。だからH氏も遅かれ早かれいずれはリーダーズダイジェストと同じ道をたどる。そう私は信じていたからこそ、亡命しても日本に戻れる確信はあったのである。実際は私が亡命をする前に幹部たちがおごって内部分裂や抗争を繰り広げてしまい、結局名古屋の組織は自己崩壊した。私が亡命に着手する前に勝手に崩壊してしまったので、亡命どころか戻るシナリオまですっとんで実現してしまった。ある意味で私の読みが当たったわけだが、計画は実行されることはなかった。

「思へばこの世は常の住み家にあらず

草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし

金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる

南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり

人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり

一度生を享け、滅せぬもののあるべきか

これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ」

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