漱石復刻版事件

第11話

1979年リーダーズダイジェスト社は「漱石初版本復刻版」全14冊セットを定価34,800円で売り出そうとした。ところがこれが他社の本を無断でコピーして印刷しようとしたものだったのだ。あわてたリーダーズダイジェストは1万セット合計10万冊に及ぶ本をすべて廃棄した。これは4億円近い損失になった。この事件は当時それほどまでにリーダーズダイジェスト社の経営が行き詰っていたことを示している「漱石全集」などおよそリーダーズダイジェストとは関わりがないような事業だ。ましてやそんなに簡単に全集など売れる見込みはなく、そしてこの事件では社内ではだれ一人処分はされなかったという。これこそまさに「モラルハザード」である。出版社がその基本である著作権法を犯し且つ一人も処分されずに済んだということはもはやコントロールが効かない状態にまでなっていたということである。現在の日本の出版社ではこんな事態は考えられない。今ではどんな人気作家でも人気が落ちればすぐ連載は切り捨てられてしまう。発行部数を落としたり、名誉棄損でもやれば即刻担当者は全員解雇。作家は契約解除となる。それを「不当解雇」という雑誌社の社員は私が知る限りリーダーズダイジェストだけだったといってよい。

この事件の伏線はあった1971年にリーダーズダイジェストは日経新聞の子会社から顧客名簿を不正に手に入れそれを無断で自社の顧客名簿にするという我が国初の名簿流出事件を起こしている。塩谷氏によれば、リーダーズダイジェストの倒産は雑誌によるものではなくマーケティング部門の不振が原因だという。確かにリーダーズダイジェストは当時雑誌としてはなかなか恵まれたほうだった。通信販売による安定的なルートの売り上げに奢っていたと思う。安定的なルートは安定的な収入をもたらすが、同時に安定的な収入はそれ以上の発展を阻害する。最盛期に90万部で破たん時に45万部というのは実は日本の雑誌としてはかなり多い部数であるリーダーズダイジェストの破綻と同時に日本版が創刊されたニューズウィークでもこの部数を取ることはできなかった。現在ニューズウィークは8万部を切っているプレジデントでさえ24万部にすぎない。そこで私は雑誌の発行部数を調べてみたが驚くことに漫画雑誌を別にすれば現在日本で発行されているどの雑誌も20万部がせいぜいである45万部を超えるのは、集英社か小学館の漫画雑誌またはテレビ情報誌に限られる

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る