第3話

「だからね、すぎちゃん。谷原クンはただのボッチじゃないの。孤高のボッチなの。望むところのボッチなの。彼のバックボーンには、あたし達とは違う何かを感じるわけよ」

 あたしは、ベッドの上でうつ伏せに寝転がった状態で、スマホの向こうにいる親友に力説した。スマホはスピーカー機能をオンにして、枕元に置いてある。

『まあ言わんとしてる事は分るけど。でもさ、たみちゃん。谷原クンにはきっぱり断られたんでしょ? だったら無理じゃん。二年の佐原さはら先輩あたりにしとくのが無難じゃない? 少なくとも男子生徒は喜ぶだろうし』 

 杉ちゃんが出した妥協案に「うーん」と唸って返したあたしは、うつ伏せの状態から一八〇度ごろりと転がり、仰向けになった。そのまま通話を続ける。

「美人生徒会長ってだけじゃ、インパクトが足りないんだよなあ。ありきたり、っていうかさあ」

 言いながら何となしにお腹を叩くと、全国平均より少し多めの贅肉が、ぽよんと揺れた。晩御飯を食べ過ぎたせいか、中学時代に履いていたジャージのウエストゴムが、若干くいこんでる気もする。

『ありきたり、ねえ……』

「やっぱり、全校生徒を対象にした企画記事にインタビューを持ってくるならさ、定石はあえて外して、谷原愁一郎氏をぶっこんだ方が注目されると思うんだよねえ」

『ダークホースってやつね』

 杉ちゃんがくれたぴったりな表現にうんうんと頷きながら、仰向けのまま枕元に手をのばし、ポテチの袋の中身を漁った。一枚取り出し、一口サイズに欠けているそれを口に放り込む。

じっはい実際、彼に興味を持ってるひほは人は結構いるとほおほう思うのよ」

『ちょっと民ちゃん、何食べてんの? また丸くなっちゃうよ』

 咀嚼による滑舌不良で食後のオヤツの存在を知られてしまったあたしは、「デヘヘ」と笑って誤魔化す。

「とにかく谷原クンはねえ。あたし、入学式からずっと目を付けてたの。この人絶対個性的! って。だって、ロンゲだったんだよ。普段は一つにくくってるし、下ろしたって肩に触れるくらいの違和感ない長さっていってもさ。入学式には切って来るもんでしょ」

『別にロンゲでもいいんじゃない? 似合ってるもん。うち、校則そこまで厳しくないでしょ』

「違うの。陽キャでないにも関わらず、目立つ事を厭わない何か深い拘りが彼のロンゲにはあるって事なんだよ」

『ふーん。髪に神経かよってるとか?』

 爆笑してしまった。さすが杉ちゃん。あたしの頭にはかすりもしなかった発想だ。このままガハガハひーひー笑っていたかったが、いくら自室で一人とはいえ、今は夜の九時。流石に近所迷惑かもしれないと思い、両手で口を押さえた。

「ろ、ロンゲだけじゃなくてさ。彼、ちょこちょこ学校を休む割にはとびぬけて成績いいし。それからほら、杉ちゃんも聞いたでしょ。体育祭で捻挫した先輩の足、魔法みたいに治しちゃったって噂。あたしあの時、偶然見てたのよ。他にもさ、いつも間食用に持ってきてるジャムパンが異様に美味しそうだとかね。そんな感じで、結構みんな近寄り難そうにしながも、谷原クンの事チラチラ見てるのね。『菩薩みたいで優しそう~』って一部の女子がきゃっきゃ言ってるのも知ってるし」

『でもいざ声かけてみたら見た目の割に言うほど優しくなかったわけでしょ、谷原氏は。もうさあ、民ちゃんもあたしたちと一緒に記事作ろうよ。一人で頑張らなくったっていいじゃん』

 何を仰いますか! あたしはがばりと起き上がると、スマホに振り向き拳を握った。

「あたしにとって新聞部の活動は、記者になる為の訓練の一環でもあるのよ。たった一回、すっぱりお断りされたからって諦めるような軟い根性じゃ、将来やってけんのですよ!」

 情熱に任せてまくしたてると、『民ちゃんにとって、根性としつこさはイコールだもんね』というクールなコメントが返って来た。そのとおり! と力いっぱい肯定する。

「自慢じゃないけど、あたしだって、『タンポポ被った大仏みたい』って言われた事あるんでございますよ。菩薩と仏じゃ、仏の方が格上でしょ。きっと承諾させてみせましょう!」

『論点ずれてない?』と杉ちゃん。

 そうかもしれない。でも気合が入りさえすれば何だっていいのだ。

「それにさあ、ホラ。値切り術でも言うじゃない。『お客さんもう帰ってよ』って言われてからが勝負だって。だったらあたしの勝負は、始まってもいないってこと!」

ふはははは!

 腰に手を当てて高笑ったところで、下の階からお母さんの呼び声が聞こえた。

「民子~。お父さんがドーナツ買ってきてくれたわよ~」

「食べるぅ!」

 即答すると、スマホから悲鳴のような『駄目!』が響く。

『今何時だと思ってんの! 太る! ホントに大仏になっちゃうよ!』

 あたしはベッドの上に正座して、スマホを両手でそっと持ち上げた。高校に入ってお菓子の持ち込みが許されるようになってから、更に丸みを帯びてしまったあたしのボディラインを本気で心配してくれる親友に、至極真面目に語りかける。

「杉ちゃん。あたし明日ね、早起きするんだ。谷原クンが乗る電車で待ち伏せるんだよ」

『だから何?』

「ドーナツがあると思ったら、そわそわして寝れないよ。ちゃんと消化して、万全な状態で明日に挑みたいの」

『屁理屈じゃん!』とスマホが叫んだ。あたしは「デヘヘ」と笑いながら、通話停止ボタンを押す。

 どーなつ。どーなつ。ドーナツは幸せの象徴。谷原クンは手強そうだからね。明日の再戦に備えて、しっかり心に栄養を与えておかなくちゃ。

 杉ちゃんにはしこたま怒られるかもしれないけど。まあそれは、それとして。

「い~まい~くよ~ん」

 ヘッドボードに置いてあった愛用の眼鏡をかけたあたしは、スキップで部屋を出た。

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