第6話 Threat

「アタイに隠し事しようったって無駄だよ。なにせ、もう世界の未来の展望はアタイの手の中だからね。今更繕ったって何の役にも立ちやしない。暇つぶしの戯言さ。単刀直入に言うよ?超人化計画が進んでいるんだろう?ほれ、認めな。」とマダムイドは言う。


その言葉に焦りの影すら見せない司令官だったが、しかしこのアマをどう料理してやろうかという煩わしさには少し狼狽していた。なにせ、彼にとってみれば、彼しか知りえない秘密裏の研究がいっぱしの部外者に知れ渡っていたのだから。


「ふふ、ではあなたをこちらの部屋にご案内しましょうかねえ。私とあなたでないと、話せないことが、沢山あります。」と司令官は堂々たる威風で彼女を案内した。


軍が抱えた冷徹非道の危険因子は、この司令官だった。彼は、裏工作を得意とするスパイでありながら、元スペツナズであり、知略とフィジカルに優れている。また、彼は、部下や同僚、上司までも洗脳し、軍上層部の指揮権を得て、かねてから構想していた自身の帝国を作ることを推し進めるため、表向きは換骨奪胎世界秩序のために皆から慕われる信頼ある上司として振る舞い、裏向きはマッドサイエンティストに肩入れするダークマターだった。


あるいは、デビットの父リチャードは、そんな危険人物の指令に対して、機転を利かし、この世の破滅を察知した彼は、まるで地球の歴史ほど続く長いチェスの数万手先を読むかの如く、司令官の裏をかき、独自に『希望の種』の研究を続けていたのだった。


危険な場面は数多くあった、しかし、奇しくもサイコパスという人間界の新人類と、科学者という人間界の天才とは、まるで相反するように動きながらも、それぞれが歯車のようにかみ合い、何ら干渉することなく、日々は過ぎて行ったのだった。


司令官室にて、マダムイドと司令官が向き合った。


「あなたにはいずれ話しておかないといけないと思っておりました。ここの者たちは、どうにもこうにも頭が働かず、私のような知能と才覚のある人間にとっては駒のようなもの。そんな現場で、私の秘密など話しても、一笑に帰すだけでしょう。しかし、あなたはどうも異次元の人間らしい。第六感が脳内で暴走しており、未来が見えると私は見た。以前から、あなたのことは一目置いておりました。今迄、お待たせして申し訳ありません。」と司令官は意外にもマダムイドにへりくだった。


「それで?アタイの話は認めるのかい?まあ、わかり切った話しだがね。聴くまでもなかろうに、付き合わせるのもヘンな話だが。」とマダムイドは、あまりに丁寧に対応されたので、気おされている風ですらある。


「我々は認めます。そう、この軍隊は、超人化計画を推し進めていると。しかし、不思議なことに、私と、ここの科学者しかその事実は知りません。なぜなら、私と科学者以外の人間には、理解できない領域だから。」と司令官はあっさりと認めた。


「それで?つまりは、逃げたアイツはそれをもっているんだろう?追いかけて取り返すのに、術はあるんだろうね?アタイは、死にたくないよ?こう見えて、死ぬのは生きるより辛いんだ。」とマダムイドは言った。案外、ナイーブなのである。


「安心してください。私たちが、何とかしますから。なにせ、私はずっと待っていました。あなたが、ここにその時の到来を伝えることを。あなたの存在が、実は、Xdayだったのです。」と司令官は言うと、おもむろに鞘から脇差を取り出し、ためらいもなくマダムイドを袈裟斬りにした。


『ブシュ!!!』と果実が弾けるような音がすると同時に、あたりに血が散った。その場で頽れたマダムイドが、司令官室の真ん中にあるテーブル上の丸いボタンを押す。


「さあ、宴の始まりだ!私の心待ちにしていたこの時がついにやってきた!」と司令官はつぶやいた。


それと同時に、崖沿いの岩肌の尖ったところに聳えている軍備本部の建物が崩壊し、その崖が割れて、岩に閉ざされていた大きな宇宙船のようなものが姿を現した。司令官室だけは、元の建物の崩壊から別離して、その新しい要塞のくぼみ部分にジョイントしていく。


新要塞の下部には、鋼製の檻があり、そこではさまざまな生命体が、彼らの放擲を待ち望み、思い想いに暴れている。ところどころ、溶解液を吐いたり、炎を吐いたり、今にも朽ち果てそうになっている部分もある。


「待たせたな!悪夢の体現者たちよ!一斉に放たれよ!」と司令官は言い、檻は開放された。


旧要塞の崩落から辛くも避難して、身の危険から逃れていた憲兵たちは悉くその怪物たちに襲われ、見るも無残な姿になった。


ここでは、あらゆる軍での訓練も役に立たない。そんな歯が立たない生命体を、司令官は、科学者と秘密裏に工作していたのだ。


これまでの茶色い空が、更にどす黒い闇のような悪に包まれていくのを、地球は見ていた。


「」

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