六
互いの身の上を語り合った二人は、揃って涙を流していた。数時間前に知り合ったばかりとは思えないほどの親近感、親密感、そして連帯感が二人を包んでいた。
「多分、ルンは最初から騙されていたのかもしれないね」
「うん……そう思う。全部、はじめから仕組まれていた。ベトナムの送り出し機関も、監理組合も、すべてヤマト会とつながっていた」
「可哀想……ルン」
「騙された方が悪い……ベトナムではそう言われるね」
「そんな……」
「それでも、はじめはわからなかったね。日本に到着した時は、騙されたと思ったけれど、最初に栽培の仕事をしたから。本当の実習なのかと思ったね。農業だと思った。日本の食べ物だと思ったね。あとで大麻の栽培だとわかったけど」
「……」
「自分で栽培した大麻を売って、はじめは完全歩合制だったけど、栽培が追いつかなくなって、今はヤマト会が用意した覚醒剤やMDMAなんかを売ってる」
「給料は?」
「その時によって色々……本城という幹部の気持ち次第で変わるね」
「ひどい……今まで逃げようとは思わなかったの?」
「何度も思ったよ。でも、怖いね。怖いし、パスポートやビザを取り上げられているから、逃げても……それに、少しでもお金もらえるから、家族に仕送りもできたから……」
「だけど、今回は逃げたんだね」
警察に捕まるチャンの姿が脳裏に浮かんだ。
「……もう、こんな生活は嫌だと思って、逃げました」
ルンは、サナにはチャンのことを言わなかった。チャンを見捨てて逃げてきた事実を話せば、嫌われると思ったのだ。だが、サナがチャンの名前を出す。
「田口がチャンって言ってたけど、友達?」
「……うん。一緒にベトナムから来た友達。一緒に……別々に逃げた」
「……そう。無事に逃げられたらいいのにね」
「……うん」
チャンは今頃警察だ。取り調べを受けているだろう。
いや……さっき田口は、ルンとチャンが逃げたと言った。定期連絡もせず、電話にも出ないため、飛んだと考えている。ということは、チャンは逃げきったのではないか。あるいは、警察の取り調べに耐え、黙秘を貫いている。
だが、いくら黙秘しても、ミナミの街で薬物を所持していれば、ヤマト会とのつながりを警察は間違いなく疑う。ヤマト会に問い合せくらいはしているはずだ。
ということは、チャンは逃げきったのか……。携帯の電源は切られていたが、それは、ルンと同じように、ヤマト会からの連絡を断つためなのかもしれない。
チャンに電話をかけたかったが、スマホの電源を入れるのが怖かった。ヤマト会からの着信が山ほど履歴に残されているだろうし、それ以上に、電源を入れることで、この場所が特定されるかもしれないという恐怖があった。
それに……チャンと連絡が取れたとして、何を話すのか。自分は、警官に拘束されているチャンを見捨てて逃げたのだ。チャンはルンに助けを求めていたというのに……。
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