第36話 召喚



「クソッ、転移ができない! 貴様っ、人間の分際で、僕の魔法を封じたのかっ!?」


 オルランドに壁側に追い詰められたオベロンは、忌々し気に舌打ちする。



「ここはすでに、私の結界内、だよ。妖精王」


 オルランドは忍び笑いを漏らすと、すっと右手をあげた。



「何をする気だよっ? 言っただろう? もうお前らと戦うつもりなんてない!

僕は逃げるっていっただろ! こんなことしてないで、さっさと3人で寝室にしけこめよっ!

……ティトのことも、勝手にすればいいだろっ!

でもどうせ、新しい魔王様は処女厨なんかじゃないから、僕は絶対にあきらめないけどねっ!!」


 この期に及んでなおも悪態をつくオベロンに、オルランドは目を細めた。



「まあまあ、せっかくこんなところまでわざわざ来てくれたんだ。そんなに急いで帰ることもないだろう?

妖精王のあなたに、ぜひとも会わせたい方がいるんだよ」


「は? 会わせたい、方……だって?」


 眉を顰めるオベロン。今この瞬間も、逃げ出せそうな場所を必死で探している。



「ああ、契約したはいいが、危険すぎていままで一度も呼び出したことはなかったが……、

きっと『彼女』もあなたに会いたがっているはずだ……」



 言い終えないうちに、オルランドはすでに召喚魔法の体勢に入っていた。




「ちょ、ちょっと、待てっ! お前っ、何を……っ!! ちょっ、ちょっと本当に、や、やめろ、」


 オベロンが慌てふためく。



 オルランドはその両の手を、天に掲げた。


「深潭の闇より生まれしものよ……、

今、その永き眠りより目覚めよ。

封印されし禁断の帳より今ここに一時の顕現を――召喚・ベリアル!!」




「な、なんで、なんで、お前が、お前ごときが、ベリアル様を……、嫌だああああああああ!!!!」


 オベロンの叫び声とともに、あたりには黒い煙が立ち込めて、俺はしばらく何も見えなくなった。





『……久しいのう、オベロンよ』


 腹の底から響いてくるような、冷え冷えとした重い声音。



「ひょええええええっ、ま、魔王様っ、おひさしゅうございますっ……」


 オベロンは、額を床にこすりつけんばかりに這いつくばった。



 オベロンの目の前には、大きな二本の角をはやした女性形の悪魔がいた。

 波打つ長い黒髪は、床まで垂れており、黒く艶のある装束がその肉感的な身体を包んでいる。

 息を呑むほど美しい顔はしかし、ひどく残忍な表情をしていた。

 

 見てはいけないものだとわかっているのに、思わず目を向けてしまう――、この悪魔にはそんな危うい魅力が漂っていた。



 しかし……、


 ――魔王、様??




『相変わらずしょうもない悪さをしておるのか? どうせ当代ともうまくいっておらんのであろ?』


 鋭くとがった真っ黒い爪を、オベロンに向ける悪魔。その言葉で俺は気づいた。



 ――この悪魔『ベリアル』は、先代の魔王なのだ。


 代替わりしたという先代の魔王が、しかしなぜオルランドによって呼び出されたのか……。



「魔王様ぁ! お願いですぅ! 僕ってば今、この人間たちにいじめられてるんですぅ!

可愛い部下だった僕のために、どうか魔王様のお力を貸してくださいぃ!!」


 泣き顔を作ったオベロンは、ベリアルに懇願する。



『できぬ』


 身もふたもない返答に、オベロンの顔に絶望の色が広がる……。



「そんなあ、そんなあ……!」



『愚か者が! 見てわからぬのか? 妾はいま、この人間に召喚されたのじゃ。悪魔の契約は絶対じゃ。

何であろうと逆らうことはできぬ。……さて』


 ベリアルはゆっくりとオルランドを振り返った。



『望みはなんじゃ? このおしゃべりな妖精を一瞬で灰にすればよいのか?

それとも、妾のこの爪で、一枚ずつ皮を剥いでゆっくり楽しむか……?』



 ククッとベリアルは喉の奥で笑う。

 その表情は、かつての部下であろうと、自分にとってはまるで虫けらのごとき存在だと語っている。



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