第37話 真名



「そうだな、どうしようかな……、ファビオにも相談してみようか?」


 オルランドは楽し気に、顎を撫でる。


「ひぃいいいいいいいい!!!! どうか、どうかお許しをっ!

なんでもしますっ、何でも言うことをきくから、どうか、どうにかご容赦をっ!!」


 震え上がるその身体。

 もうオベロンには、冗談を言ったり、悪態をつく余裕もないようだ。



「どうする、ファビオ?」


「真名を寄越せ、妖精王!」


 まるで初めから申し合わせていたかのように、ファビオは言った。


「ま、な……」


 オベロンは茫然と二人を見上げる。


 妖精や精霊、また悪魔にとって、真名を取られるということは、生涯の隷属を意味する。

 真名を知られた相手に、妖精は一生縛り続けられ、その命に背くことはできないのだ。


 真名を取られれば、オベロンはこれから永遠にファビオとオルランドに傅くこととなる……。



「はあっ!? 馬鹿じゃないの? 人間なんかに、教えるわけ、ないだろっ!

バーカ、バーカ! 真名を取られるくらいなら、死んだ方がマシだっ! バーカ!!!!」


「そうか、なら死ね!」


 再びファビオが『イラーリア』を構える。



『ファアアアアアアア!!!! 美味しそう、美味しそう!! 早く食べたあぁああああああい!!!!』


 獲物を前にした獰猛な大型獣のように『イラーリア』はその剣身を震わせた。


「ヒィッ!!!!」



『オベロンよ、少し、太ったのではないか?

妾がその頬の肉をそいでやろうか?』


 ベリアルがその指を伸ばすと、鋭い爪がするすると伸びてオベロンの顎にかかる。


「ひゃあああああ!!!!」


 オベロンはその場に丸くなってうずくまる。



「どうか、どうか、お許しを! 命ばかりはお助けを!!」


「じゃあ、わかっているよな?」


「……はい」



 ――そして、オベロンは人間であるファビオとオルランドの眷属となったのであった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『これで終わりか? せっかく妾を呼び出したというのに、あっけないものじゃ。

……ふふっ、こやつがオベロンの血を継ぐ者か。あまり似てないな』


 先代の魔王・ベリアルに見つめられ、俺は心臓がぶっ飛びそうになった。


「ひ、は、あ、あの……」


『愛いやつじゃ。どうじゃ、妾とともに冥界へ帰らぬか? うんと可愛がってやるぞ』


 黒く長い髪が、触手のように俺に向かって伸びてくる。

 思わず硬直した俺の前に、ファビオとオルランドが立った。


「あいにく、売約済みでね」

「ベリアル、私たちはこれから、この子とすごく楽しいことをするんだよ」


『ほぉ、3人でか! 人間にしては、なかなか粋なことをやりよる。

面白い! オベロンが迷惑をかけた詫びじゃ、良い夜になるように妾が整えておいてやろう!』


 ベリアルが赤い唇を歪め、指を鳴らすと、これまでの戦いでしっちゃかめっちゃかになった部屋は一気に元通りになった。

 そして……、


 音もなく寝室への扉が開いた。



「ヒぃ!!」


 かつては俺の寝室だったその部屋には、あちこちに銀の燭台がおかれ、ろうそくの火が揺らめいていた。

 そして―――、なぜか部屋中が漆黒に塗りつぶされたような闇色に変えられていた。

 

 ベッドも、シーツも、全部、光沢のある漆黒……!!

 それが、ろうそくの明かりでゆらゆらと照らされて……、


 なんというか、なんというか……、


 ――エロい!




「さすがは先代の魔王、センスがいいな」


 ファビオが俺の肩を抱く。



「一生の思い出に残る夜にしようね、ティト」


 オルランドが俺に頬を寄せる。



「……」


『ああ、そうじゃ。オベロンの悪戯薬の効果はとうに消しておいたぞ。ククっ、行為の間もそなたたちの本音がダダ漏れでは、この坊やがおぞましさのあまり、逃げ出してしまうかもしれんでの!』



 ――もしかして俺はいま、とんでもないことになっているのかもしれない!!!!







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