第35話 逆襲



「へっぽこ妖精に眠らされてる場合じゃないぞ! 来い、イラーリアっ!」


 ファビオが叫ぶと、ビュンと風の音とともに、魔剣『イラーリア』がその手元に呼び寄せられた。



『はわわ~、我が君、ファビオ様ぁ! 光栄に存じますぅ♡』


 俺に対する態度とは180度違うしおらしさで、『イラーリア』はファビオに従う。



「はん、僕に一瞬で眠らされちゃうようなカワイイお嬢さんが、僕の相手?

ずいぶん見くびられたもんだね!」


 オベロンが、挨拶代わりとばかりに、『イラーリア』を手にしたファビオの周りに、かまいたちの攻撃を食らわせた。


「……っ」


 ほんの少しではあるが、旋風により切られたファビオの銀髪が、空を舞った。



 ――やはり、オベロンは強い!



「いつものご自慢の剣はどうしたんだよ? そんな若い子に僕の相手が務まるのかな?」


 オベロンのせせら笑い。



「あいにく聖剣じゃ、妖精のアンタを切り刻めないんでね。それに、俺のイラーリアを甘く見てもらっちゃ困るよ!」



 ファビオは笑みを浮かべると、その左腕を高く挙げ、そのままむき出しになった手首に自らその刃を走らせた。


 ファビオは顔色を変えず、流れ出た鮮血を、そのまま『イラーリア』の剣身にたらした。



「さあ、イラーリア! お前の真の実力を、見せてやれ!」




『ぐわあああああああ、久しぶり、久しぶりの、ファビオさまのおぉおおお、血、血、血ぃいいいいいいいいい!!!!

いただきまぁあああああす!!!!』



 今まで聞いたことのない、どすの利いた声。イラーリアはその剣身を震わせると、滴るファビオの血を音を立てて飲み尽くした。



「……っ、おまえ、まさかっ……!」



『ああ、最高、最高、最高だわぁああああ、おいしぃいいいいい!! この震えるほどの美味、滾るぅうううううううう!!!!』


 ブルンと震えた『イラーリア』は、剣身の色をみるみる真紅に変えた。

 そこからは禍々しいオーラが立ち上っている。




「ひ、卑怯だぞっ! 魔剣に餌を与えて補強するなんてっ!」



 ――話に聞いたことがある。


 魔剣は、その主人から、髪や血といった『代償』を与えられることで、その真の力を発揮することができるのだ。



 ファビオは無言で、『イラーリア』を一振りした。

 離れていた俺にすら、その熱風が伝わってくる。



「ひゃああああああっ!」


 次の瞬間、俺が目を開けると、オベロンの後ろ髪はすっかり短くなっていた。



「ああ、言い忘れてたけど、そのおかっぱ頭、時代遅れだったぜ? これでちょっとはすっきりしただろ?」


「貴様っ、僕の美しい髪をっ……! 許さないぞっ!」


 オベロンはすっかり短くなった自分の頭を撫でると、憎々し気にファビオを睨みつける。



「最近、すっかりご無沙汰だったから、俺のイラーリアちゃんも嬉しくて仕方ないみたいだ……。

妖精さんの美味しい血が、たくさんすすれるってね……」


 ファビオは、魔剣を横向きに構えてオベロンを見据える。



『ああ、とっても美味しそうな匂いがするぅうううううう!!!!』


 『イラーリア』はぶるぶると歓喜に震えて、今にもオベロンに襲い掛かりそうだ。

 その姿はもうすでに「剣」という範疇は超えていて、強大な「魔物」の気配が色濃くなっている。



「じゃあ、まずは耳から、いくか?」


「ま、待て!!」


 ファビオの問いに、オベロンは後ずさった。

 オベロンにより完璧に張られていたはずの身の回りの防御のベールは、今やほころびを見せ始めている。



「くそっ、これは完全にルール違反だぞっ!

麗しい僕が、こんなケダモノを相手にするなんて、まっぴらごめんだ!!

だから、僕は撤退する! いいか、これは逃げるんじゃないぞ! 勇気ある撤退、だっ!」


 言うなり、オベロンは一瞬でその姿を消した……、が、





「甘いな、妖精王、この私の結界から出られるとでも思ったのか?」



 ――オルランドが、オベロンの目の前に立ちふさがっていた。





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