第12話 せめぎ合い

「……」


 ファビオはオルランドから目をそらすように横を向いた。


「デーモンがリリスを召喚し、フリーズをかける前、一瞬のすきがあったね。お前はあえてそれを無視した。そのため、リリスに襲われそうになったティトを助けるのがギリギリになった。でも……、私が気づいていないとでも思っていたのかな? お前はギリギリに間に合ったんじゃない、その瞬間にわざとタイミングを合わせたんだ!」



 ファビオは挑戦的な笑みをオルランドに向ける。


「オルランド、あいにく俺は、お前のように計算高くはない。お前が言うように、思い上がっていた俺は、ちょっと油断してしまった。さっきのはとっさの行動だったんだ。そもそも、俺がティトを危険な目にあわせるはずがないだろう?」


 ファビオの言葉に、オルランドはフンと鼻を鳴らした。


「計算高くない、ね。でも、お前には未来まですべてお見通しだったんだろう? もちろん、イラーリアがリリスの挑発に乗って暴走するところまで、きちんとわかっていたはずだ。そもそも、デーモンごときの魔法にお前が本当にかかるとも思えない。最強のお前は、常にフィールドを支配している。油断なんて、ありえないね! そもそもお前がいる限り、このダンジョンでティトが危険な目に合うことなんて、あるはずがないんだ!」


「ずいぶん高く評価してもらったもんだな。うれしいよ、オルランド!」


「どういたしまして。ファビオ」



 ほほえみ合う二人。だが、その間に流れるのは、凍りつきそうなほど冷え冷えとした空気。



「あの、ファビオ様、オルランド様……」


 場の雰囲気に耐えきれなくなった俺が声をかけると、オルランドは笑顔のままこちらを振り向いた。



「ティト、この野獣と今話をつけるからもう少しだけ待っていてね」


「は? 何が野獣だよっ! お前のほうがよっぽど……っ!」


「欲望に負けて、ティトの初めての唇を奪ったのはお前だ。優しいティトの心根を利用して、ティトがお前についたかすり傷を気にかけてくれるところまでは計算済みだったか? でもあのときお前も驚いていたみたいだから、まさかティトからあんなに嬉しいプレゼントを貰えるとまでは考えていなかったというのは信じるよ。もちろん、その後の行動は褒められたものじゃないけどね。

ま、いずれにせよ良かったよ、事前にお前ときちんと契約を交わしておいて。ファビオ、あの内容を忘れたとは言わせないよ」


「オルランド、お前っ……、わかってて、わざと……」


 ファビオが歯ぎしりする。



「ファビオ、お前もよく知っている通り、私はよく考えて行動するタイプなんだ。無論、どうすれば自分がより利を得られるかをつねに計算している。ティトのはじめての唇をお前に奪われたのは慚愧に堪えないが、それを耐えることにより得られる特典を、私が見過ごすとでも思ったか?」


「……クソッ!」


 ファビオがダンジョンの壁を拳で叩くと、またそこから大きな亀裂が走る。



「おいおい、力任せに殴って中を壊すなよ。……ティト、話は終わったよ。こっちにおいで」


 手招きされて、俺は恐る恐るオルランドに近づく。



「ティト、ごめん……、びっくりしたよな。突然あんなことして……」


 振り向くと、ファビオが今にも泣き出しそうな顔をして俺を見ていた。



「ファビオ様っ、俺はっ、大丈夫ですし、それに……っ」


 俺は自分の唇に手を当てた。


 ――ファビオを責める気持ちなんて、少しもない。



 だって、夢みたいだったんだ。


 この世のものとは思えないほど美しいファビオと、一時とはいえ、唇を合わせ、身体の熱を交換した。



「それに俺は……っ」


 ――ファビオ様のことが……!




 しかしその続きは、オルランドの黒いローブによって遮られた。



「駄目だよ、ティト、その続きは言わないで」





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