第10話 傷

 リリスはその鋭く尖った赤い爪を、俺の瞳に向けてくる。


『その紺色の瞳……、とっても素敵。欲しいわ!』



『ちょっとアンタっ、相変わらずトロすぎなのよっ! こんなババアなんかに見惚れるんじゃないわよっ!!』



 魔剣『イラーリア』に引っ張られるように、俺は魔剣をリリスに向かって振り下ろす。

 だが、リリスはするりとその攻撃をかわす。


『ふふ……、魅力的な剣ね。でも残念ながら、雷撃は私には無効よ! おしゃまなお嬢さん!』


『うっるさい! 年増はひっこんでなさいよっ!』


 リリスの挑発に乗るかのように、魔剣『イラーリア』はリリスに向かって激しい雷撃を繰り出した。



『だから効かないっていってるのに……』


 リリスは赤い唇で残酷に笑うと、雷の魔力を保持したまま、その爪先を俺にまっすぐ向けた。



 ――駄目だ、やられる!!




 思わず目を閉じた俺の前に、ひらりと白い影が現れた。



「ごめんごめん、ギリギリになっちゃった!」



『ギャアアアアア!!!!』


 俺が再び目を開けると、リリスが断末魔の叫びを上げながら、灰と散っていくところだった。



『さすがは我が主! 鮮やかですわー!!』


 俺が手にした『イラーリア』が、歓喜に震える。



「ファビオ、様……」


「怖い思いさせたな。大丈夫か?」


 ファビオが俺に近づく。吸い込まれそうな青い瞳が、俺を覗き込んだ。



「お前、本当にギリギリ! 解除魔法にも耐性あるのって、どうなの?」


 あきれたようにオルランドが言う。



「だからフリーズもそこまで効いてなかっただろ? しっかしまさか、消滅間際にリリス召喚とはなー! 俺としたことが、油断したな。さすがは、第4層!」


 笑うファビオの唇のはじから、一筋の血が流れている。



「ファビオ様、血が!」


「あ、ちょっとリリスの爪が当たっちゃったか。大丈夫、ただのかすり傷だよ。舐めときゃ治る!」


「でも!」



 ――俺のせいで、無敗の魔剣士・ファビオに傷をつけてしまった。


 俺がいなければ、リリスなんて、ファビオに指一本触れられなかったはずなのに……。




「ティト、気にするな。私は常々ファビオは自信過剰すぎると思っていたんだ。これは自己の過信は危険だといういい教訓になるよ」


 気にするなとオルランドが俺の肩を叩く。



「でも、俺のせいで……」


 俺はうつむく。自分の不甲斐なさに腹が立って仕方がなかった。

 俺はこのパーティのお荷物だ。俺さえいなければ、今頃ファビオとオルランドは……。




「じゃあ、そんなに気になるんだったらさ、この傷、ティトが舐めて治してくれる?」


 俺にかがみ込むようにして、ファビオがその凄まじく整った顔を近づけてきた。




 ――その時俺はすごく悔しくて、悲しくて、混乱していて……。



 だから――。





「俺のせいで、本当にごめんなさいっ、ファビオ様っ!!」



 俺はファビオの首にかじりつくと、必死でその美しい唇の端を舐めたんだ。






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