第9話 過信と油断

 ダンジョン第4層ともなると、モンスターの様相はガラリと変わる。


 物理攻撃だけでは倒せないモンスター、特殊魔法でこちらを惑わしてくるモンスター、そして、人の言葉を理解し、こちらの精神を揺さぶる攻撃を仕掛けてくるモンスター……。


 人語を話すことのできるモンスターは、姿かたちもモンスターという概念からは外れており、肌の色や角、牙や尻尾といった形容を除けば、人の形に近く、その分大変たちが悪い。他のダンジョンではボス格のようなレベルのモンスターに、ここ4層では当たり前のように遭遇する。



 だが、そんな他の冒険者では苦戦するようなモンスター相手にも、ファビオとオルランドが怯むことはまったくなかった。



「いいね、いいね! ようやく俺の『ドゥリンダナ』ちゃんが本領発揮できるモンスターが出てきてくれて嬉しいよ!」


 ファビオがその聖剣『ドゥリンダナ』を一閃させると、人食い鬼・オーガ10体の首が一瞬で飛んだ。あたりに青い血が大量に飛び散る。



「うわー、そんなエグい絵面、ティトに見せないでくれるかな?」


 苦笑いのオルランドは、両手を上げると召喚魔法でモンスターを呼び出す。



「『獅子神』来い!」


 魔物を食するこの獅子の姿をした召喚モンスターは、咆哮すると同時に、目の前のヒュドラに飛びかかってその鋭い爪を立てた。



「うわ、お前そんなモンスターも飼ってたのかよ!? こっちのほうがよっぽどエグいだろ? 引くわー」


「あはは、すごいだろ? さすがに『獅子神』は、危なくて王都あたりでは出せないからね!」


 二人が軽口を叩いている間に、『獅子神』はあっという間にヒュドラを食らいつくしてしまった。





「さ、次、行こうか、ティト」


 二人の鮮やかな戦いぶりに圧倒されていた俺は、ファビオに声をかけられ、ようやく我に返った。



 ――どうしよう、俺また、なんの役にも立ってない!



「あの、俺っ……」





『待たれよ、勇者よ!』


 そのとき、何者かが直接俺たちの脳内に語りかけてきた。


 あたりはあっという間に黒い煙に包まれる。



「あれ? 勇者ってもしかして俺のこと?」


 ファビオがとぼける。



「まあ、お前はそのうち剣聖になるんだから、あながちその表現は間違いでもないんじゃない?」


 オルランドにも動じる様子はない。



「あの、ファビオ様、オルランド様……っ」


「しっ、ティトは下がって!」


 オルランドが俺の前に立つ。



 みるみるうちに、黒い煙は一箇所に集まり、それはデーモンに姿を変えた。


 青黒い肌、羊のような角、コウモリのような羽、そして尻尾……。尖った耳に鋭い牙と爪……。だが、黒い装束を身にまとったその姿は、人間に酷似している。





『我が名にかけて、貴様らをこれ以上先へ進ますわけには行かぬ!』



「おお、これはちょっとは骨がありそうだな」


 ファビオが口笛を吹き、聖剣を肩に担いだ。



「デーモン、か。いいね。ぜひ私のコレクションに加えたいな」


 オルランドが手のひらに闇の魔力を集め始める。




『死の宣告!!』


 デーモンから紫色の波動が放たれた。『死の宣告』により、俺たちは制限時間以内にデーモンを倒さないと全員が死亡することになってしまった。



「おいっ、オルランド、あと何カウントだ?」


 聖剣を握りしめ、ファビオが叫ぶ。


「きっかり60!」


「なら、全然、余裕!」



 ファビオは聖剣『ドゥリンダナ』を振り上げる。



 だが、その一撃がデーモンに届く直前に、デーモンは召喚魔法を繰り出した。



『リリス、召喚! あとは頼んだぞ! フリーズ!』


 『ドゥリンダナ』がデーモンの身体を引き裂き、その姿は砂となって崩れ落ちる。



 だが……、今際の際にデーモンが唱えたフリーズ魔法によって、ファビオの動きが一瞬止められてしまう。



「くそっ、油断した! オルランドっ、ティトを!」


「お前の解除が先だ! 大丈夫、ティトを信じろ!」


 オルランドはファビオに解除魔法を浴びせる。





『可愛い坊や、私と遊びましょ?』


「……!!」



 後方へ下がっていた俺のすぐ目の前に、リリスーー美しい女性の姿かたちをした悪魔が迫っていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る